新・暮らしの経済手帖 ~時評編~

わたしたちの暮らしを大切にするための経済解説サイトを目指して開設しました。こちらは時評編で基礎知識編もあります。

恒常所得向上が消費活発化の肝 ~アベノミクスが残している宿題 その2~


アベノミクスは始まってから5年も経とうとしているのに物価がなかなか上がらないじゃないか」という批判の声はいくつも聞きます。極論をいえば物価が上がらなくても雇用の改善が進んでいけば労働者にとって一番美味しい状況なのですが、企業側にとっては賃金コストが上がるのに商品の価格を上げづらく結構きつい状態ではないかと推察されます。また物価が上がらないということは労働者=消費者が安心して好きなものをたくさん買えるほど暮らしのゆとりが生まれているわけではないと判断すべきです。

前回はフィッシャーの交換方程式を使って物価が上がりにくい状況を説明してみました。

MV=PT マネーの供給量×貨幣流通速度=物価×モノやサービスの取引量 

マネーの供給が増えても人々がお金を積極的に遣わないために貨幣の流通速度がかなり低下している可能性があります。こうなってくると市中のお金が投資や消費に活用されず、マネタリーサプライが増えていきません。日銀が民間銀行あての当座預金に融資用の準備預金を高く積んでマネタリーベースを大きくしてやっても、政府が財政出動で市中へお金をばら撒いても遣われず死蔵されてしまいます。ケインズはこれを流動性の罠と呼びました。この流動性の罠から脱するためにリフレーション政策では中央銀行が長期に渡って金利が抑えこむという予想をつくって企業の投資を促します。インフレターゲットによるコミットメント効果や量的・質的緩和で政策の確約性を強化します。

2013年春以来の異次元緩和(量的・質的金融緩和政策)による企業の投資行動変化はかなりはっきり出ており、狙い通りの政策効果を得られています。不況下で減少する有効需要のうち、最も大きい落ち込みの企業投資が回復することによって潜在GDP(供給力)とGDP(需要)のギャップがかなり埋まってきました。金融か財政のどちらによる最後のひと押しがあればデフレ脱却というところまで来ています。構造失業率に達すれば賃金上昇の動きが本格化し、それによって消費意欲も回復することが期待できますが、企業側および一般消費者側も20年近くも異常に長いデフレ経済にどっぷり浸かっていたために、賃上げも消費もなかなか積極的になりきれないのではないかと私は想像します。今は景気がいいけれども、またしばらくしたらすぐ不況になってしまうのではないか?人員整理で職をまた失ってしまうのではないか?という不安を人々は払拭しきれていないように思えてなりません。

企業が大型投資をする。何十年も社員を雇い続け育てていくといった長期安定雇用に企業が踏み切るには今後も永く経済が安定成長し続けることが前提です。その見通しがないとそれはできません。
消費者の消費行動についてもそうです。自分の所得がずっと安定し続けないと家やクルマなどの高額製品を買うことなんかしないでしょう。いつ会社をクビになるかわからない状況で長期ローンなんて組めませんから。

 SOCOM

大卒7年目で首都圏で働いていて手取り14万円しかもらえない・・・・・・
これではクルマを買うどころではないですね。しかしバブル期まではアルバイトの身であるにも関わらずローンを組んで数千万円のクルマを買ったという強者(つわもの)もいたとも上の記事で書かれています。この差は何かというと「オレはローンを還してみせる」という自信、将来自分の収入が増えるという見込みなのではないかと思われます。

長期に渡って安定的に得られる収入の見込みを恒常所得といいます。つまりは予想です。

                解説 2 「恒常所得仮説 – 瞬時に分かる経済学
                解説 3 「恒常所得仮説と、ランダム・ウオーク

フリードマンは人々の所得を一定の恒常所得とそのときだけの臨時収入である変動所得にわけ、ケインズが説明した消費関数のようにある時点で今持っている所得の高さで消費量が決まるのではなく、将来を加味した恒常所得の高さに比例するという仮説を立てたのです。ケインズIS-LMモデルは静止画像みたいなものになってしまっていて、それが時間が経つにつれどう変化していくのか動画的に把握していないではないかとフリードマンケインズを批判しました。消費関数論争です。

世の中「江戸っ子は宵の越しの金は残さない」という調子で手許に入ったお金をすぐさま全部遣ってしまうような人ばかりではありませんね。多くの人はもしかのときのことを考え所得の一部を貯蓄に回そうとします。
会社で臨時ボーナスが出たとか、株で大儲けしたなどといった棚ぼた的収入は変動所得で消費よりも貯蓄に回ってしまいやすい傾向にあります。

不況時の景気対策として減税や給付金・補助金などさまざまな政策が打ち出されることがありますが、多くの政治家や経済学者の話を聞いていると国民全員がお金が増えたらすぐパッパと遣ってしまうとしか考えていないように感ずることがあります。一時的に減税や財政出動をやっても景気浮上効果が長続きしないか、ほとんど効果が現れないようなことが起きたりします。逆にアメリカでは一時的な増税をやったときも消費に影響が出なかったということもありました。
麻生政権時代の定額給付金なんかもひとり1万2千円を一回しか給付せず、低額給付金と揶揄されましたが、これで「どんどんものを買うぞ~」という気持ちになれた人はどれだけいたでしょうか?

「人々は将来のことを予想してそれに従って行動する」

そういうモデルで経済政策を考えていかねばなりません。一時的に金利を下げたり、財政出動でお金をバラ撒くだけではダメなのです。このシリーズで何度も繰り返し言っていますが、企業の投資や個人の消費を活発にさせるには人々の予想を変えないといけないのです。

リフレーション政策では企業や金融機関・投資家に
「日銀は物価上昇2%達成まで金利は上げないぞ」「円安状態を維持するぞ」
という将来の見通しをつくってやりました。だから積極投資や融資がやりやすくなりました。

一般消費者に対しても
「自分たちの所得はこれから伸びるぞ」「万が一のことがあっても無一文になることはないぞ」
という将来の見通しをつくっていけば、多くの人たちがもっと積極的にお金を遣うようになるのではないでしょうか。

多くの国民に「これから自分たちの所得が伸びていくぞ」という見通しをつくる方法はいくつかあります。
まず第一歩目はマクロ経済政策です。まともな金融政策を行うことによって雇用を安定させ続けることを日銀や政府が約束することが最も基本的なことです。
そして次に出てくるのは国民自身に稼ぐ力をつけさせる教育や職業訓練制度の充実です。今安倍政権は教育や人づくり改革を推進していますし、第1次政権時代は再チャレンジ政策も打ち出していました。高等教育や高い職能を身に着けておくと生涯の恒常所得が高くなりやすいです。
それからさらに最終手段でベーシックインカムの導入も提案したいです。所得は就労とBIの二系統(ツインカム)となり恒常所得の安定性が増すことになります。

上の3つの政策によって国民は高い恒常所得を得ることになり、消費活動が活発化して、貨幣の流通速度は向上していくことになるでしょう。ベーシックインカム井上智洋先生が提唱されていたように固定BIと変動BIの二階建て構造とし、貨幣流通速度が上がって物価上昇の勢いが高くなってきたら変動BIを減額します。

アベノミクスに残された最も大きな宿題は今の政策で勝ち得た成果をより持続させることであり、これからも国民の所得はしっかり伸び続けるという信頼感をより強化していくことでしょう。

~お知らせ~
今後日本の政局や北朝鮮問題についての論考は下記ブログで掲載していきます。

「お金の生み方と配り方を変えれば 暮らしが変わります」

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