新・暮らしの経済手帖 ~時評編~

わたしたちの暮らしを大切にするための経済解説サイトを目指して開設しました。こちらは時評編で基礎知識編もあります。

金融政策の意味を理解できない日本人 ~アベノミクス批判はどれも的外れ~

f:id:metamorphoseofcapitalism:20200831163859j:plain

 

今月8月26日に安倍総理の連続在職日数が大叔父だった佐藤栄作政権を抜き、2799日を超えたばかりですが、それから2日後の28日夕方に総理が辞意表明を致しました。私がリーマンショックの打撃を受けて間もない10年ほど前より経済問題に強い関心を抱くようになり、著しく停滞していた日本経済と産業の再生策としてリフレーション政策の導入を望むようになりましたが、この経済政策導入をして下さったのが安倍総理です。そういう意味で総理には深い感謝の気持ちでいっぱいです。

安倍政権発足後に黒田東彦日銀総裁体制になってから、これまでの白川方明総裁時代まで頑迷といっていいほど拒絶されていた量的金融緩和政策の再導入(小泉政権・福井日銀総裁時代に導入されていた)やインフレターゲットの導入が実施され、アメリカのFRBに匹敵するほど大胆な金融緩和政策が実行されます。アベノミクスではこの異次元の量的質的金融緩和政策を第1の矢に位置づけ、第2の矢として積極的財政政策、第3の矢として規制緩和などの産業活性化策が盛り込まれます。リフレーション政策とは第1と第2の矢である金融緩和政策と積極的財政政策を駆使して、民間の経済活動を再活性化し、最終的に長期経済低迷とデフレ(持続的物価下落)状態からの脱却を目指すものです

 

今回の記事は2013年から7年以上に渡って続けられたアベノミクスとその理論的背景となっているリフレーション政策の総括を行います。

結論を先に申しますと前回記事で書いたように2013年から2018年までは異次元金融緩和政策が奏功し、民間の投資と雇用がしっかり伸びました。ただし2018年以降からその失効が目立ちはじめます。

民間投資とは企業の研究開発や生産設備の増強、資材費の調達、人材確保と育成に関する投資と住宅や教育など個人が行う投資に相当しますが、企業の投資と事業拡大意欲が新卒者求人倍率の増加や失業率低下などに結びつきます

 

f:id:metamorphoseofcapitalism:20200830065316j:plain

 

NIPPONの数字「法人企業統計 設備投資 年次」より

 

金融緩和政策は民間投資と雇用を促すのが目的であり、その効果が5年間しっかり出ていたことは否定できません。教科書どおりの動きでした。ですのでアベノミクスは効果がなかった」とか「アベノミクスは失敗だ」などというのは大きな間違いです

しかしながら金融緩和政策による民間投資と雇用改善効果は2018年以降から息切れ感が目立つようになってきました。あと当時から指摘されていたことですが、消費の活性化やそれを顕すデマンドプル型の物価の上昇が乏しいまま2019年秋の消費税率10%増像と2020年のコロナ危機を迎えることになってしまったのです。「消費なき景気回退」「物価上昇なき景気回復」でした。その原因は今後丁寧に検証する必要がありますが、金融緩和政策は割りとしっかりやったけれども、財政政策を渋り気味で、2回に渡る消費税の増税を行うなど政策のバランスの悪さが失効につながった可能性があるでしょう。金融緩和政策と財政政策の足並みが揃っていなかったと言えます。

 

問題の2018年ごろに書いた自分の過去のブログ記事を読み返してみます。

2018年1月20日恒常所得向上が消費活発化の肝 ~アベノミクスが残している宿題 その2~

2018年1月28日 「なぜ物価がなかなか上がらないのか? ~アベノミクスが残している宿題 その1~ 」

2018年1月31日 「リフレは継続なり ~「アベノミクスとリフレーション政策」編最終回~

 

2019年12月17日「リフレレジーム(政策枠組み)について考える

2019年12月19日「金融緩和政策と積極財政政策はなぜ同時にしないといけないのか

 

2018年初頭から自分はアベノミクスがはじまった後も消費がなかなか活発にならない問題について考察を行っていました。

予想物価上昇率2%のインフレ目標というコミットメントと量的金融緩和(準備預金をたくさん積み上げて金利が上昇しないようにしてしまう)によって、民間企業は長期間日銀は低金利政策を続けるという予想や期待を持つようになり、積極投資と雇用拡大を進めました。このように黒田東彦日銀体制は企業の予想や期待を転換させることに成功したのですが、一般消費者の予想や期待がなかなか変わらなかったのです。

多くの労働者や国民個人は自分たちの所得が増え続けるという予想や期待ができなかったために、わずかな雇用回復や賃金上昇があったぐらいでは簡単に財布の紐を緩めようとしなかったと思われます。となってくると消費意欲活発化によるデマンドプル型のインフレがなかなか発生しません。やがて企業側もインフレによって自社の利益が増えるという予想や期待が持てなくなり、投資や雇用拡大を手控えはじめます。それが起きたのが2018年ごろでした。思えばこの当時、深刻な人手不足と云われながらも相変わらずデフレ圧力が強くて企業の収益率が改善せず、人件費負担が圧迫していた可能性があります。そのため企業はやむを得ず比較的低賃金で、解雇もしやすい外国人労働者を雇おうとしていたのかも知れません。不況と雇用再悪化の前触れだったように私は思い返します。

 

この問題を指摘していたのは私だけではありません。異次元金融緩和を進めていたひとりである元日銀副総裁の岩田規久男さんも2019年に伸び悩む消費を問題視し、消費税10%率増税に反対すると共に、若い人たちへの再分配政策の必要性を提言されていました。上の自分のブログ記事から1年後のことでしたが「我が意を得たり」と思ったものです。

2019年5月29日「ベーシックインカムや給付付き税控除は消費回復の切り札か?

 

f:id:metamorphoseofcapitalism:20191218120813p:plain

あと時評編のブログ記事ですが、経済学者の飯田泰之さんが書かれた記事をもとに「消費なき景気回復」の謎 ~所得と消費の伸びの不一致~」という文章も書きました。飯田さんによれば2018年ごろからやっと雇用の回復だけではなく賃金上昇と所得増加も見られるようになったけれども、消費性向がじりじり低下して2018年から2019年で1割も減ったと言います。しかも中~高所得者層の消費性向が鈍ったのです。

 

私は上のブログ記事やツイッター

「自動車のエンジンでいえばターボなどをつけて吸気の効率を一生懸命あげたけれども、排気側がうまく流れず”糞詰まり”状態になっているのが、いまの経済である。」

と形容しました。この場合吸気が投資で排気が消費です。

 

自分は常々このブログで「景気回復は消費ではなく投資の回復からはじまる」という説明を繰り返してきましたし、その主張は変わりません。しかしながら2018年ごろの時点でもっと消費側の回復とそれに伴うインフレ目標2%の達成と完全なデフレ脱却をいかに目指すのかという議論をもっとしっかりやるべきだったとも考えています。

 

私だけではなく先の岩田規久男さんや同じくリフレ派の経済学者である田中秀臣さんらは金融緩和政策と並行して財政政策側の拡大や消費者側への配慮も積極的に訴え続けられていましたが、安倍政権側ではいまいちそのような議論が活発にされていたようには見受けられませんでした。安倍総理自身は内心もっと財政政策も積極的にやりたがっていたのかも知れませんが、自民党内や財務省からの緊縮圧力が強く、思い通りの手が打てなかったのかも知れません。今年のコロナ危機対策で行われた国民全員への10万円一律給付も元々安倍総理らは最初からそれをやりたかったが、他の自民党議員らに阻まれ簡単に実現しなかったともいわれています。

 

安倍総理が辞任を表明された直後からマスコミや金融緩和政策を妨害し続けてきた財務省・日銀・金融機関御用学者らが一斉にアベノミクスは不発だったとか、何も成果が得られなかったなどという記事がバラ撒かれていますが、彼らはただ物価目標が達成しなかったから失敗だとか、雇用回復は偶然だったなどと言うだけで、今後いかに日本の経済を再生させていくべきかという具体的な処方箋を何ひとつ示していません。民間企業に産業構造改革とかイノベーションをやれと押し付けるだけです。私が書いてきたように、消費がなぜ伸び悩み「物価上昇なき景気回復」とか「消費なき景気回復」に留まってしまったのかという考察を一切やっていないのです。そしてその反省や改善がないままポスト安倍政治がはじまろうとしています。恐らくコロナショックで打撃を受けた日本の経済は鈍い回復のままL字型経済になっていくことでしょう。

 

次の総理が誰になるのかまだ決まっていません。現時点で自民党総裁選挙出馬の意向を示している人のなかで、金融緩和政策の意味をきちんと咀嚼できていると思えるのは安倍政権の官房長官を務められてきた菅義偉さんぐらいです。

 

f:id:metamorphoseofcapitalism:20200831164242j:plain

 

コロナショックによって多くの民間企業やそこで働く従業員、そして個人事業主たちが所得急減と資金繰り悪化に苛まれ、泣く泣く永く続けてきた事業を畳んだり、職を失う危険に晒されています。政府と日銀はさらに積極的な金融緩和と積極財政を行い、民間事業が一気に衰弱してしまうことを防がねばならないのです。民間事業の再生に金融側の支援は不可欠です。もし仮にこれまでの金融緩和を打ち止めにするような動きが政治側から出ますと、民間企業はさらなる事業と雇用の縮小に走るでしょう。就職氷河期も再び訪れ、日本という国から安定や安心が失われます。

 

経済活動全体から見たら一部門に過ぎない国家財政や自分たちの出身母体である金融機関の収益しか視野に入っていない財務官僚・日銀出身者・金融機関系エコノミストたちが、日本経済を支え続ける民間事業者をこれ以上蔑ろにすることは許されません。金融政策の重要性を深く認識した政治家がもっと増えていくよう、有権者は促していかないと、この国はかつての社会主義国家が歩んだ末路を辿ることでしょう。

 

半藤一利氏は日本は40年おきに隆盛期と衰退期を繰り返すといってきましたが、氏の説が正しければ1990年から数えて今後まだ10年間「滅びの40年」へと日本は転がり堕ちていきます。残念ながらいまの政界や財務省、日銀、マスコミ、そして国民をみていると半藤一利氏の説が正しいように見えてなりません。

 

 


全般ランキング


政策研究・提言ランキング

 

ご案内

「新・暮らしの経済手帖」は経済の基礎知識についての解説を行う基礎知識編ブログも設置しております。画像をクリックしてください。

f:id:metamorphoseofcapitalism:20200814191221j:plain
https://ameblo.jp/metamorphoseofcapitalism/

ameblo.jp

 
サイト管理人 凡人オヤマダ ツイッター 

 

https://twitter.com/aindanet

twitter.com

 

お知らせ

「暮らしの経済手帖」プロモーショナルキャラクター・友坂えるの紹介です。

f:id:metamorphoseofcapitalism:20200814190559j:plain

 

f:id:metamorphoseofcapitalism:20200812163152p:plain