新・暮らしの経済手帖 ~時評編~

わたしたちの暮らしを大切にするための経済解説サイトを目指して開設しました。こちらは時評編で基礎知識編もあります。

コテコテの緊縮派 小林慶一郎らを委員にしてしまったコロナ対策諮問委員会

 


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2020年5月12日に政府は新型コロナウィルス対応のために設置した「基本的対処方針等諮問委員会」に、竹森俊平・慶大教授や東京財団政策研究所研究主幹である小林慶一郎氏、阪大の大竹文雄教授、井深陽子・慶大教授の4名を加えるという報道が流れました。この中で小林慶一郎氏と大竹文雄氏は元から消費税増税や財政規律優先の発言が目立つ”緊縮派”と目されてきており、東日本大震災発生後にも復興増税を提言しております。こういう人物がコロナ対策諮問委員に選ばれてしまうということはコロナショック収束後の大増税が実施されてしまう公算が高まったということです。

 

経済再生担当大臣である西村康稔氏が自身のツイッターで小林慶一郎氏が通産官僚時代の後輩であることをゲロってしまいました。f:id:metamorphoseofcapitalism:20200520131749j:plain

西村氏は小林氏のことを

「コロナ対策の諮問委員に任命した小林慶一郎氏は財政再建至上主義者との評価がありますが、任命に際し本人と何度も話しました。最近の氏の論文では、今は財政再建にこだわらず国債発行してでも厳しい状況にある人の支援を行うべきと、財政支出の重要性を主張しています。経産省の後輩でもあります。」

などと庇っていますが、つい最近でも小林氏は現在進めている現金10万円給付の財政支出をコロナ収束後に所得税への上乗せで回収するなどと言っています。

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今回は非常時なので大型財政支出を許すけれども、後で増税して国民から財源を奪い還すという背後にいる役人らの魂胆が丸見えです。「カネは取られたら取り返す!倍返しだ!」という根性でしょうか。

 

自分のツイッターのフォロワーさんたちも西村氏や小林氏に対し猛抗議をしています。

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改めて小林慶一郎氏のコラム記事を読み返してみましたが、かなりメチャクチャですね。まずひとつ目は「消費税率を50%にしないと国家財政破綻国債暴落が発生する」などと書いた記事です。2014年の記事ですが、アベノミクスで進められてきた日銀による国債買受をするとマネーが市場にあふれてインフレが制御できなくなるなどと言っています。現実には7年以上日銀による大規模な国債の買受(財政ファイナンス)を続けてきましたが、そのようなことはことは起きていません。

www.nippon.com

 

「消費税率を50%にしないと」の根拠ですが、どうも日本の出生率低下と人口減でGDPが伸びなくなるからだという単純な発想だけで言っているようですね。日銀による大規模な国債の買受(財政ファイナンス)をやらかすと市中のマネーが増えすぎて過剰インフレを引き起こすという話ですが、最近書いた別のブログ記事「負債とお金、コロナ対策の財源のお話」と「巨額の負債はどうなっていくのか? 」でも説明しましたが、日銀が日本銀行券を刷って(正確にはコンピューターのキーストロークで金額を打ち込むだけ)、そのマネーで市中の金融機関が保有している国債を買受をしてしまっても、いきなり市中に大量のマネーが流れ込みマネーサプライが一気に増えてしまうわけではありません。国債を買い取った代金である大量のマネーは一旦日銀内の民間銀行用当座預金口座に振り込まれます。マネタリーベースです。

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2013年以降量的金融緩和が積極的に進められて”ブタ積み”といわれるぐらいにマネタリーベースがものすごく増えました。しかしこのベースマネーがそのまま市中へ直接流れ込んだわけではありません、民間企業が積極的な投資を始め出し、市中における現金需要が伸びてベースマネーがはじめて市中に流れ始めます。いきなり市中のお金の量が殖えてしまうわけではないので量的金融緩和政策を実施した国でハイパーインフレになってしまうようなことは起きていないのです。もし仮に過剰投資や過剰インフレが進んでしまうようなことがあった場合、政策金利を引き上げるという調整弁を使えば信用膨張を防止できます。(1990年代の三重野日銀総裁が行った金融引き締めで一気にバブル景気が沈静化してしまっている)

 

不思議なことに「量的緩和や日銀国債買受をやるとハイパーインフレガー」と騒ぐ経済評論家たちが「マネタリーベースを増やしても全然マネーサプライが増えないじゃないカー」「物価が2%に上がらないからアベノミクス失敗ダー」などと矛盾したことを言っていたりします。こういう人たちはゼロか無限大しか思い浮かばないのでしょうか?

 

他にも小林氏の過去の論説を見ていきましょう。こちらは2011年の東日本大震災直後に書かれたものです。

第十四回 供給不足経済へ 反転する常識 | キヤノングローバル戦略研究所(CIGS) 

 引用1

需要不足か供給不足か
 福島第一原発の事故と電力の供給不足の収拾は、数カ月から数年単位の長期戦になる。
 大震災と原発事故によって、日本経済の「体質」が変化したのではないか、という懸念が民間エコノミストを中心に広がっている。体質の変化とは、過去20年間の「需要不足とデフレ」の経済から、「供給不足とインフレ」の経済への変化である
 まだ詳細はわからないが、震災と原発事故は、日本経済の需要を抑えるだけではなく、供給面に深刻な影響を与える可能性がある。長期化する電力不足、サプライチェーンの分断、それに原発事故に関連するさまざまな供給コストの増加(製品や輸送手段の放射能汚染の検査など)は、日本経済の供給コストを増大させることは間違いない。問題は、供給制約の度合いが、どの程度まで進むのかよくわからないことである。震災前までは、GDP比4%程度(年間20兆円程度)の需給ギャップ(需要不足)が存在していた。この需要不足がゼロになるほど、今回の大震災で供給力が破壊されたとは考えにくいが、「需要不足(とデフレ)の解消が経済政策の目標」という過去20年間の常識が通用しなくなる程度には需要と供給のギャップが小さくなるかもしれない。

引用2

危険な復興国債の日銀引受け
 もしも大震災によって今後の日本経済が需要不足経済から供給不足経済への体質変化が起こるなら、経済政策についての常識も反転することになる。
 たとえば、本連載の第4回で、今後の日本のマクロ経済政策としては、「緊縮財政+金融緩和」の組合せが望ましいと論じた。緊縮財政で国債市場の信認を維持しつつ、金融緩和で需要を喚起し、景気を下支えする、というロジックであった。しかし、このロジックは、日本経済が需要不足経済であることが大前提である。もし、日本が供給不足経済ならば、需要が増えても供給が間に合わず、インフレになるだけである。この場合、望ましいマクロ政策の組合せは「緊縮財政+金融引締め」となり、他地域の需要を絞って被災地復興にあてる、という政策こそ正解ということになる

青字は私が強調したものです。

どうも当時の小林氏は福島第一原発の事故とそれによる電力不足・不安定化や被災地の生産設備の破壊等で供給<需要状態となり、金融・財政ともに引き締めしないとインフレ・スタグフレーションを起こすぞと予想されていたようですね。

しかし実際にはその後どうなったでしょうか?内閣府が当時の経済状況についてのレポートを作成していました。氏のいうように需要超過・供給不足状態となり物価上昇が起きていたでしょうか?

第1章 第1節 揺れ動く日本経済 - 内閣府

 

上の資料の「3 経済危機と潜在成長力」という項目で2011年当時の潜在稼働率や潜在GDPの動きを示すグラフが掲載されています。

引用3

(需要・供給ショックと潜在成長)

以上のように振り返った潜在成長力は、いわゆる供給側の動きである。東日本大震災は、需要面だけでなく、同時に供給面にも影響を与えた。サプライチェーンの寸断や電力の供給制約と呼ばれる事象は、需要を抑制するだけでなく、生産能力の発現を阻害し、その結果、一時的に不稼働設備を増加させた。こうした動きは、通常の潜在成長力の計算方法では捉えることが出来ない。そこで、企業の期待成長率やそれに整合的な設備や人員規模は、震災前と変わらない中、サプライチェーンの立て直しに合わせ、潜在稼働率は3月から上昇に転じて10月に震災前水準へ回復するとの前提を置いて試算した(第1-1-15図)6。一時的に稼働出来ない設備が増加するという仮定により、第1及び第2四半期の潜在GDPは大きく水準を落す結果となるが、需要側(現実のGDP)の回復経路が供給側と類似していることから、この期間中、両者のギャップはあまり動いていないと見込まれる。f:id:metamorphoseofcapitalism:20200520220539j:plain

 

今回は、2011年 10月の生産水準が震災前の9割以上へと回復したことから、最適資本量の低下につながるおそれは後退したと考えられるが、震災からの回復が遅れ、低稼働率状態が長期にわたり継続すれば、最適資本量の低下を通じて、現実の資本量を減少させるように投資が低迷することになる。こうした供給ショックが長期的な成長機会を失わせるリスクには注意が必要である。また、2011年末時点でも、電力の供給制約懸念が拭い去られてはいない。こうした供給制約が投資への意欲を失わせて潜在成長力を低下させるおそれがあることから、電力供給に係る将来展望や計画が早期に示されることが望まれる。

過去の研究によると、自然災害によるGDPの低下には著しいものがあるが、成長率に対する影響は統計的に有意ではない。開発途上国の場合には、自然災害の影響で中期的に低迷する事例もあるが、一定の所得や人的資本の水準がある国・地域の場合には、自然災害の影響は短期的なものにとどまるとの見方が有力である7

他方、リーマンショックのような金融危機では、クレジット・クランチ(信用収縮)が生じ、資本蓄積の鈍化によって潜在的な成長経路が押し下げられるおそれがある8。また、欧州でリーマンショック時の危機を契機に導入された雇用保護等は、失業による人的資本の喪失を避けるというプラス面がある一方、危機から回復した後も残り続ける場合には、雇用流動性が構造的に低下する結果、市場による資源配分機能を損なうことで潜在的な成長経路が低下する可能性があると指摘されている9

小林氏のいうように供給ショックは発生しましたが、秋には生産活動が回復し、2011年10月には供給力が震災前の9割までの水準に戻っています。供給ショックはごく短期に収まりました。需要と供給の差を示すGDPギャップですが、結局需要側もひどく落ち込んで、その開きは大きく変わっておりません。

ちなみに今回のコロナ禍でオリビエ・ブランチャード教授が供給側がひどく落ち込むが需要側がもっとひどく落ち込んでデフレ不況となるというディスオーガニゼーション状態を予想していますが、東日本大震災後の日本もそういう状態です。

 

物価の方はどうでしょうか?

引用4

2 デフレの要因と対応

概観では需要項目の動向を中心に我が国の景気の現状をみたが、以下では緩やかなデフレが続いている物価の現状とその背景にある動きについて触れる。

(デフレの持続)

外需の寄与が弱い中、景気は緩やかな持ち直し局面が続いており、物価は引き続き緩やかなデフレ状態にある。なお、2011年8月に消費者物価指数(CPI)の 2010年基準改定が公表されたが、前年比伸び率でみると平均▲0.6%ポイントの下方改定であった。近年の変化をみると、CPIのうち「生鮮食品を除く総合」(コア)は、石油製品等エネルギー項目を含むためプラスに転じたものの、「石油製品及びその他特殊要因を除く総合」(コアコア)はマイナスが続いている(第1-1-9図)。f:id:metamorphoseofcapitalism:20200520222404p:plainまた、リーマンショック後は円高が続き、原材料価格高騰の影響を為替増価がある程度軽 減しているが、構造的に輸入物価の影響度は低下している。輸入物価がCPIに影響する程度は、80年代から90年代には、1%の輸入物価ショックに対するCPIの反応は0.05%ポイント(4か月目)であったが、2000年以降のデータでは、0.01%ポイント(5か月目)と五分の一程度に低下している(第1-1-10図)。輸入比率は上昇しているにも関わらず、こうした影響度の低下が生じる背景としては、物価水準の低下が持続したことで、価格転嫁がなされにくい環境となったことも考えられる

引用5

(デフレによる損失)

持続するデフレは需給面の弱さを反映しているが、これはインフレ率とGDPギャップや失業率の関係でみることができる。CPIで測るインフレ率とGDPギャップや失業率を散布図に描くと、屈折した右下がりの曲線のような関係(フィリップス・カーブ)になる。しかし、期待インフレ率を勘案すると、インフレ率とGDPギャップや失業率の間の線形の関係がシフトしているとみることができる(第1-1-11図(1)及び(2))。つまり、期待インフレ率が高まれば、現実のインフレ率とGDPギャップや失業率との関係が上方にシフトする。GDPギャップを解消すれば、デフレ脱却へ向かうが、期待インフレ率が低いままにとどまっていると、GDPギャップが解消しても実際のインフレ率は引き続きゼロに近いままである。期待インフレ率が高まり過ぎて実際のインフレ率が急上昇することも望ましくないが、より安定的なインフレ率を実現するためには期待インフレ率が適切なレベルに高まることも重要である 

 

インフレどころかどデフレが続いていましたね。消費者の心理が徹底的に冷え込んでいて、メーカーや販売店はモノやサービスの販売価格を上げたくてもできない状態でした。小林氏の予想は見事外れています。

 

予想があてにならないし、適切な経済政策の処方箋が書けないなどという経済学者は使い物になりません。「財政健全化を計れば人々の不安がなくなって消費が伸びる」というような主張はデタラメもいいところです。

 

こういう人物が政府の諮問委員会に呼ばれてしまうということは、今後の自民政権の経済政策に何ら期待や希望が持てません。このブログで「日本はいま「滅びの40年」に向かっているのか ~半藤一利氏の「40年史観」~ 」という記事を書きましたが、半藤一利氏の「40年史観」の正しさを証明してしまうようなことになってしまいそうです。小林慶一郎氏については他にもかなりきな臭い話がたくさん出てきています。かなりDisり甲斐がありそうですね。

 

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