新・暮らしの経済手帖 ~時評編~

わたしたちの暮らしを大切にするための経済解説サイトを目指して開設しました。こちらは時評編で基礎知識編もあります。

医療費削減が目的化してはならない地域医療

医療に関心を持っている人ならば長野県は日本でも一、二を争う長寿県であることを知っているかと思われます。今年2018年は日本一の長寿県の座を男性については滋賀県に譲りましたが、女性についてはやはり長野県が日本一の長寿県です。長野県の県民一人あたりの医療費やがん死亡率は高齢化が他の県よりも進んでいるにも関わらず全国平均よりも低いです。そのために長野の保健医療は非常に注目されてきました。

長野県は県民に対する保健医療の啓蒙活動がしっかり行き届いており、きめ細かい地域(農村)医療も発達しています。病気の予防と早期発見・治療に力を入れており、この努力が実を結んだのだといえましょう。


こうした長野の先駆的な保健・医療に対する取り組みを牽引してきたのは言うまでもなく、佐久総合病院を育て上げた若月俊一先生(1910年6月26日~2006年8月22日逝去)でしょう。

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若月医師は若き頃からマルクス主義に傾倒し、そのために治安維持法違反で逮捕されます。思想転向させられ釈放後に恩師である大槻菊男東大教授の紹介で佐久病院の外科担当医として赴任しますが、当時多くの農民は病気や怪我になって医者の世話になるのは恥という考えを持っており、多くの患者は手遅れの状態になってからやっと受診・入院するという有様でした。それを見た若月医師は病院の外を出て、農村に足を運び、村人たちの出張診療や演劇や人形劇、コーラスなどによる健康教育を行います。
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若月院長は農薬中毒、農具による外傷、寄生虫病などの農村特有の疾病の研究を進め、その予防と治療に努めてきました。若月院長はとにかく「病気を治すだけではだめだ、病気をなくす仕事もやらねばならぬ」という発想をもとに村ぐるみで村民の定期健診や健康管理指導を行う八千穂村の全村健康管理を進めます。

佐久病院のある八千穂村の総医療費は最初の数年だけ上がりましたが、その後国や県の平均より下がっていきます。若月院長の「治療より予防に勝るものはなし」という考えの正しさが立証されました。

 参考 若月俊一の個人史 ~農民とともに~   佐久総合病院ウェブサイトより

佐久総合病院の地道な地域(農村)医療への取り組みは長野県内全域に拡がっていき、日本全国でも有数の長寿県・低総医療費を実現したのです。

国家財政危機が声高に叫ばれ、国が社会保障費圧縮を画策していた1997年頃から長野モデルが医療行政関係者の間で着目されるようになります。「増税なき財政再建」を謳い文句にしていた政権運営を計っていた小泉純一郎総理(当時)は「元気で長生きできる方法は、まず長野県に見習うべきだ」とワンフレーズポリティクスで賞賛しております。
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しかしながら長野モデルの地域医療や在宅医療は医療費の低コスト化を目指して始まったものではありません。農村に住む人々の命と健康を守りたいという現場の医師や看護師、福祉関係たちの高き理想と志から生まれたのが長野モデルの地域医療や在宅訪問医療です。

東洋経済オンラインの『”低医療費で長寿”の真実--崩壊前夜の「長野モデル」』という記事において、日本福祉大学の牧野忠康教授は「佐久病院のようにまじめに訪問診療をしたら、本来入院するよりコスト高になる。厚労省が思惑する医療費削減のための在宅誘導は実態にそぐわない」と答えます。
(ちなみに牧野教授は日本福祉大に移られる前に自分が通っていた大学で医療福祉を担当する教授を務めておられました。佐久総合病院からさほど離れていない場所の大学です)

上の記事で書かれていますし、こちらのサイトでも「終末期医療について考え直す 」と「臨床現場とズレている保険医療材料制度と診療報酬制度 」の2つの記事で書きましたが、必ずしも診療報酬支払いのルールが現場の医療の実情に沿ったものだとはいえない問題があります。

佐久総合病院は本院佐久医療センターでかなり高度な先進医療設備を誇る施設を有する一方で周辺の村診療所に常勤医師を派遣し、きめ細かい訪問医療サービスを展開してします。厚生労働省は入院療養より低コスト化が見込めるとして在宅療養の拡大を推進し、在宅診療支援診療所に高い診療報酬の点数配分を行っていますが、佐久総合病院のような総合病院はその恩恵をほとんど受けません。個人開業医が多い日本医師会の発言力が大きい中医協が診療報酬配分を決めてしまっている弊害です。


これまで佐久総合病院が進めてきた地域医療や訪問診療サービスは現場医師・看護師たちが持ち出し覚悟の自己犠牲的といってもいい奉仕精神によって支えられてきたといっても過言でありません。決して高いとはいえない給与で激務をこなしながらそれを続けてきたのです。

佐久総合病院の高き理想に憧れ集まった医師や看護師たちが、折れるように疲弊し、病院を去っていくといったことがあってはなりません。

医療費を削るために長野モデルや佐久モデルを導入しようという考えは、結果的に医療現場のスタッフや患者ならびにその家族に大きな負担をしわ寄せし、医療崩壊を招く危険があります。役人目線による浅はかな緊縮策は逆に別の場で大きなコスト負担を発生させることになりかねません。

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「お金の生み方と配り方を変えれば 暮らしが変わります」

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