新・暮らしの経済手帖 ~時評編~

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民主党の子ども手当はなぜ潰れたのか

民主党政権時代の話・第2回目は政権交代のときの目玉公約のひとつだった子ども手当についてです。

後で述べますように子ども手当は財源確保や制度設計の甘さの問題があったものの、子どもを持つ世帯に所得を問わず無条件で給付金を支給するという考えそのものは良いものでした。山崎元氏が子ども手当を子どもに限定したベーシックインカムとして捉えられており、私もこの見方に賛同しています。


麻生政権時代に行なった定額給付金も全国民を対象に現金給付を行った政策なのですが、こちらはひとり1万2千円を一回のみ支給しただけでした。私はこれについて継続性がなく、国民の恒常所得を高めるものではないので、デフレ(不況)脱出の効果は期待できないと評しました。


またこの政権も3歳から5歳まで年3万6000円(月額3000円)を支給する子育て手当と称する育児支援制度を打ち出していましたが、これは単年度だけの限定措置に過ぎません。少子化防止といってもその年に生まれた子どもが支給開始年齢の3歳になったときには給付金をもらえないという無意味な制度でした。

正直民主党子ども手当制度についても、たかだか月額2万6千円程度の給付金で少子化を食い止めることができるのか?2007~2009年の深刻な不況脱出という問題解決に役立つのかという疑問はありましたが、単年度だけではなく継続的に手当を支給する恒常措置としてやっていこうという姿勢については当時賛成していました。

ところがこの子ども手当民主党政権発足によって実際に制度化された後に次々と問題が発生します。
その第一は財源です。民主党は当初各省庁が持つ特別会計の剰余金や積立金である俗称「霞が関埋蔵金」をあてにして様々な財政出動策の予算に活用しようとしていました。
ところがこの「埋蔵金」は各省庁の官僚たちのヘソクリです。これを政治家たちがどんどん掘り起こして勝手に予算化されることは当然面白くないわけです。財務省をはじめとする各省庁はこの埋蔵金を必死に隠そうとします。まだ自民政権時代だったときの民主党は財務官僚の高橋洋一氏の協力を得て、国会の質問で埋蔵金の存在を指摘しその掘り起こしに成功したのですが、民主党が政権についた直後から徐々に官僚に丸め込まれるようになってきます。(当時小沢一郎鳩山由紀夫が不正蓄財や脱税疑惑が持ち上がっており、財務省側に首根っこを抑え込まれていたことがある)

民主政権で最初に財務大臣となった藤井裕久氏は選挙前に自信満々で、マニフェストの財源は埋蔵金を充てると述べたり、増税の前に埋蔵金を掘り起こすと断言していました。ところがいざ民主党が政権を獲って藤井氏が財務大臣の座につくと元大蔵官僚色が出てきてきます。藤井財相は埋蔵金掘り当てをやらないまま病気を理由に大臣を辞任し、「埋蔵金は残っていない」と発表してしまいます。これまで掘り当てられた埋蔵金30兆円は自民党の歴代政権が景気対策などに遣ってしまったからないというのです。おまけに藤井財相は財務官僚の言いなりになり、新規国債発行上限約44兆円という枠をつくって予算を縛ってしまいました。

子ども手当の予算は5兆円ほどだったのですが、あると思っていた埋蔵金がないと信じ込んだ民主党は当初支給予定だった額の半分である月額1万3千円に支給額を落とされ、継続的な恒常的制度ではなく臨時措置の時限立法として見切り発車となってしまいました。その後子ども手当は2011年に起きた東日本大震災の復興予算捻出のためとして廃止され、元の児童手当に後退させられます。

民主党が掲げたマニュフェストの中で当時野党側だった自民党やマスコミから「バラマキだー」と一番攻撃されたのが子ども手当です。彼らの背後に財務省を筆頭とする各省庁の官僚軍団がいたと思われるのですが、子ども手当のように国民へ現金を給付するだけのような制度は役人が最も敵視するものです
役人にとっておいしいのは天下りなどの利権すなわち「座布団」がついた財政出動です。子ども手当のように座布団が一枚もつかないような財政出動に5兆円にも上る大規模な予算をつけたくないのです。しかも何年、何十年と継続的に支給し続けないといけない恒常措置です。官僚たちはそれを絶対に許すはずがありません。
逆をいえば自民・麻生政権の75兆円にものぼる緊急経済対策を財務省が認めたのは単年度だけの時限立法だらけだったことや、各省庁の利権誘導がしやすい歳出内容が盛り込まれていたからだともいえるのです。各省庁は大型景気対策という形で予算の臨時ボーナスが入るわけですからお祭り騒ぎとなります。

結局2010年度の子ども手当の財源は、自民党政権時において作られた2009年度補正予算の削減を行い、子育て応援特別手当も支給停止する形で確保しました。子ども手当が満額支給される2011年度以降は所得税の扶養控除と配偶者控除の廃止で予算を賄うという形にしてしまいます。上で書いたように官僚からの圧力で恒久措置ではなく時限立法で押し切られた時点でこの制度の命運が決まってしまったといっていいでしょう。

子ども手当は財源や制度設計が中途半端だったために導入後もさまざまな問題に見舞われます。
そのひとつが子ども手当予算の一部地方自治体負担で民主党側がその考えを示したところ、松沢成文神奈川県知事(当時)や福岡・佐賀県知事など7知事が全額国庫負担すべきだと反発しました。これについて政府側は2009年12月に2010年度の暫定措置として子ども手当の一部を児童手当とし、現行の児童手当の費用を出している地方自治体などに拠出させるという形で圧し切ります。
他にも母国に子どもを置いてきた日本在住の外国人も手当の申請をしてきたのですが、中には「タイに554人の養子がいるから人数分の手当(年額8642万4000円)を支給してほしい」というものまでありました。これについては厚生労働省側の判断で申請却下をされたのですが、このトラブルが後にネット右翼や一部右派活動家たちの外国人排斥感情を刺激することにつながり、生活保護世帯にまで飛び火することになります。

また従前の児童手当制度になかった子ども手当の大きな意義は所得制限やミーンズテストが存在せず、支給要件さえ満たせば無条件給付されることにあったのですが、これについて菅直人副総理(当時)や小沢一郎幹事長(当時)など民主党内からも見直しの声が上がります。最終的に民主党自らが自民党公明党の意向を汲み、子ども手当を廃止し児童手当制度復活で所得制限つきの制度に逆行させました。

子ども手当が成立からわずか2年で制度廃止に追い込まれた理由をまとめますと
子ども手当が自分たちに利得が生まれないにも関わらず大規模かつ継続的な歳出を余儀なくされるために官僚が潰したかった。
民主党議員がそうした官僚の工作に対峙できるだけの政治力を持ち合わせていなかった。
菅直人小沢一郎など民主党内にも子ども手当に冷淡な議員がいた。
民主党議員の経済・財政知識が不足していた。
ということになるのではないでしょうか。

稿を改めて書きますが、民主党は経済学に対する関心が薄く、蔑視すらしている傾向が強くあります。このことは後に民進党に、そして立憲民主党希望の党に分裂してからも変わっていないことです。民間経済を活発化させることによって税収を伸ばし、積極財政を行うといった考えを持った議員があまりいないのです。そのことが理解できていた人は民主党内にも金子洋一氏や馬淵澄夫氏など何名かいたのですが、2017年11月現在全員国政の場から離れてしまっています。
民主党政権は経済政策に疎いために限られた小さな税収のパイの中でゼロサム的な予算配分をするしかなく、結果的に官僚のいいなりになって増税に走り、子ども手当のように官僚が嫌う政策を潰されるに至りました。

子ども手当の失敗は民主党民進党の流れを引き継ぐ希望の党が掲げたベーシックインカム公約でも見受けられたことです。

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