新・暮らしの経済手帖 ~時評編~

わたしたちの暮らしを大切にするための経済解説サイトを目指して開設しました。こちらは時評編で基礎知識編もあります。

医師たちをがんじがらめにする保険医療材料制度と診療報酬制度

前回終末期医療の在宅緩和ケアにおける酸素吸入療法で終末期がん患者や老衰による肺炎患者など急性の呼吸困難に対する保険適用がない問題について取り上げました。国や厚生労働省が医療費圧縮の狙いもあり入院から在宅医療にシフトさせようとしているものの、現場の医師がそれを躊躇せざるえないような保険医療材料制度と診療報酬制度になってしまっているのです。やっていることがちぐはぐです。

日本の公的医療保険制度は非常に素晴らしいもので、日本国民は貧富の差を問わず良質な医療サービスを受けることができます。大きな手術や高額な薬剤、人工透析など本来であれば非常に高額な費用がかかる治療でも、高額療養費制度によって患者は一定以上の負担をしなくても済みます。有難いことです。

しかしながらこの医療保険制度は非常に厄介な問題や矛盾も抱えています。それは保険扱いをしている病院や診療所が行う医療行為が中央社会保険医療協議会が決めた基準に沿わざるえないということです。日本の医師たちはがんじがらめに縛りつけられた形で患者さんを診療していかねばなりません。

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佐藤秀峰氏の医療コミック「ブラックジャックによろしく」の癌医療編で、患者のために使いたい抗がん剤が保険適用されていないために使えないという庄司医師や主人公斉藤英二郎の苦悩と葛藤が描かれていました。

あと「ブラックジャックによろしく」が週刊Mで連載中だった時期に、外科医で抗がん剤治療にも力を注いでおられる平岩正樹医師の本も読んでいました。「ブラックジャックによろしく」癌医療編に描かれていた日本の抗がん剤治療のガラパゴスぶりについては平岩医師も繰り返し批判してきております。

その中の「手術室の独り言(平成14年初刊)」を読むと、現場で行っている手術の実情に合わない保険医療材料制度と診療報酬制度についてのことも述べられていました。そこに平岩医師が胸部外科手術の国手である呉屋朝幸医師(杏林大学第2外科教授)の協力を得ながら肺に転移したがんの摘出手術を行う話が書かれており、その手術で肺を5cm切るごとに切った肺の両側をクリップで留めてしまうGIAという便利な仕掛け鋏を使ったそうです。しかし保険医療材料制度のルールでは一度の手術につきGIAを使うのは4回までと決められてしまっています。平岩医師が行った手術の場合は6回使用をしたので、2回分は病院側が自己負担しないといけません。
この章で平岩医師は「じつは、多くの外科手術が赤字になる。手術を知らない人がつくったルールは不可解で”4回まで”の解釈はアダムの肋骨の解釈よりも難解である」と皮肉っています。

外科系学会社会保険委員会連合も平岩医師同様にやはり病院は手術をすると材料代等で赤字になると下の記事で述べています。

 外科系学会社会保険委員会連合 「日本の医療費について

わが国の診療報酬額は平均的に見ると米国の1/5から1/10にすぎません。その上に現場から見たら不適正なルールであることが多いです。そのために小児科、産科、救急医療、外科などは診療をすればするほど赤字になってしまいます。それでもその科を設けねばならない総合病院の経営は非常に苦しいものです。日本医科大学附属病院や東京女子医大付属病院はかなり深刻な経営危機に陥っているようです。


このようなことが起きてしまう背景に中医協で発言力を持つ日本医師会が開業医を中心とした組織であり、保険医療材料制度や診療報酬のルールが総合病院よりも個人開業医に有利なものになりがちだということが挙げられます。まるで箸の上げ下ろしまでこと細かくルールが決められているのですが、それが上で述べたように現場の状況からかなりズレたものが多いのです。さらにそこへ国や厚生労働省(+財務省)による緊縮財政シバキが加わり、診療報酬を徹底的に切り下げます。そのしわ寄せは病院に勤める医師や看護師らが被ることになります。

病院が経営コストを削減するとなるとやはり人件費削減となります。看護師の労働条件は厳しいのですが、医師の方はもっと過酷です。労働基準法なんて無きに等しい世界です。病院は24時間・年中無休で業務をしないといけませんが、当然医師・看護師は夜勤があります。当直で寝ずに救急患者の処置や緊急手術を行い、翌朝そのまま通常の外来診察や手術を行うのが当たり前になっています。長尾和宏医師が「医師は一般の方より短命です」などと書かれておられましたが、そうなって当然でしょう。



話を再び抗がん剤の方に戻しますと、同じ抗がん剤でもある臓器のがんには保険適用が認められていて、ある臓器のがんには認められいなかったりします。「ブラックジャックによろしく」の斉藤英二郎が担当の膵臓がん患者に対し、連載当時保険適用されていない抗がん剤を使うために胃がんも併発したとカルテを書き換えたりしています。このコミックや平岩医師は海外で標準的に使用されているにも関わらず、日本で何年・何十年も保険承認されないままの抗がん剤がたくさんあり、治療選択肢が非常に狭められている問題(ドラックラグ)や、保険承認されている抗がん剤がほとんど効かないものであったりすることを伝えています。「ブラックジャックによろしく」で出てくるセリフで「日本で開発された抗がん剤なんて、その7割は日本以外では使われていないっていうのにな」というのがありました。
さすがに厚生労働省もドラックラグ問題を無視できず、海外で実績のある薬剤の保険承認に必要な治験期間短縮を計るようにしてきていますが、がん患者にとっては1年・2年も待てないでしょう。

保険医療材料制度と診療報酬制度の問題は取り上げるときりがありません。医学や医療の問題は命に直接関わるものであり、素人が迂闊なことを書くわけにいかないものです。この問題は医学・医療ジャーナリストに譲らせて頂きますが、結果的には現場の医師・看護師だけではなく、患者や保険料負担をしている国民全員に大きな矛盾や歪み、重い負担を圧しつけ、医療崩壊を招くことになりかねません。

次回も医療費問題のことについてですが、給付削減ありきの医療制度改革はありえないいう話です。

~お知らせ~
今後日本の政局や北朝鮮問題についての論考は下記ブログで掲載していきます。

「お金の生み方と配り方を変えれば 暮らしが変わります」

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