新・暮らしの経済手帖 ~時評編~

わたしたちの暮らしを大切にするための経済解説サイトを目指して開設しました。こちらは時評編で基礎知識編もあります。

軍部が引き起こした軍事費の膨張とと終戦後のハイパーインフレ

中南米で起きたハイパーインフレの事例検証から一転して第2次世界大戦後に日本で起きた悪性インフレについて述べます。このことは既に「恐慌を食い止めよ その5 ヘリコプターマネーは禁じ手か? インフレターゲットの重要性 」と「通貨改革というプログラムに恣意や裁量主義というウィルスが紛れ込む危険性  」でも取り上げました。

終戦後の日本で悪性インフレが発生した理由は多く語られているように軍部が戦時国債等を濫発し、元々豊富でない人や物資を湯水のように消耗し続けたからに他ありません。ただし多くの人たちは国の負債を膨張させたことばかりに目を奪われがちですが、悪性インフレを引き起こす要因は他にもいくつかあります。こちらでその条件を挙げてみますと

1 人・物資が枯渇し、生産や供給が著しく劣化してしまっている。
2 他国からの侵略や革命・クーデターなどによって貨幣の発行主体である政府の存続が危ぶまれる。(貨幣が無価値化する可能性)
3 他国に売却できる財を生産・供給する能力がないにも関わらず、政府が外国資本からの負債を膨張させ、他国や国際市場からの信認を失ってしまった場合
4 生産や供給が衰えているにも関わらず、負債の膨張や貨幣を濫発した場合
になります。

戦中・戦後の日本の場合ですと1・2・4が当てはまるでしょう。

まず原因1ですが、軍部が本来農作物や工業品を生産する労働力であった男性を徴兵という形で奪い生産・供給力を落とします。しかも杜撰な軍部の作戦によって彼らを戦死や戦病死に追い込みました。さらにアメリカ軍による空襲によって多くの工場が爆撃され、生産設備だけではなく女性や学徒動員された児童・学生を含めた工員たちの命が失われます。もちろん連合国側がABCD包囲網で日本を経済封鎖しために、石油や鉱物などの資源が日本へ供給されなくなり、モノ不足は極端にひどくなりました。
生産や供給が落ち込んでいるにも関わらず、軍部は多くの人や物資や湯水のように消耗させたり、浪費の限りを尽くします。生産・供給よりも消費や破壊の勢いが極端に上回ってしまうのが戦争です。
戦時中は政府が配給制統制経済によって物価を抑え込んでいましたが、終戦と共にそれができなくなり、闇市の発生で急激なインフレを起こすに至ったのです。

原因2についてですが、軍部は不足する財源を戦時国債の大量発行を行い、半ば強引に国民にそれを買わせていました。国債の日銀直接引受による財政ファイナンスも多用します。また軍部は軍用手票軍票)という代用貨幣を発行し、それを遣って物資を買い取っていました。こうした大量の負債や貨幣(の一種)は「日本が戦争に勝ったら植民地の拡大や賠償金などで取り返す」という信用によって生み出されたものです。
ところが日本が敗戦してしまうとその信用は一気に消失し、戦時国債軍票は紙屑と化します。通貨の発行主体が怪しくなってきます。多くの国民は大慌てで戦時国債軍票を現金化しようとしました。政府はその支払いのために通貨を大量発行するしかありません。しかしその通貨はモノの裏付けが極端に薄い状態です。しかも物資難でモノは超貴重品です。お金に対しモノの価値が極端に重い状態となってしまいました。
(ちなみにウチの母親は終戦後の混乱を経験しているために、異常にものを大事にしろという小言を言うだけではなく、学校で鉛筆・消しゴムひとつ無くすだけでビンタを張ったり、何時間も探させられた。)

原因4の負債と貨幣の膨張ですが、当時のデータを見てみましょう。

参考 加谷 珪一氏

上の記事の数字を引用させていただくと
太平洋戦争(日中戦争を含む)における名目上の戦費総額(一般会計と特別会計)は約7600億円ですが、当時のGNPは228億円に過ぎず、その33倍という腰が抜けるような巨額を戦争に注ぎこんでいます。
国家予算に対する比率は280倍にも及びます。
いかに無謀な戦争だったかおわかりいただけるかと思います。悪性インフレが起きない方がおかしいでしょう。
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既に申しましたとおり、税収だけで戦費が調達できるわけがないために国債を大量発行し、日本銀行に直接引受させています。このことによって国債日銀直接引受は禁じ手となってしまい、2008年の深刻な不況のときでさえ、この政策を用いることができませんでした。(私は加谷氏のように国債日銀直接引受や買受に反対ではなく、深刻な不況においてはそれをすべきという見解を持っている)

終戦と共に日本政府は軍需関連企業や兵士・遺族などへの支払いが一斉に行われます。それによってモノとj貨幣のバランスが極端に崩れ、月率90%ほど・1945年10月から1949年4月までの3年6か月の間に物価が約100倍にもなる悪性インフレを起こしました。国民の財産は大部分が消失します。その一方で物価が急騰しても国債の返済額は一定のため、政府の債務負担は急激に減少し、実質借金が棒引きになりました。

時代を昭和恐慌のときまで遡りますと、高橋是清大蔵大臣が深刻な不況脱出のために国債日銀直接引受で融資用の資金や財政政策のための財源を確保しました。いまのリフレーション政策の始祖というべき手法です。
金融政策のエキスパートであった高橋是清はこれによって世界最速で恐慌の危機を脱し、物価が再上昇しかけたところで出口戦略として国債の現金化を縮小し金融や財政を再度引き締める方向へ転換させようとします。
ところがどんどん財政を膨張させたい一方の軍部は邪魔者である高橋是清を2・26事件で惨殺し、国債日銀直接引受という打ち出の小槌を奪うような蛮行をしたのです。それ以後国民の所得を上回る過剰なインフレが進み、生活を苦しめはじめます。
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このことにより加谷氏のように条件反射的に国債日銀引受や買受、もっとひどい場合は量的緩和政策と聞いた途端に「ハイパーインフレが起きる」と反応してしまうような人がたくさん現れるに至りました。しかしこれはあまりに過剰反応です。もう一度改めて述べますが、モノやサービスの生産・供給能力と需要および貨幣の量の均衡が極端に崩れない限り、ハイパーインフレが起きるなどといったことはありません。現在行われている量的・質的緩和政策は物価および需要と供給の均衡を見計らいながら進めています。金融政策の目安のひとつとしてインフレターゲットがありますが、やはりハイパーインフレを経験したブラジルでもこれを利用して激しいインフレを食い止めています。

国債の日銀引受や買受を完全に否定してしまうことではなく、自国の生産・供給能力やかかる戦費を数値として把握せずに、財政を無制限に膨張させてしまった軍部の体質がどうして生まれたのかを問い直すことこそ真の歴史的反省といえましょう。ここのブログでは言葉中心ですが、基本的に経済学は数値や数式の世界です。数字でものごとを把握するクセをつけておけばハイパーインフレを引き起こすような事態は十分に避けることが可能なはずです。

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