新・暮らしの経済手帖 ~時評編~

わたしたちの暮らしを大切にするための経済解説サイトを目指して開設しました。こちらは時評編で基礎知識編もあります。

「消費なき景気回復」の謎 ~所得と消費の伸びの不一致~

今回は所得の増加と消費の伸びの不一致という問題について取り上げます。この問題は自分にとって以前より気がかりな問題でしたが、つい先日、上武大学田中秀臣教授や明治大学飯田泰之准教授がそのことについて触れられていました。

 

2013年からはじまった第2次安倍政権以降の経済政策アベノミクスですが、早いもので8年目を迎えようとしています。かなり大規模かつ大胆な量的金融緩和政策などを行って、民間企業の投資及び事業拡大意欲を引き出し、雇用回復や所得分配の加速を促してきました。しかしながらその一方で消費が伸び悩んだままであり、日銀の黒田東彦総裁らが誓約した物価上昇率2%の目標(インフレターゲット)は達成されないままでいます。

2%のインタゲ未達成だけをとりあげて「アベノミクス失敗」などというのは「インタゲは企業投資と雇用の回復という目的を果たすための手段」という政策説明を理解できない人間らの頓珍漢で幼稚な発言なのですが、だからといって消費回復に伴う物価上昇がいつまでも出現しないことを放置すべきではありません。企業投資ならびに雇用回復と所得分配が進んだからアベノミクス成功などと浮かれているわけにはいかないのです。

 

いままでの流れをおさらいすると

2013年~ 大規模な金融財政政策のはじまり

~2014年 劇的な企業投資のV字回復と雇用の改善 

2014年4月 消費税が8%に引き上げ

一旦は消費や投資が冷え込むかに見えたが、その後投資と雇用だけは順調に伸び続ける

2017年 新規雇用拡大だけではなく、既存就労者の所得も増え始める。

2018年末 しかし景気回復の動きに陰りが見えかける

2019年10月 消費税率10%へ

 

といったところでしょうか。

 

上で述べたように物価上昇がなかなか進まないことで、元々異次元金融緩和を止めさせたがっていた金融機関出身エコノミストだけではなく、財政政策一辺倒主義のMMT(現代貨幣理論)信奉者らから「異次元金融緩和政策は効果がなかったんダー」などと言い出していますが、そうではなくむしろ金融緩和政策の主効果である企業投資と雇用改善だけに偏った景気回復しかしていなかったといった方が的確です。何度も言いますが、金融緩和政策は(中~長期の将来を含めた)金利を引き下げ、企業が研究開発や設備、そして社員を雇うために必要な資金を調達するためのコストを下げてやることで、企業の事業拡大意欲を促すものです。アベノミクスがはじまった2013年~2018年末に至るまで二度の消費税増税や緊縮気味の財政政策であったにも関わらず、投資と雇用だけは伸び続けていたというのは金融緩和政策がしぶとく(?)効果を発揮していたからだと見るべきでしょう。ある意味教科書どおりになっているといえます。

 

雇用が回復し、勤労者の所得が伸びてきているにも関わらず、消費はあまり回復せず、モノやサービスの生産・供給・流通を担う業者はなかなか商品の値上げに踏み切れないというのが今の実情です。

 

田中秀臣さんは2020年1月2日にオンラインのビジネス講座SCHOOの番組において「消費なき景気回復」と仰っていましたが、ほぼ同時期に同じく経済学者の飯田泰之さんもまた人々の所得が伸びているはずなのに消費がついてこないという現象について2つのブログ記事を書かれています。

yasuyuki-iida.hatenablog.com

飯田さんの記事(上)によればリーマンショックから2011年までの間に勤労者の手取り収入がガタ減りし、アベノミクスがはじまった後も2017年までは手取り収入が伸びない状態が続きます。アベノミクス始動の2013年から2017年の間は新規雇用が伸びているものの、既存就労者の所得増加にまでは効果が及んでいなかったと見るべきでしょう。(ニューカマー現象)

2017年後半になると失業者を吸収する段階から、いよいよ所得増加の動きが出てきます。この頃より人手不足の深刻化に注目が集まり,一部業界で給与の引き上げが報じられ始めました。

「さあ、みんなの給料が上がってきたぞ。これで消費が回復していよいよデフレ脱却ダー!!!」となればよかったのですが、残念ながらここで足踏みしてしまっているのです。

 

飯田さんは上の記事に続き、下の続編記事も書かれました。上の記事が可処分所得(=額面の収入-税・社会保険料社会保障受取)の変化について書かれているのに対し、下は消費性向(=消費支出÷可処分所得)の動きについて分析されています。

 飯田さんによれば消費税率8%引き上げに伴う駆け込み需要があった2014年3月期を除く2015年までは消費性向が77-79%。各世帯は平均的に得た収入の8割弱を消費に向けていたようです。ところがこれ以降を過ぎると消費性向が徐々に低下し2019年前半には72%程度まで低下しています。この間に1割近くも消費性向が低下したというのです。

 

さらに気になるのは比較的所得の高い世帯の消費性向までもが低下しており、低所得世帯以上にそれが目立つことです。年間収入上位20%の世帯では,72-74%だった消費性向が65%台にまで低下しています。これは飯田さんの記事を読むまで気がつかなかったことでした。

飯田さんは中~高所得者世帯の消費性向の動きに注目します。全世帯平均での消費性向は2014年から低下し始めているのに対し,裕福な世帯での消費性向の低下は2016年または2017年以降から目立ってきたのですが、この時期は所得が上昇傾向にあるのです。これは私にとって少々意外な話ですが、「所得と消費のデカップリング」という現象は中~高所得層の消費性向の低下がもたらしたものであり、いまの消費の底支えは消費性向が低下していない低所得者層が担っているということのようです。

 

飯田さんは2016年以降に高所得者層が倹約し始めた理由が何なのか?という疑問を持たれています。その原因について彼ら自身が将来の景気や増税ならびに社会保障等への不安を持ってしまったからではないかという仮説が浮かばなくはないのですが、確実だと言い切れません。飯田さんは「すぐに思いつく仮説はありませんので,もし思いついたことありましたら指摘いただければ幸いです.」と仰られていますが、私もぱっと要因らしき要因が思い浮かびませんでした。

 

しかしながらしばらく私が考えてみたところ、こんな仮説が想起されてきました。

  • 2016年以降から急に中~高所得者層が倹約志向になったというよりは、それ以前より中~高所得者層は倹約志向でいて、自分たちの所得が伸びていっても、消費スタイルが以前と変わらないままであるといった方がいいのではないか?所得が伸びているけど以前と同じく倹約志向の消費様式でいるために彼らの消費性向がどんどん下がってしまっている。
  • 中~高所得者世帯が1990年代のバブル景気崩壊以降から広がった低所得者向けの一見低価格・高付加価値の「やすい・はやい・うまい」型商品・サービスで満足してしまい、高付加価値型商品サービスを求めなくなってしまった。
  • 景気や自分たちの老後、疾病・障がいを負ったときの医療費や生活費に対する不安が中~高所得者世帯にまで拡がっていて、彼らの家計が防衛的になっている。なまじ自分たちの所得や財産が大きいだけに、それを失ったときの不安も大きくなっている。

というものです。素人の思い付きですのでやはりはっきり断定できません。

 

ただ今後真剣に取り組むべきことは、企業の投資や雇用だけではなく、消費の拡大をいかに図るかが経済政策において重要になってきているということははっきりしています。従来の経済理論では有効需要(=投資I+消費C+政府支出G+海外E)のうち、不況のときにいちばん落ち込む投資を盛り上げ、それに伴ってヒトへの投資=雇用が回復。すなわち所得分配がどんどん進み、やがては消費が回復していくという論法で景気回復の過程が説明されてきました。しかしながら今起きているのは最後の消費で景気回復の動きが停まっていることです。自動車のエンジンでいえばターボなどをつけて吸気の効率を一生懸命あげたけれども、排気側がうまく流れず”糞詰まり”状態になっているのが、いまの経済であると例えられそうです。

 

消費回復のため方策を模索するのが、経済政策において大事なテーマになります。

  

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