新・暮らしの経済手帖 ~時評編~

わたしたちの暮らしを大切にするための経済解説サイトを目指して開設しました。こちらは時評編で基礎知識編もあります。

~ブログ開設記念~ 経済と暮らし そして平和について

新ブログ「暮らしの経済~O Espirito da Paz~」開設記念として特別記事を書かせていただきます。
とはいっても自分が既に作成した2つのブログでも同じような記事を書きました。「にゃんまるらぼ その日暮らしの手帖」の開設の際に書いたものの焼き直しとなります。

にゃんまるらぼ~その日暮らしの手帖~

上の2つの記事にも書きましたが、このブログタイトルを含め「暮らし」ということばを使わせていただいているのは、花森安治氏が編集を務められていた「暮らしの手帖」に絡めてのことです。自分の暮らし・人々の暮らしというものを大切にしていかなければならない・・・・・そういう想いが私に強くあります。暮らしを粗末にしてしまえば人々の心を荒らしてしまいます。

 花森氏はともに「暮らしの手帖」の創刊に携わった大橋鎭子氏(NHK連続テレビ小説とと姉ちゃん」のモデルになりました)にこのようなことを話したと言われます。
 
「こんどの戦争に、だれもかもが、なだれをうって突っ込んでしまったのは、ひとりひとりが、自分の暮らしを大切にしていなかったからだと思う。人は暮らしの中身がまずしいと、投げやりになり、いっちょやれ!と、おおきいことをやりたくなる。そうやって、戦争になだれ込んでしまった。もしみんなに、あったかい家庭があれば、戦争にならなかったと思う」
 
世の中全体に粗末なものが溢れかえり、心のゆたかさを失ってしまうことによって、戦争というおおごとを起こしてしまったのだというのが花森氏の見方だったのでしょう。

それから数十年・・・・・
バブル経済の崩壊から、日本はだらだらと20年以上もかけて経済活動の萎縮を続け、若い人々を中心に雇用が不安定になってしまいました。働く場を失うことによって人々は日々の暮らしに遣うお金が十分に入ってこなくなっただけではなく、職業人としての誇りや社会にみとめらる・受け入れてもらえているという喜びも奪われてしまったのです。

ものは「とにかく安くなければ」とみるみるうちに粗末なものになっていきます。家族や友人とふれあい、ともに愉しみ、ともに喜び合うという機会もどんどん失われてしまいました。

それから2007年ごろに再びアメリカで起きたサブプライムローンショックという大きな需要ショックの波に日本も呑み込まれ、2度目の大きな経済的打撃を受けます。このときに非正規雇用であった数多くの派遣労働者が一瞬にして職を失ってしまうことになってしまったのです。それから間もなく自民・麻生太郎政権は民主党に政権を奪われてしまいましたが、打つべき経済政策を打たずデフレ状態を野放しにしてしまっていたのです。

日本が戦争をはじめる前に起きた昭和大恐慌のときと似通った道を、つい数年ほど前まで歩んでいました。
民主党政権の末期に「嫌日」や「嫌韓」「嫌中」などとヒステリックにネット上で騒ぎ立てる”ネトウヨ”や旭日旗を振りかざして街中でデモを繰り広げる人間が多数出てきた理由も花森氏が大橋氏に話したこととと同じでしょう。

デフレ経済というものは人々から自信を奪い、心をギスギスした状態にさせ、他人もしくは他国に対し攻撃的にさせてしまうものです。

私は花森氏が仰ったことばと経済学者の原田泰先生が書かれた文章に重なるものを感じました。
その文はドイツで起きた深刻なデフレ状態と高失業がヒットラーの台頭を許したというものです。


 ヒットラー政権が生まれる前のドイツ政府は第一次世界大戦の敗戦国として年莫大な額の賠償金を、周辺各国に支払続けており、不況で税収が上がらない中で超緊縮財政を敷いていました。当時のドイツの失業率は43%にまで増大しており、国民の半分が失業者という悲惨極まりない状況です。
 
 そんな中でヒットラーナチス党を結党し、「優秀なドイツ国民がここまで不況にあえいでいるのは、政府が無能だからに他ならない。私に任せてくれれば、3年でドイツ国民の失業率を0%にしてみせる。私は誇りあるドイツ民族のために戦う。みなさんも一緒に私と立ち上がろう!!」と高らかに宣誓し人々の心を鷲掴みにしました。
 ヒットラーは政権獲得後大胆な金融緩和を実施し、それと並行して限速度ゼロの高速道路のアウトバーンを建設・国民車(フォルクスワーゲン)の生産・Uボートや航空機を開発・鉄道の敷設・軍隊の大量雇用などを行って公約通りたった3年で、ドイツ国民の失業率をゼロにしてしまいました。
 非常に鮮やかな手法で一気にデフレ不況脱却を果たしたのですからドイツ国民の支持は絶対的なものになります。人々は「ハイル ヒットラー!」という賞賛の声を彼やナチスに捧げました。
 
 デフレ不況による経済活動の沈滞化や失業・貧困の増大、文化の退廃は人々を不安と苛立ちを増幅させてしまいます。自己有能感を失い憎しみや恨みに支配されたルサンチマン的人間が増大するのは当然のことです。
 自分自身もルサンチマンであるヒットラーが多くのドイツ国民が抱える不満や憎悪感情をユダヤ人に向けさせ、さらには周辺諸国にも向けられていったのです。

もし仮にヒットラーに先立って金融緩和政策や積極財政を行う政権が当時のドイツにあったならば、あのような愚挙が発生しなかったかも知れません。(原田先生もそこを強調されていたことはコラムを読むとわかるだろう)

経済の萎縮や雇用の喪失は人々をヒステリックな状況に追い込みます。経済力の衰えは人々から心のゆとりやゆたかさを奪うのです。

最後にもうひとつ原田先生が書かれた平和についてのお話と、同じ趣旨で書かれた飯田泰之先生の文も紹介しておきます。




~追記~
奇しくもこの文を書こうと思った矢先に、ニューズウィーク日本版が「日銀の原田審議委員「ヒトラーが正しい財政・金融政策をして悲劇起きた」などというひどい記事を書きました。

ニューズウィークのやっていることは他人が言っていることを自分にとって都合がよいように湾曲させて伝えるというストローマン手法(案山子話法・藁人形話法)と呼ばれる卑怯な手です。欧米ではこのような手を使うと愚別され、軽蔑されるといわれています。

ニューズウィーク日本版に対する抗議も兼ね、今回の記事をまとめました。

「お金の生み方と配り方を変えれば 暮らしが変わります」

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