「財政政策のあり方 」編でその理論的背景にあるケインズ経済学のことに触れましたが、この経済理論は深刻な不況に陥ったとき溢れた供給側に対し著しく落ち込んだ有効需要を穴埋めする必要性について説いています。需要(デマンドサイド)重視型の経済理論です。
第二次世界大戦後の高度成長期に国家が財政支出を拡大することによって需要を引き伸ばし、それによって経済成長を促進させようというモデルが世界中で採り入れられます。アメリカやヨーロッパ、そして日本もそれに当てはまります。しかし1970年~1980年の間にアメリカ・ヨーロッパで経済活動の低迷と財政赤字の拡大が同時に進み、不況で失業が増えているにも関わらず物価がどんどん上昇してしまうスタグフレーションが発生してしまいます。
過激化する労働組合が企業の経営状態を無視した賃上げ要求を行ったり、山猫ストを行うことによって自国企業が海外へ逃げてしまい供給側が縮小します。自国のモノやサービスの生産力が落ちたためにそれを海外からの輸入で補うようになってしまうことから輸入超過となり、通貨安を招いてインフレがますます加速します。このことが不況と物価上昇が同時に発生するという奇妙な状況を招いたのでした。
この失敗から一度ケインズ主義は衰退し「ケインズは死んだ」とまで言われます。これに代わって強くなってきたのが供給側の増強と復活を目指すサプライサイド経済学です。ケインズ主義とは打って変わって企業や個人に対し過保護だったといえる財政政策を拡大から縮小へと舵を切ります。大きな政府主義から小さな政府主義への転換です。財政を絞るかわりに減税を進めようとしました。このような経済政策手法はアメリカのレーガン大統領やUKのサッチャー首相、日本ですと中曽根康弘総理や小泉純一郎総理が採り入れています。
この政策でアメリカ・ヨーロッパは自国へ資本を呼び戻し、国営企業の民営化を進めて労組の山猫ストを一掃します。サプライサイド経済学はこれまでの財政政策による手厚い補助金や社会保障といった服を剥ぎ取り、寒中へ放り出すような荒療治でしたが、イギリス病などといった沈滞から脱却するためには避けられないことでした。財政政策で着ぶくれしたケインズ型経済政策の反動といえるのがサプライサイド経済学です。
サプライサイド経済学はその後消え去ってしまい、2006年あたりからはじまったアメリカのサブプライム住宅ローンの焦げ付きを発端する金融危機と深刻な不況によって再びケインズ主義が復活してきたというのが今日までの流れでした。この時期は世界各国が金融と財政政策をフル出動させて不足する有効需要を回復させるのに躍起です。日本においてはアベノミクスがそれにあたります。
こうして流れを見てきますとデマンドサイド重視かサプライサイド重視かという対立図式を描くよりも、両者のバランスを取ることが必要なのではないでしょうか。それは需要と供給どちらか片方が肥大化しても成長につながらないからです。
衰えた有効需要を財政政策や金融政策で補助しながら、同時に供給側も拡大を促していくという考えが重要です。
ほとんどの人が認識していることですが、供給側だけを拡大しようとしても人々がモノやサービスを買えるだけのお金=消費の有効需要が乏しければ企業側は積極投資をしようとしません。人々が持つお金が不足しているのであれば財政政策でそれを補う必要があります。
2008年2月現在において雇用は拡大しましたが、賃金や消費がいまいち伸びていません。それはまだまだ有効需要不足だといえましょう。財政と金融政策をもっと積極的にやらないといけません。
逆に供給不足なのに需要側だけを増やそうとしても上手くいきません。今ですと建設業界がそうでしょう。
「これからの土木公共事業の考え方 」でも書きましたが、土木建設公共事業についても国が一方的に「年間20兆円」とか「10兆円」などと決めて予算を出したところで、肝心の建設会社側(サプライサイド)が人手不足によって工事入札できなければ政府から市中へお金が流れていかないことになります。また人手だけではなく建設資材も奪い合いになり建設コストが高騰します。局所的なコストプッシュインフレが発生していることになります。ですので長期ビジョンに立って公共事業の発注を平準化し、じっくり建設技術者を育成や建機の投資を促していくことで供給力を漸増させていく配慮が必要です。
それと財市場(モノ・サービス)と貨幣市場・資産市場の調和も金融や財政政策で重要になってきます。
下はワルラスの法則で財市場・貨幣市場・資産市場の超過需要の和は0になるということを示したものです。
デフレ状態はマネーの需要が過大で財市場の需要不足が深刻です。モノやサービスの供給がだぶつきます。
インフレはモノやサービスの需要が旺盛でマネー側の需要が小さくなります。
財政政策や金融政策のさじ加減を決めるのに、この法則が重要になります。
「アベノミクスとリフレ政策」編で金融政策を、「 財政政策のあり方」編でケインズ理論や財政政策について説明してきましたが、それは次編の「政府(市民統治)貨幣 」編でも重要になってきます。ここ最近信用貨幣から政府貨幣(統治貨幣)への転換という通貨改革を唱える人たちがじわじわ増え出していますが、もし仮にこの貨幣発行・供給管理制度を導入したとしても金融政策と財政政策が国民の間で理解されていないとうまく機能しないと考えられます。「仏を作って魂を入れず」にしてはなりません。
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