新・暮らしの経済手帖 ~時評編~

わたしたちの暮らしを大切にするための経済解説サイトを目指して開設しました。こちらは時評編で基礎知識編もあります。

マネタリーベースとマネーサプライの関係

量的緩和政策で日銀内に設けてある民間市中銀行用の当座預金に振り込まれる準備預金(マネタリーベース)をこれまでにはないほどたくさん積み上げ、これによって日銀が一定期間以上の低金利を維持する姿勢が確実であることを示し、民間企業や個人への融資を活発化させることを説明しました。


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こういう状況に持っていきたいわけですね。

しかしながら積み上げたマネタリーベースの伸び率ほどに市中への貨幣供給量(マネーサプライ)がさほど増えていないじゃないかという人たちが大勢います。このことでリフレ無効論を主張しようとしているのです。

そうした人たちがよく使うグラフの例です。
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確かにこのグラフを見ているだけですとマネタリーベースの上昇率に比べマネーサプライ(ストック)の伸び率が平べったいままのように感じてしまいますね。

しかしながらアベノミクスがはじまる2012年10月のマネーサプライ(M3)は1,125兆円だったのに対し、マネタリーベースは128兆円程度しかありませんでした。額がひと桁違いますね。MBとMSは1対1で変化するものではありません。昔ですとMB:MSは1:10以上が当たり前で、今ですと1:2ぐらいの比率になっています。ですのでグラフの縦軸であるMBとMSの変化率の値はそれに合わせないと相関しているのかしていないのかわかりにくいです。

鉄道やバスの乗車率を計算するとなると、乗車人数/車輛の定員となりますが、同じ14人のお客さんでもバスと鉄道車輛で定員が異なるので乗車率が変わります。路線型バスの定員が70~80名ですので28名の乗車があると乗車率35~40%、鉄道車両ですと定員が140名~150名となりますので2輛編成ですと10%程度となってしまいます。MBとMSは分母がひと桁違うのです。
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ちなみにマネーサプライの額がマネタリーベースの額の何倍なのかを算出した値が貨幣(信用)乗数です。
 貨幣(信用)乗数=(MS 現金通貨+預金通貨)/(MB 現金通貨+法定準備預金)

先に述べたようにこの貨幣乗数はどんどん下がっていて、現在はわずか2程度まで落ちています。アベノミクス前である2012年当時のMS/MBは10程度あったのでびっくりするかと思います。これなんかもアンチリフレ派たちが「量的緩和なんか効かないじゃないか」と言い出していますね。かなり以前にも貨幣乗数のことで今の日銀副総裁でリフレ政策を進めている岩田規久男教授と日銀出身の翁邦雄教授が激しく論争したこともあります。しかしながらこれは問題なのでしょうか?

話を元に戻しますが、MBとMSの規模の違いを考慮し値を変えたグラフですとMBとMSの変化はこうなります。

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アベノミクスがはじまる直前の2012年12月はまだ日銀は白川方明総裁のままでしたが、このときより量的緩和が先行してはじまりマネタリーベースを増やしはじめています。それと同時にマネーサプライ(ストック)も反応しているようですね。
2014年あたりからマネタリーベースの増加率は漸減してきているのですが、山あり谷ありながらマネーサプライの伸びは維持している感じがします。あと一部マネーサプライが先に落ちているような箇所もあります。2012年12月のマネタリーベース拡大はマネタリーサプライ側が敏感に反応したことは確かなようですが、以後の動きをみると必ずしもMBとMSは同調しているわけではありません。

ここでひとつ強調しておきますとマネーサプライの拡大は市中における企業の投資や一般個人の消費活動がどれだけ活発になっているかに大きく左右されます。投資や消費活動が旺盛ならば貨幣需要が増えるためです。ただ単純に政府や日銀が市中へお金を送り込めばマネーサプライが増大するというわけではないのです。

日銀の岩田規久男副総裁はこう仰っています。
 「多くの人が誤解しているが、マネタリー・ベースの持続的な拡大によるデフレ脱却は、中央銀行がばら撒いた貨幣を民間がモノやサービスに使うことから始まるのではなく、自分が持っている貨幣を使って株式を買ったり、外貨預金をしたりすることから始まるのである。」
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市中でどれだけマネーが活発に動いているかの値が貨幣流通速度(Velocity)です。

経済の議論でよく「金融緩和ではマネーストックは増えないんだ」とか「流動性の罠だから財政出動でないとマネーストックは増やせない」などという話が出ますが、こうしたものは「とにかく市中へお金を押し込めばいい」という短絡的な発想でしかありません。重要なことは投資や消費を活発化させ、市中でのお金の動きを活発化させることです。それをやらないと量的緩和であろうが財政出動であろうが関係なく、マネーサプライが増えにくいですし、物価上昇も起きにくいでしょう。市中へお金を押し込むだけではなく吸い込ませるという考えを持たねばなりません。

リフレーション政策のいちばん大きな肝は予想によって投資行動を変えることです。岩田規久男副総裁は「リフレはコミットメント」と仰います。アメリカのFRB議長を務めたベン・バーナンキ教授も予想やコミットメントを重視します。今のリフレ派は単純な貨幣数量説を信じてベースマネーを積み上げればマネーサプライが増えるなどと考えているわけではありません。

自動車のエンジンは吸気→圧縮→燃焼→排気のサイクルで動きます。効率よくエンジンを回すには各行程をなるべく円滑にしてやらないといけません。どこかの行程が詰まっているとエンジンが効率よく力を出し切れず、加速が鈍くなったり燃費が悪くなったりします。燃焼室から燃やしたガスを吐き出す排気管の形状が細かったり強く曲がっていたりすると排気が進まず、新しい混合気を燃焼室内に吸い込みにくくなったりします。ターボチャージャーなどで燃焼室へ空気を押し込もうとしても、排気側がきれいに流れにくい構造ではうまく吸い込んでくれないのと同じです。

もうひとついえば物価もそうです。市中にただマネーを送り込んだだけでは上昇しません。マネタリーサプライを100兆円増やしたから物価が~%上がるというわけではないのです。

 フィッシャー交換方程式 
 貨幣数量M×貨幣流通速度V=物価×1期間における財・サービスの取引量T

貨幣の流通速度V(Velocity)は上の図で説明したように貨幣が使われる頻度を示す値です。企業や個人が積極的にお金を遣うとV値が上昇します。これが著しく低下してしまうと同じ量の貨幣を市中に投入しても物価が上昇しないことになります。
流通速度Vを上げるにもやはり予想によって人々の投資や消費行動を変えるということが大事になってくるなという答えが浮かんできます。

今回お話したことはリフレーション政策とは何かということだけではなく、財政出動や後日こちらが書く予定の政府(統治)貨幣の在り方を考える上でも重要なことです。

もう一度言いますが、
デフレ脱却は単純に政府や中央銀行がお金をどんどん刷って市中へ押し込めばいいというものではありません。投資や消費行動を活発にしていかないといけないのです。

マネーサプライの増減は市中での投資や消費がいかに進んでいるのかという結果です。


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