新・暮らしの経済手帖 ~時評編~

わたしたちの暮らしを大切にするための経済解説サイトを目指して開設しました。こちらは時評編で基礎知識編もあります。

マルクス主義が混じった日本型ケインズ主義の問題

ハイパーインフレについて 」編へ移る前に「財政政策のあり方」の追加記事です。
財政政策で常に援用されることが多いケインズ経済学の解釈について書きます。「国が財政赤字をつくってどんどん金をバラ撒けば景気がよくなる」などという日本の自称ケインジアンの単純極まりない認識について批判しておかないといけないと思いました。下の述べるようにケインズの言っていることでも最も重要なのは流動性選好が強すぎると人々が投資にお金を遣わないということです。流動性選好はお金へのしがみつきと言い換えてもいいでしょう。これを弱めてお金を投資に向かわせることが大事なのだというのがケインズの主張になります。ケインズにとって財政政策はそのための手段のひとつであり、また金融政策も重要手段のひとつとして見ていたのです。

最近マネタリスト(金融政策)かケインズ派(財政政策派)かだとか、リフレ派VSケインズ派などという人をかなり見かけますが、そういう人は半可通だと自分は思っています。リフレーション政策については実をいうと貨幣数量説だけではなくてケインズの考えも一部取り込んでいますし、ケインズもまたルーズヴェルト中央銀行による国債売買で金利操作をする形での金融緩和を進言しています。それとまたケインズは貨幣数量説を全く無視していたわけではありません。ケインズはそれを動かしがたき理論だと言いつつ、ひどい不況で人々がお金にしがみつき投資へ遣わなくなるとその法則どおりに動かなくなることもあるという指摘をしていたのです。(流動性選好仮説)
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しかしながら日本において多くの人たちがケインズと聞いて思い浮かべるのは財政政策主導による景気対策でしょう。今はどうなっているかわかりませんが、自分が中学だったときの教科書ではケインズの顔写真と一緒に大きなダムの写真が載っていました。そのダムはアメリカのルーズヴェルト大統領が世界大恐慌の後に進めた公共事業TVA(テネシー川流域開発公社)が建設したフーバーダムです。

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この二つの写真が「ケインズ主義」=公共事業というイメージを多くの日本人に与えてしまいました。

あともうひとついえば戦前の昭和恐慌の後に行なった高橋是清大蔵大臣の政策も満州事変に対する軍事予算の拡大や時局匡救事業で行った建設工事でその危機から脱したと捉えてしまっている人も多いです。

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しかしながらきちんと当時のことを調べていくと、財政政策主導で景気を再回復させたと言い切れなくなってきます。自分がこのサイトで記事を書くにあたって、高橋財政をはじめ、ケインズの理論やルーズヴェルトニューディール政策のことを調べ直してみたのですが、高橋是清は自身が国会答弁で述べたように金融の専門家です。昭和恐慌の脱出は前任の大蔵大臣・井上準之助が行った金解禁のための緊縮財政や金融引き締めが引き起こした資金づまりと貨幣供給不足の解消でした。高橋は積極財政も井上に訴えていましたが、昭和恐慌への対応は金融政策が第一歩です。

ルーズヴェルトニューディールについても調べ直しましたが、こちらが最初想像していたほど見るべきものがない政策だったことに気がつかされます。政府が介入して生産調整や価格統制をやるなど半社会主義的かつ統制経済的で供給力を抑え込むようなことをやっています。最初2~3回程度の記事にするつもりだったのですが、1回のみにしました。ニューディールについてはケインズの理論に基づいて行われたなどと云われていますが、ルーズヴェルトケインズから進呈された本を熱心に読まなかったという話がありますし、ケインズNIRA(全国産業復興法)について経済活動回復ではなく価格統制で物価を上げることが目的化していており、しかもそれを生産・供給制限でやろうとしてした点を厳しく批判しています。(ルーズヴェルトへの公開書簡より)


そしてケインズについてですが、自分の認識がかなり大きく変わったのは流動性の罠について調べたときです。


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ケインズが説明する流動性の罠は極度の不景気で企業の投資が衰えると金利がどんどん下がり、人々は自分が持っているお金を投資に回さず現金として抱え込んだままになる現象だということになります。ケインズはいくら金融緩和で金利を引き下げても効果が失効してしまう場合は政府が一時的に財政赤字をつくってでも積極的な財政出動を行って実業家の投資を回復させるべきだと唱えます。この部分が多くのケインジアンたちの頭の中にのこったのです。

しかしケインズの理論を説明したヒックスのIS-LMモデルの考えを突き詰めていくと、お金を投資に回さず現金のまま保有していたいという願望=流動性選好があまりに強いと、財政政策でマネーサプライを増やしてやっても投資に回らずお金が市中で活発に動かないという状況が生まれる可能性も出てきます。

松尾匡先生のサイト「用語解説 ケインズの経済理論」より引用~

ケインズ自身ともケインジアンとも異なり、現代のケインズ理論の結論によれば、政府支出を増やすことによる景気対策の効果はあまりないということになっている。なぜなら政府支出の増加で増えた人々の所得は、流動性のわなのもとではすべて貨幣のまま持たれてしまうので、消費需要の増加として広がっていくことはないからである。金融政策についても、金融引き締めなどして貨幣供給を減らせばますます不況が悪化するという意味では影響があるが、逆に金融緩和で貨幣供給を増やしても、全部人々がそのまま持ってしまい世の中に出回らないので何の効果もない。つまり旧来のケインジアン以上に深刻な不況の存在を説きながら、新古典派をもしのぐ政策無効命題を導きだしているのである。」

ケインズの理論で最も重要なのは流動性選好が強すぎてお金を人々が遣わなくなる可能性の指摘です。
「国がどんどんお金をバラ撒けば不景気なんか簡単に吹っ飛ぶ」「カネをバラ撒けば流動性の罠なんかにならない」などという見方ではないのです。こういう考え方の方がむしろマネタリスト的発想です。

日本においてケインズの理論が「政府がどんどん財政支出を行ってやらないと経済活動がとまってしまうのだ」という国家社会主義なものに湾曲されてしまった原因は一橋大学の杉本栄一氏と都留重人氏によるものが大きく、両者がマルクス主義に傾倒していたことがあります。都留重人ニューディール政策の評価について初期の金融政策は効果がなく、その後の財政政策による公共事業がアメリカ経済を回復させたという見方を示してしまいました。

その都留重人らが戦後の日本の中学や高校の教科書を書いてきたがゆえに、ほとんどの日本人がケインズもしくは高橋是清=財政政策という固定観念をつくってしまったのです。

私も極力ケインズの原書を読み返していきたいと思いますが、一部を読んだだけでも「ケインズって、こんなことを言っていたの?」という発見があるでしょう。

マネタリストVSケインズとかリフレ派VSケインズなんて子供のなわばり争いみたいな対立図式はないのです。
両者の理論を読み解けば共通している部分があったり、互いに他学派の理論を自論に取り込んだりもしています。そういうことを言う人はかなり勉強不足だと私が見做す理由はそのためです。

~お知らせ~
今後日本の政局や北朝鮮問題についての論考は下記ブログで掲載していきます。

「お金の生み方と配り方を変えれば 暮らしが変わります」

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