前回は駒澤大学の井上智洋准教授が提案するベーシックインカム(BI)と信用貨幣制度から政府貨幣(統治貨幣)への転換という通貨改革(CI-Currency Innovation)を組み合わせた貨幣発行供給レジームについてお話しました。この考えを知ったのは下記論文からです。
井上智洋
銀行が勝手にどんどん貨幣や負債を生み出す信用創造を停止し、100%マネー化を計って金融不安のリスクを少なくし、貨幣は政府の責任で発行し供給していく制度にベーシックインカムも組み合わせるというアイデアです。新しく発行されたマネーは政府がベーシックインカムという方法を使って偏りなく国民に直接給付しボトムアップ式に市中に供給していく考えは非常に魅力的なものに私も思えました。
しかしながら私自身がこのブログを開設してから半年の間にケインズの流動性選好仮説と流動性の罠問題の意味やリフレーション政策の解釈が変わっていきます。現在の私は単純な貨幣数量説を盲目的に信用するのではなく、貨幣の流通速度や予想の変化による投資ならびに消費の行動変化の方を重視する見方を採っています。マネタリーベースとマネーサプライ(ストック)についての認識もそうです。単純にマネーサプライを増やせば投資や消費が比例して向上するなどという粗雑な考えを持っていません。マネタリストという印象を強く持たれてきたリフレーション政策を支持する経済学者も同様の認識にシフトし、現在は予想で投資や消費をいかに活発化させるかという考えになってきてきています。(ケインズの流動性選好仮説の考えも採り入れているよう)
岩田規久男教授が書かれている本でもそれが反映されています。
「多くの人が誤解しているが、マネタリー・ベースの持続的な拡大によるデフレ脱却は、中央銀行がばら撒いた貨幣を民間がモノやサービスに使うことから始まるのではなく、自分が持っている貨幣を使って株式を買ったり、外貨預金をしたりすることから始まるのである。」
「貨幣供給が増えても雇用や設備の稼働率に依存するため、ただちには物価が上がるとは限らず、"「単純な貨幣数量説」は成り立たない」
「単純な貨幣数量説」が成り立つのであれば、貨幣供給を増やしても、物価が上がるだけで、生産も雇用も増えない」
「単純な貨幣数量説」が成り立つのであれば、貨幣供給を増やしても、物価が上がるだけで、生産も雇用も増えない」
現在の私は岩田教授の見方を支持しており、市中における投資や消費活動の活発化で貨幣需要が増大し、結果的にマネーサプライが増えると捉えています。中央銀行がハイパワードマネーをゴリ圧しする外生的貨幣供給ではなく自発的にマネーを吸い上げる内生的貨幣供給ですね。
現在2013年に書かれた上の井上さんの論文を読み返していますが、この中でも現在の私の貨幣供給に対する認識に若干差異が出てきているなと感じました。井上さんはハイパワードマネーが増大してもマネーサプライはほとんど増大しない内生的貨幣供給モードになったときは中央銀行がマネーサプライを外生的にコントロールできなくなるという見方をしていますが、現在の私は実質金利引き下げ予想を使って中央銀行が内生的な貨幣コントロールができる余地があると考えます。(井上氏の論文にもそのことは取り上げられているが)
それと井上さんの場合マネーサプライを増えるか増えないかという論点を主軸に話をされていますが、私の場合それよりも市中のマネーの動きを重視する考えを採っています。いくらマネーサプライを増やしてもマネーの流通速度が低ければ経済活動が活発にならないというのが私の仮説です。
「お金がたくさんあればどんどん遣ってくれるはずだ」と考える人の方が多いかと思われますが、それは因果関係が実は逆ではないかということに私は気がつきました。もちろん外生的貨幣供給という形で政府が新しく刷ったお金を国民全員に給付すれば消費に向かってくれることを信じますが、内生要因を無視してはいけないとも考えています。
私もベーシックインカムの導入に賛成しますが、「お金を増やせばどんどん消費が増えるはずだ」という外生的貨幣供給の論法だけではなく、BIによって人々の将来入ると予想される所得(恒常所得)が安定するために消費が活発になる可能性があるという内生的貨幣供給の論法で推すつもりでいます。
ここまでの話は「外生であろうが内生であろうがそんなのどっちでもいいじゃない?」と思われる人が多いことでしょう。それこそ「卵が先かニワトリが先か」というような議論になってしまいますし、結局は外生・内生のどっちも成り立つことがあれば成り立たないときもあるとなるでしょうか。(両方成り立たないとなったらかなりヤバい状況だが)
しかしながら井上氏についてはもうひとつ気になる発言が出てきて、先日読んだマガジン9に掲載されていた森永卓郎氏の対談でBIの話が書かれている「ベースマネー80兆円をベーシックインカム財源に使えばいい」という発言を聞いたとき「これはまずい」と感じました。
いまのアベノミクスの量的緩和で年間80兆円も積み上げたベースマネー(日銀内の民間銀行用当座預金に振り込まれている準備預金)を民間企業への融資という形で流すのではなく、そのまま市中へバラ撒けばいいという発言をしていることです。金融政策やリフレーション政策の流れをきちんと理解している人だと「あれっ?」と思うことです。他のリフレ系経済学者も「それは間違いである」と言われることでしょう。
(2019/3/7 ベースマネーの一部を給付金などに活用することについては他のリフレ派といわれる経済学者も支持する発言をされています)
しかしながら忘れてならないのはこのまま永久に金融緩和を続け80兆円もベースマネーを積み続けるわけではないということです。そもそもベースマネーを増やす目的は長期に渡って実質金利を低く抑え、銀行が資金繰り悪化を恐れず融資ができるようにすることです。本格的に景気が回復し物価上昇が起き始めた後には、ベースマネーを回収し金利の再上昇を計っていきます。このような出口戦略の話をするのは早すぎますし、まだ積極的な金融緩和や財政出動を続けないといけない状況ですが、いくらなんでもこの先10年・20年もデフレのままでそれを続けないといけないということは考えられません。
2018年現在で不足している有効需要を埋め合わせるにはあと10兆円程度あればいいという計算が出ていますが、もしこの計算通りに賃金が上昇し目標のインフレ率を達成できたのであればその後の大型財政政策の必要性は当然薄くなっていくことでしょう。(これも今の時点で言いたくないことだが)
何度か申し上げてきたようにベーシックインカム(井上氏の定義では固定BI)は恒久的政策であり、財源も恒久的なものから確保しないといけません。企業の経営でいえば固定費です。ひとり月1~2万円のBIでも14万~28万億円(14兆~28兆円)となります。かなり大きい規模の歳出を景気が良かろうか悪かろうが国が必ず出さなければいけなくなります。
ちなみに平成28年度になってしまいますが日本の国家財政における歳出規模は97兆円。国債償還費を除き74兆円です。社会保障費は32兆円で現在急上昇中です。(だから財務省はベーシックインカムを嫌うし、どうしてもやりたいのだったら安定財源の消費税にしろと言うだろう。)
政府貨幣だったら負債ではなく資産となるお金だから自由に必要なだけ発行できると考えるのは間違いだということは既にお話しました。
今回このような記事を書いている理由ですが、井上氏や森永氏だけではなく、ネット上でベーシックインカム導入を訴えている人たちが、政府貨幣や通貨発行益にかなり過大な期待を持ってしまって、それをやらないとベーシックインカムが実現しないと思い込んでいる嫌いがあります。国債発行による財政ファイナンスという手法や通貨発行益による財政政策は景気の循環要因による短期的な不況対策の政策としてであればいいのですが、半永久的に行うものではありません。このことに早く気がついてほしいと願っております。
こんな無様な光景なんか二度と見たくありません。この一瞬でベーシックインカム実現の希望が消えましたね。