新・暮らしの経済手帖 ~時評編~

わたしたちの暮らしを大切にするための経済解説サイトを目指して開設しました。こちらは時評編で基礎知識編もあります。

日本で政府貨幣(統治貨幣)制度を採り入れる日は来るのか

今回で「政府(市民統治)貨幣 」編の最終回にしたいと思います。

まずこのサイトで政府貨幣(統治貨幣)制度を取りあげた理由について述べていきましょう。
それは自分が経済学の初歩的知識を求めている間に見つけたあるサイトで、銀行による信用創造で貨幣が生まれており、誰かが負債を起こさないと貨幣が発生しないことを知ったのですが、そこで通貨改革すなわち信用創造を停止し100%マネーを行って政府貨幣・統治貨幣に置き換えるというアイデアがあることを知りました。
政府貨幣の存在は日本ですと財務官僚の高橋洋一氏などが導入をしようとしていたことや、アメリカのオバマ前大統領が1兆ドル硬貨2枚を発行しようとしていたことで前々から承知していたのですが、いまある紙幣をすべて政府貨幣に置き換えてしまおうという動きがあったことははじめて知ったことです。

以後世界大恐慌後の反省から生まれたシカゴプランや山口薫元教授の「公共貨幣」、そしてアイスランドの通貨改革のことを調べるに至ります。

銀行が信用創造で勝手にマネーや負債を膨張させ、金融証券や不動産への投機行為に注ぎこみ、カネからカネを生むようなマネーゲームで泡銭を殖やし続ける行為を防ぐには通貨改革を行った方がいい。これでバブルや恐慌・デフレの発生を根本的に防ぐことができるという理由でそれに賛同しました。もうひとつは金融政策の効果を高めるという意味もあります。いまのグローバル経済は実物取引でつかわれるマネーの数倍にも及ぶマネーが市場に流れ込んでおり、単純な貨幣数量説どおりに物価や景気が決まるものではありません。金融政策の不感帯があまりに分厚いのです。政府や中央銀行が必死にマネーを市中へ送り込んでも物価や景気がなかなか回復しなかったり、逆に金融引き締めをやろうとしてもなかなかブレーキがかからないといったことも起きています。大型のトラック・バス・重機・鉄道・船舶などと同じように操作してもすぐに動きの変化が現れないといった状況です。

通貨改革でより金融政策の効果を高めていけばバブルや恐慌の混乱が起きなくなる・・・・・。
国民すべての人にマネーをまんべんなく行き渡らせることが可能になるだろう。

そういった期待を持っていました。

しかしながら昨年後半あたりから「この国で通貨改革などやってもそれを上手く生かすことができるのか」という疑問を持ち始めます。その理由は貨幣改革で最も重要な意味を持つ金融政策に対する理解があまりに乏しいこととこの国が恣意や裁量主義に傾きやすい国民性だからです。「仏をつくって魂を入れず」となるのではないかと思えてなりません。

統治貨幣制度は通貨発行委員が正確な判断に基づき貨幣の発行や供給量を判断することや、政府が公正に新しく発行したマネーを国民に分配できるかにかかっています。その判断に恣意や裁量を介入してはいけないのです。通貨発行委員が三重野康白川方明時代の日銀みたいに引き締め一辺倒・物価上昇ゼロに固執するようなことをやってしまったり、政府が逆に戦前・戦時中の日本のように軍部が軍事予算をどんどん膨張させて終戦後悪性インフレを引き起こすような事態を引き起こしたのであれば通貨改革の意味はありません。そのような事態を招けば恐らく永久的に政府貨幣=危険・禁じ手とされることでしょう。

このようなことを防ぐために私は金融政策ファースト・財政セカンドの原則を打ち出しました。通貨改革を唱える前にすべての国民が金融政策に関心を持って、それを深く理解する必要があるのです。

しかしながらいまの現状ですと日本国民のほとんどは金融政策に興味を示しません。財政政策の拡張を唱える人はいっぱいいますが、適正な金融政策を行えと訴える人は極めて少数です。いまの安倍総理は金融政策を理解しそれを重視しておりますが、他の政治家・政党の多くはそれに無関心です。恐らくいまの安倍政権が終わったときには白川総裁時代までの日銀に逆戻りしかねません。実業家の投資を冷やしこみ、それによって人への投資である雇用も再び悪化しかねないでしょう。
お金の量だけではなく、それが投資や消費で活発に遣われているのかを見計らい、調整することが金融政策です。これができていないと経済活動は混乱状態になり、生産活動が停まったり、人々が職を失うあるいは物価の上下で生活が維持できなくなります。

恣意や裁量主義といえば昨年より森友学園加計学園の認可を巡ってそれに安倍総理が便宜を計っただのそうでないだのといった騒動を延々と続けています。安倍総理が森友の籠池理事長や加計学園の理事長と僅かな面識があったというだけでまともな証拠がないままマスコミや野党が疑惑を煽っていたのです。
この騒動の背後に安倍総理の失脚を狙い、官僚の権益拡大を狙うZ省や前川喜平事務次官を務めていた文部科学省などの役人、そして石破茂小池百合子といった自民党内外の反乱分子が企てたクーデター計画があったと思われます。この騒動に乗っかった人間たちは自分たちの権益拡大しか関心のない亡者ばかりです。
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この騒動はさらに土木建設公共事業拡大や反規制緩和・反TPPなどを唱える右派グループにも飛び火し、安倍総理が推進し加計学園獣医学部新設のために活用していた戦略特区構想を「特区ビジネス」だなどと言いがかりをつけはじめます。行財政の公正さを主張したいのであれば獣医師会から献金をもらっていた民進党玉木雄一郎議員や天下り斡旋を行って首を斬られた前川喜平のような官僚に対する批判をすべきなのですが、それをせずに、戦略特区のワーキングメンバーを「レントシーカー」呼ばわりするようなことをしていたのです。

これを見て私はこの国は恣意や裁量主義から抜け出せていない。法治主義が浸透していないと痛感しました。
やがて土木建設公共事業拡大を唱えるグループらは金融政策を否定しはじめ、財政拡大しか効果がないなどと言い出しはじめます。戦前・戦時中の軍部と同じだと私は直感しました。

「忖度」などという言葉についても恣意や裁量主義者がつかうものです。この国の国民性は中国や韓国などと変わらない心性なのだなと痛感しました。

アイスランドで実現した通貨改革のアイデアはよくても、この日本でそれを機能させることができるかという甚だ疑問に思います。金融政策の未熟さによるデフレの発生や財政の暴走による悪性インフレ発生のリスクを防ぐ手立てを議論する土壌が日本でできていないのです。

しかしながら私が政府貨幣(統治貨幣)制度のことをここで取り上げてきたのは、従来の民間銀行がやがて衰退し、信用創造にかわって政府がマネーの発行・供給をしていかないといけなくなる時代が来るのではないかという予想を持っているからです。10年・20年後に多くの従来銀行がどんどん経営を縮小して、かわりに新興の金融サービスに入れ替わっていく可能性があります。それらはナローバンクや目的限定バンクといった営業形態となり、自然発生的に従来銀行が信用創造の権限を返上していくといった流れになります。まさに「無血開城」でしょう。

そういう時代が訪れたときにアイスランドが導入した統治貨幣制度は大きく参考になるかも知れません。

ここで 政府(市民統治)貨幣 編は終えますが、これについて何か新しい動きとかがあればまた改めてレポートするつもりです。

次回以降から「ハイパーインフレについて 」編をはじめます。
この言葉を聞いて多くの人が不安がり、日本でも同様のことが起きるのではないかと懸念する人が少なからずいるかと思われますが、その誤解について解いていきたいです。

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