新・暮らしの経済手帖 ~時評編~

わたしたちの暮らしを大切にするための経済解説サイトを目指して開設しました。こちらは時評編で基礎知識編もあります。

たったひとつの抗がん剤(オプジーボ)が国を滅ぼすなんてありえない

前回の「高度先進医療が医療保険制度を破綻させるのか? 」にて薬効は極めて高いが、薬価が超高額な新薬が登場している話を書きました。実例をあげればC型肝炎の特効薬とされているソバルディやハーボニー、画期的ながんの免疫治療薬といわれている小野薬品が開発したオプジーボなどがあります。
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これらの薬の薬価がものすごく高く、次々と多くの患者に投与されてしまうと今の日本の公的医療保険制度や国家財政をひどく圧迫し、その破綻へと導きかねないことを憂慮した医療関係者がいます。國頭英夫(里見清一)医師や中山祐次郎医師の他に経済学者の土居丈朗慶応大学教授や山本一郎氏もそのことについて述べています。

國頭英夫医師
中山祐次郎医師
土居 丈朗教授

自分がこれらの文章を読んで共通して得た懸念は必要以上に国家財政危機説や社会保険制度破綻説に過敏となってしまい、結果的に本来助けられるはずの患者の命を捨ててしまうことになりかねない問題です。

私はここで何度も日本の国家財政自体はそんなにひどい状態ではなく財政破綻からほど遠いことを述べてきました。

それと共に、長い目で見たときこれらの薬が決して高い薬だとは言い切れないことを前回述べています厚生労働省の役人もそこまでバカではありません。基本的に製薬会社や医療機関「生かさず殺さず」の薬価設定であって、医療保険制度が破綻してしまうような薬価設定を認めるはずがないのです。

これから述べますように、高額新薬の濫用はけしからんと使用の自粛をしてしまうと、製薬会社は数千億円以上の多額の投資をしてまで新薬を開発しようという意欲を失ってしまいます。医学や製薬技術のイノベーションを阻害してガラパゴス化させかねません。さらにこれらの高額新薬の投与を渋ってしまったが故に、疾病の克服ができず結果的にさらに負担の重い移植医療が必要となったり、効果が低い治療をだらだらと使い続けて逆に医療費のたれ流しにつながる可能性があります。入院費も伸びてしまうことになるでしょう。医療経済は中長期スパンで考えないといけないところがあります。

ここで小野薬品のオプジーボが発売開始当初どうして一剤73万円という高額になってしまったのか。そして徐々に薬価が引き下げられていったのかという理由について考察してみましょう。

クスリに限らずモノの価格というものは製品化するまでの研究開発費用や生産設備などの対する初期投資(イニシアルコスト)とモノを生産するときにかかる人件費や光熱費・原材料費等の運転費用(ランニングコスト)から決まってきます。
 オプジーボ小野薬品工業が15年という歳月をかけて研究開発を続け生み出されたピカ新薬です。このことだけで相当莫大なイニシアルコストがかかっていることが想像できます。だからこのクスリが超高額になってしまったというのは自然な考えです。
 しかしです・・・・・イニシアルコストが非常に大きい場合ですとたくさん製品を量産してコストシェアリングを計れば1個あたりの製品価格を下げることが可能なはずです。オプジーボモノクローナル抗体の製造には、マウスによる抗体の作成が必要で製造コストもかなり高いことが推察されますが、それでも研究開発コストが大量生産で早期に回収されれば薬価の引き下げが期待できます。

 クルマになりますがトヨタの初代プリウスは発売当初「トヨタは400万~500万円で売らないといけないクルマを半分の200万円強で売る」とか「造ればつくるほど儲からないクルマ」などと自動車雑誌で取り上げられていたことがあります。しかしあのトヨタが赤字垂れ流しのクルマを製造販売し続けるはずはありません。今はTMS(トヨタハイブリッドシステム)の研究開発費を既に回収してしまって儲けを出していると云われています。これはトヨタにとって次世代への投資というべきものでした。

 オプジーボは当初患者予測数がたった470人しかいない悪性黒色腫(メラノーマ)の治療薬として日本で保険認可されました。小野薬品がオプジーボの研究開発に投じた費用ははっきりわかりませんが1500億~3000億円だと云われています。その費用を極めて少ない患者数で割り算するとコストシェアリングができず超高額になってしまうのは当然です。
 しかしオプジーボはその後肺がんなど他のがんにも使えそうなクスリだということがわかって用途拡大されかけつつあります。470人しか使わないという前提の薬価計算でついてしまった73万円のクスリを再計算しないまま5万人近くの患者さんに投与してしまったら確かに1兆円7500億円てな話になってしまいます。けれども分子が470人から5万人になれば分母が数千億円でもぐっと単価が低くできることは小学生でもわかることでしょう。厚生労働省はバカではありませんから薬価改定をしてオプジーボの薬価を下げていきます。現在2018年においてオプジーボの薬価は半額以下の100mg30万円台となりました。

 「ワシみたいに老い先短い年金生活者がそんな高額なクスリを使うなんて・・・・お上や保険料を負担する他の若い人たちに迷惑がかかる」といってオプジーボの投与を辞退されるがん患者さんが当時おられたようですが、むしろこの新薬を多くの患者さんが使っていかないとコストシェアリングが進みません。クスリが売れないと小野薬品は数千億円の研究開発費を回収できないことになります。 

 オプジーボの保険適用を狭めれば保険や国家財政の負債は小さくなります。しかしそのかわりに小野薬品は1500億円~3000億円の負債を抱えた状態のままになります。小野薬品は負債を抱えたままでいるわけにはいきません。もし小野薬品に負債を抱えさせたままにしたらこの会社が潰れるだけではなく、どこの製薬会社も巨額の投資をしてまで新薬の開発をしなくなるでしょう。イノベーションが起きなくなります。1500億~3000億円という負債を国か患者のどちらかが被らないといけないという現実から逃げようがないのです。これも経済の普遍的原則となります。

オプジーボの薬価設定がどのようにして算定されたのかを推察したブログ記事ですが、非常に参考になります。


そしてもうひとつ冒頭で述べたように医療費については長期の便益/コスト(B/C)の観点から論ずる必要もあります。 
前回取り上げたソバルディとハーボニーいうC型ウィルス肝炎の治療薬がですが、このクスリも12週で約500万~700万円もかかる超高額なものでした。しかしこのクスリを投与すると9割の患者さんは肝炎ウィルス感染を治すことが可能です。ウィルス性肝炎は放置しておくと肝硬変や肝臓がんそして最期は肝不全に至らしめるもので自分の母親もB型・C型肝炎による肝不全で亡くしております。ソバルディやハーボニーという肝炎治療薬を使えば2035年ごろにC型肝炎が珍しい感染症になるといわれており、肝硬変や肝臓がんの発生率はぐんと減少することでしょう。となると肝臓がんの摘出手術や抗がん剤、肝硬変・肝不全による肝移植手術や免疫抑制剤といった治療に対する医療費も格段に減ってくるはずです。20年スパンで見ればソバルディやハーボニーで肝炎ウィルスという疾病をなくしてしまった方がB/C値が高いということになります。

またソバルディやハーボニーを開発した薬剤メーカーは治療対象となるC型肝炎患者の激減も想定しておかねばなりません。つまり研究開発コストの回収はきわめて短期のうちに行なわないといけないということです。ソバルディとハーボニーの開発製造はギリアド・サイエンシズ社が行っていますが、ライバル製薬会社が似た薬を開発するまでの間に一気に研究開発コストを回収しないといけないとコメントしていました。

近年ソバルディやハーボニー、オプジーボに限らず超高額な新薬が次々と登場してはいますが、それらも永久にその薬価のままだというわけではありません。厚生労働省の薬価審議会も厳しい保険財政の中で医療費が極端に膨張しないように、製薬会社・医療機関が赤字になるかならないかのギリギリの線まで薬価を抑え込みます。(福祉施設への措置費なんかもホントに生かさず殺さずの額に設定しています)

ともあれ高額薬剤で国が滅びるとか、保険財政が破綻するというのはかなり大袈裟な話だと思っておいていいでしょう。医療経済の話は決して単純ではありません。

正直高額薬剤に関する報道の仕方がピントはずれであるものが多いなと思い、書き記した次第です。

最後に市川衛氏の記事もご覧ください。


2018/10/02追記
オプジーボ開発の土台となったPD-1分子の研究を行われてきた本庶佑京都大学医学部教授はジェームス・P・アリソン教授と共に2018年10月1日にノーベル生理学・医学賞を受賞することが決まりました。本庶先生へのインタビュー記事です。

 ダイヤモンドオンライン

  「ノーベル賞・本庶佑氏と小野薬品”がん薬物治療革命”までの苦闘15年

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