新・暮らしの経済手帖 ~時評編~

わたしたちの暮らしを大切にするための経済解説サイトを目指して開設しました。こちらは時評編で基礎知識編もあります。

誤解されがちなスウェーデン方式のコロナ対策

猛烈な コロナウィルス感染拡大によってアメリカやヨーロッパでは都市封鎖(ロックダウン)や工場の操業停止、店舗の休業、外出制限といった措置を断行しました。経済活動が一時的に麻痺してしまうことを承知の上で、民間企業や国民個人に休業補償や全国民・無条件の現金給付といった大規模な財政出動や金融緩和政策を厭わず行いながら、コールドスリープさせたのです。 

そうした中でスウェーデンは独自のコロナ危機対策を行いました。他の欧米政府とは異なり、都市閉鎖(ロックダウン)や厳しい外出制限、企業の操業停止といった措置は行わず、社会的間隔を空けるとか、50人以上の集会や高齢者施設への訪問の禁止といったものに限った比較的緩めの感染拡大防止対策を導入しています。これについてあえて緩めの接触制限で国民に集団免疫を獲得させ感染拡大を抑制させる方式であるとか、医療崩壊を回避する方法だと伝えられてきました。あとロックダウンなどによる経済活動への打撃を小さくする方法だと期待していた人たちが多くいます。(いずれの認識も誤解が含まれます)

 

こうしたスウェーデン方式は賛否両論で、部分的ながら「上手くいっている」と評する人たちがいる一方で「厳格な行動制限を敷いた北欧諸国より死亡率が高くなってしまい、スウェーデン方式は失敗した」などと批判する声も出ました。アメリカのトランプ大統領も先月のことですが「報じられている状況とは逆に、スウェーデンはロックダウンしないという決断に対し手痛い代償を払っている」などと非難しています。

 

あとスウェーデンの経済面についてですが、「都市封鎖なしでも経済に大打撃」などという見出しのついた記事がAFP通信から流れてきました。

 

今回自分がスウェーデンのコロナ感染対策のことを取り上げる理由ですが、どちらかといえば日頃から国家財政規律ばかり強調して、歳出抑制を主張する自称・保守とか自称・自由主義者・小さな政府主義者たちがスウェーデン方式を賞賛する動きが見られたからです。都市封鎖や自粛を解除・緩和してやれば政府や中央銀行が大規模な財政出動や金融緩和政策をしなくても済むだろうという期待からでしょう。結論的にいえばそうした期待は持つべきではないということになります。

 

自分は1980年代末期にある地方大学の学生だったのですが、その福祉学科の教授たちはスウェーデンを「福祉大国」だと見ていて、まるで地上の楽園か理想郷のように讃えていました。N福祉大もそうだと云われていましたし、藤田孝典氏なんかもそうでしたが、福祉関係者はもともと左派色が強く「高負担・高福祉」の大きな政府志向が強い傾向にあります。そうした人たちの理想国家像であったスウェーデンですが、今回のコロナ危機においてはレッセフェールを好む小さな政府主義者たちが注目しており、皮肉なものを感じます。

 

どうはともあれ今回スウェーデンが択んだ方策の評価は政治思想や経済観などといったバイアスによって歪んで伝えられている可能性が高いと感じ、いくつかの記事を検索して読んでみました。その中でわりと冷静に現地の実情を伝えていると思ったのが、スウェーデンのカロリンスカ大学病院・泌尿器外科勤務の医師で日本泌尿器科学会専門医、および、スウェーデン泌尿器科専門医である宮川絢子博士が書かれたレポートです。

 

宮川絢子博士の記事1

www.msn.com

宮川絢子博士の記事2

forbesjapan.com

 

宮川博士の記事を読ませていただいて「感染拡大や死亡率を高めてしまったスウェーデン方式は失敗ダー」と安易に捉えることはまずいことや、逆にスウェーデンの医療・福祉体制がもたらしたのではないかと思われる高齢者施設内での感染クラスタ発生と高齢者の死亡増加といった不幸な問題や実状について気づかされました。

 

まずスウェーデンのコロナ感染率や人口あたりの死者数ですが、他の北欧圏に比べ高く、ヨーロッパ圏内でもワースト5~6となっており、これが批判のもとになりました。しかしながら都市封鎖を実施したイタリアやフランス、UKの方が死亡率が高く、都市封鎖をしたかしないかの是非については結論づけられません。

宮川博士が伝えるところによればスウェーデンの感染率や死亡率が高いというデータが出てしまったのは統計データの採り方の差と高齢者施設内での感染クラスタ発生、そして集中治療室へ入室できず施設内で死亡した高齢患者が多かったことにあるようです。

 

どうも高齢者施設職員が施設外でウィルスに感染してしまい、彼・彼女らが知らぬ間に入所者に伝染させてクラスタを発生させたということや、もうひとつの感染クラスタである移民が介護労働を支えていたという事情も関わっているみたいです。

 

それと今回のコロナ危機の際にスウェーデンは集中治療室で治療を受けられる基準として「他に持病を持たない80歳以下の患者」という条件を設けていたようです。保守党政権下の1992年に行われたエーデル改革によって医療から福祉へのシフトが進みました。これを機に医療施設数や病床数、そしてICUの設置数がうんと縮小されてきております。つまりは医療サービスの供給がかなりタイトだったのです。限られた医療資源のなかで医療崩壊を起こさないよう、治る見込みが高い患者に絞って集中治療を行ってきたといえましょう。そういう中でICUに入室できなかった高齢患者が多く、医療体制が手薄な施設で息を引き取ったのです。

 

「ロックダウンをしなかったスウェーデン方式のコロナ対策は失敗だ」という批判は安直だし的外れであるといえるでしょう。しかしながらスウェーデンのコロナ死亡者数増加には福祉サービス現場における人件費コスト削減や医療サービス供給の縮小、道州から地方への責務押し付けといった緊縮財政指向が遠因していたことを否定できません。福祉サービスの従事者が非正規雇用化され、彼・彼女らがコロナに感染して発病しても無収入になるのを恐れて就労し続けたり、安い労働力であった移民が現場に多く流入していたことが施設内での感染クラスタ発生につながっています。医療サービスの供給がギリギリまで縮小されていたことはコロナ感染者だけではなく、癌など他の疾病を持った患者さんの治療機会も奪っていました。

 

そして経済面についてのことですが、宮川博士は「スウェーデン以外のEU諸国の第一四半期のGDPがマイナス成長しているのに対し、スウェーデンの第一四半期のGDPはプラス成長しており、経済に対する影響が比較的軽微である」と評しています。

とはいえど上のAFP通信社が書いているようにロックダウンをしなかったことで、スウェーデンは経済的打撃を免れたと捉えるべきではないと私は思います。スウェーデン国内需要の落ち込みは小さくできても、外需の落ち込みやサプライチェーンの分断という打撃を回避できないのです。ネット上で「経済を犠牲にするなー自粛を解除しろー」という書き込みを多く見かけますが、あまりに短絡的な発想でしょう。

 

この非常時においては政府や中央銀行は異例の財政出動や金融緩和の断行を躊躇すべきではないのです。スウェーデンも例外なく休業補償等を行っています。緊縮財政的発想は排すべきことでしょう。

 


全般ランキング


政策研究・提言ランキング

お知らせ

こちらのブログでは経済の基本的知識や理論に関する記事を書いています。

 

https://ameblo.jp/metamorphoseofcapitalism/

ameblo.jp

 


サイト管理人 凡人オヤマダ ツイッター 

https://twitter.com/aindanet

twitter.com