新・暮らしの経済手帖 ~時評編~

わたしたちの暮らしを大切にするための経済解説サイトを目指して開設しました。こちらは時評編で基礎知識編もあります。

アイスランドで起きた金融危機

ずっと長々と貨幣数量論や金融政策の話ばかり続けてきた「政府(市民統治)貨幣 」ですが、今回から一転してアイスランドの貨幣改革について考察していきます。何回か紹介させて頂きましたが「通貨改革 アイスランドのためのより優れた通貨制度」という資料を下敷きに、今現在のアイスランド経済や国民性についての話も交えながら書き進めていきます。

 参考資料

まず最初にアイスランドが政府貨幣制度への移行という大胆な改革を行うに至った2008年の金融危機についてから述べていきます。

アイスランドは元々漁業と農業が主力産業であった国ですが、地熱発電の安い電力を使ったアルミ精製などの工業やサービス業も発達し、高い経済成長を遂げてきました。国民一人あたりのGDPも世界トップレベルの高さで国際競争力も高かったです。しかしながらその一方でオイルショックによるハイパーインフレや通貨の平価切下げを経験しており、2003年あたりから問題の金融資産バブルが膨張しはじめました。
アイスランドはかなり金融に依存した経済構造となり、GDPの26%を占めるほどでした。かつての主力産業であった漁業従事者は6%まで落ち込みます。その当時は産業構造転換の成功例などともてはやされていたのですが、アメリカで起きたサブプライム住宅ローンバブル崩壊のあおりを受け、アイスランドの主力銀行が次々と深刻な経営危機に陥り、デフォルト(債務不履行)を起こしました。アイスランドクローナ(ISK)は暴落します。

アイスランドの銀行がこんな金融危機を引き起こしたのは超ハイリスク・ハイリターン型の資金運用をしていたためです。アイスランドの銀行は金利をなんと15%以上もつけており、ユーロペッグ制(固定相場)もとっていたので投機家たちにとってものすごくおいしい投機先となっていました。しかしこの15%以上もの金利でかき集めた資金を運用するとなると当然これ以上の高利益率を得られる投資先でないといけません。もちろんかなりハイリスク商品となります。アイスランドは当時アメリカの住宅バブルで流行っていたサブ(ノン)プライム住宅ローンをかき集めた金融商品に手を出してしまいました。この金融商品は「世界大恐慌はなぜ発生したのか その3 サブプライムローンショックとは? 」で書いたとおり、ジャンクというべきかなり返済能力が低い低所得者向けの住宅ローンをいくつも組み合わせ、そこへ優良証券や保険をつけて見た目安全そうにみせかけた薄皮毒まんじゅう商品です。ご存知のとおりアメリカの不動産価格上昇がとまって住宅バブルが崩壊し、証券価格が暴落しました。このためにアイスランドの銀行は大火傷を負う羽目になったのです。

このような金融膨張を引き起こした背景についてもう少し深く掘り下げますと、それはアイスランドが1994年に欧州経済領域(EEA)に参加し、アイスランドの金融部門は大幅に自由化されたときに遡ります。それをきっかけに急速にアイスランドは金融立国へと転換していきました。これに伴いマネーサプライもじわじわ増加しはじめます。
アイスランド中央銀行はこうした金融の肥大化とマネーサプライの膨張を看過せず、政策金利を引き上げてそれに歯止めをかけようとしましたが、金融機関はそれを逆手にとって高利回りの金融商品を売って海外の投機家たちの人気を得るようになってしまいます。そのおかげでますます金融の肥大化は収まるどころかヒートアップしていきました。さらにISKの為替レートもどんどん上がったことにより輸入品が値下がりし消費は増えましたが、GDPの半分を輸入が占めるようになり貿易赤字はかなり悪化します。極めて歪な経済構造となっていきました。

下は「通貨改革 アイスランドのためのより優れた通貨制度」より引用させていただいたグラフです。
マネーサプライは2002年あたりから急膨張しはじめます。
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同じく預金の状況です。
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世帯の預金も厚みを増していますが、金融会社の預金膨張が目立ちます。

前回記事「通貨改革というプログラムに恣意や裁量主義というウィルスが紛れ込む危険性」とも少し関わってきますが、金融肥大化が中央銀行による金融政策の「不感帯」をつくってしまい、単純な貨幣数量説どおりの動きにならなくなります。トルクコンバータ(流体継手)と同じような状態です。中央銀行金利や貨幣供給の調整をしようとしても思うように統治できなくなってしまいました。アメリカでも住宅バブル発生のときに元FRB議長アラン・グリーンスパン教授が長期金利を上げて不動産投機を抑え込もうとしますが効力を発揮しませんでした。「Conundrum(謎)」と言ってしまうような状況が生まれます。日本でもマネタリーベースを増やしても信用乗数が想像以上に下がってマネーサプライが思っていたような割合で伸びないという現象を招きました。それを巡って岩田規久男教授と日銀出身の翁邦雄教授との間でも激しい論争が起きております。

アイスランドが銀行による信用創造を防止して、マネーを勝手に膨らませてしまうことをやめさせないといけないと考えに至った理由は金融政策の不感帯を薄くし精度や正確性を向上させようというところにあります。AT車からMT車に切り替えようという考えです。

銀行の信用膨張を防ぐ手立てとして他に準備預金制度・必要自己資本比率についての規制があります。これは銀行が保有しているマネーの何倍まで融資(信用創造)できるかを決めることになります。
これについては「 ”平成の鬼平”が引き金となった失われた20年」 で説明しました。

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しかしながら2002~2008年当時のアイスランドの銀行は軒並み揃って急成長しており、各行の融資量差があまりないために準備預金が各行間であまり移動せず、自行の準備預金の変動も実質少なくなります。つまりは融資量がものすごく増加しても準備預金の増加は最小限で済むことになります。もう少し詳しく説明すると銀行Aから借金をした借り手がそのお金を使って同じ銀行の別の顧客へ決済を行った場合、銀行Aは新たな準備通貨を一切準備しなくてよいことになります。反対に、銀行Aの借り手が借りたお金を使って銀行Bの顧客に決済を行えば、銀行Aから銀行Bへと準備通貨が流れ込むことになるので銀行Aと銀行Bの準備通貨の移動は相殺されてしまうのです。

このようにアイスランドは金融政策と必要自己資本比率という二系統のブレーキが失効してしまい、異常な金融バブルを引き起こしてしまいました。その反省からアイスランドは銀行の信用創造停止と統治通貨への移行という貨幣改革に乗り出すことになります。

2008年の金融危機後、アイスランド政府は膨らんだ不良債権を処理するために非常事態宣言を出し、銀行を国の管理下に置きます。この銀行と取引していた各国の投機家たちはアイスランド政府に緊縮財政と公的資金投入による債権者保護を求めますが、アイスランド政府は2回の国民投票を行ってこれを退けます。そもそもこの莫大な負債はアイスランド国民ではなく銀行や投機家など一部の金融関係者が膨張させたものであり、マネーゲームで出した損失の補填をアイスランド国民に負わせるべきではないという声がかなり高かったことによります。デフォルトで債務の不払いを断行し、アイスランド政府は国民の財産を守りました。無謀な投資を繰り返していた銀行幹部は逮捕されます。アイスランドという国はマネーゲームに興じた投機家に一切の補償をせず、それに加担した銀行幹部を罰し自己責任の原則を貫き通したのです。

次回は統治貨幣制度下における貨幣供給の流れについて説明していきます。

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今後日本の政局や北朝鮮問題についての論考は下記ブログで掲載していきます。

「お金の生み方と配り方を変えれば 暮らしが変わります」

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