新・暮らしの経済手帖 ~時評編~

わたしたちの暮らしを大切にするための経済解説サイトを目指して開設しました。こちらは時評編で基礎知識編もあります。

介護絶望工場 ~病院や介護福祉施設内で起きる暴力・殺人 その2~

前回記事「病院や介護福祉施設内で起きる暴力・殺人 その1 」の続きで、医療や介護福祉施設内で起きる暴行・虐待・性犯罪の発生要因について推察をしていきますが、今回は施設側の問題を中心に述べていきます。有料老人ホーム神奈川県のSアミーユ川崎幸町で起きた職員による入所者殺害事件の事例を中心に取り上げます。
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この事件についてはいくつも事件の背景について書かれた記事があります。


いちばん下の中村氏の記事は事件が起きた施設で介護職員として働き、ベランダから入所者を突き落とした職員の同僚といえる人のインタビューも掲載されています。入職前は心が通った温かみのある介護を目指していたごく普通の真面目な青年が、きわめて管理主義的なこの施設に1年以上勤めているうちにだんだんと介護が荒れ、鬱病になるまで精神的に追い詰められいく様は読む側も背筋が寒くなってきました。

まず私がこの記事を読んでいちばん気になったことは、Sアミーユがかなり機械的な介護をやっている施設だというものでした。この施設の予定表をみると分刻みで細かく介護業務のスケジュールがビッシリ埋められており、ロボットのように坦々と業務をこなしていかないと間に合いそうにありません。下は中村氏のルポに添付されていたSアミーユ川崎幸町の介護スケジュール表です。
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この施設を運営していた会社メッセージの創業者の橋本俊明元会長は介護の生産性向上を追求していたことで有名ですが、この人は介護の現場にトヨタが導入している生産管理方式:TPSのようなやり方を持ち込めばいいと思っていたのでしょうか?
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私はSアミーユ川崎幸町の元職員の発言を聞いて鎌田慧さんの「ルポ・自動車絶望工場」を想起しました。
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Sアミーユ川崎幸町は労働基準法に触法するような超過勤務等はなく、職員の給料も当時23万円と業界では高水準だったようです。しかし介護業務は過密で、ベルトコンベアの流れ作業のごとく分刻みで手際よく介護を進めないと間に合わない状態でした。だからやっていることがトヨタ的なのです。さらにここへ突発的なトラブルが発生したら、現場がすぐに修羅場状態になることが想像できるでしょう。少ないスタッフでそれを迅速に対処しないといけません。

この施設はとくに夜勤の業務が厳しく、実質2人で80人の入所者を看ないといけない状態だったようです。過密な業務スケジュールをこなすだけではなく、夜中に何度も繰り返しナースコールをする入所者に対応したり、深夜の徘徊にも注意しないといけません。
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想像していただきたいのですが、やらねばならないタスクが山ほどある中で、何度も何度も頻繁にナースコールがかかってきたら、どういう気もちになるでしょうか?ストレス耐性が低い人だとヒステリーやパニック障がいを引き起こすことでしょう。ノイローゼ状態になりかねません。
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よく医療従事者や介護職はストレスがかかると簡単に言いますが、その心理状態を想像するのは難しいものです。まだ職場内の人間関係が良好であるならば同僚たちと愚痴を言い合うことで気持ちが多少軽くなるかも知れませんが、職員同士の派閥争いやいじめ・嫌がらせなどがひどい場合は、孤立感が襲いかかってきます

毎日機械的な介護をくり返していると、自分はこの仕事で利用者様に役立っているのだという悦びの感情も失われてきます。さらに自分は精一杯尽くしているつもりなのに、利用者が反発的な態度を示してきたり、利用者の家族から理不尽なクレームや暴言・暴力に遭うということも当然あります。
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そうしているうちに自分の感情がどんどん擦り切れてしまい、離人感や現実感覚の喪失といった状況に襲われることになります。夜勤の場合、とくにそれがひどく現れることが多いでしょう。この心理状態については上の金子雅臣氏が書かれた記事で細かく考察されています。

ヒステリー・パニック障がい・ノイローゼと孤立感や離人感、さらに絶望感やこの辛い状況が永遠に続くのだという厭世観が重なってくると、判断能力が衰弱します
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鳴りやまないナースコールに耐えきれず、発作的にそれを抜いてしまうことをはじめ、利用者への暴力・暴言・放置、さらに常識では考えられないような性的虐待に真面目だったはずの職員が手を染めてしまうといったことは、こうした精神的危機状態がもたらしたものではないでしょうか。最悪はSアミーユや大口病院などで起きた殺人や広島の終末期医療施設で起きた放火へとつながります。

20歳代の青年が高齢の女性利用者もしくは真逆の幼女や重い障碍を持った女性にわいせつ行為をするといったことは通常考えつかないことです。殺人や放火も含め、こうした行動を行えば自分の社会的信用を完全に失い、自分の人生を完全に破壊します。でもこうした施設内犯罪に手を染める職員がなぜ出るのでしょう?
それはこれらの行動は巻き込み自殺の一種だからです。自殺と他殺もしくは自殺とわいせつ行為はコインの裏表で紙一重です絶望状態に置かれている人はひどく残虐になってしまうことがあります。

医療や介護職に限らず俗にいうブラック企業に勤めていた人なども陥ることですが、真っ暗なトンネルをずっと歩き続けないといけないような錯覚に陥ります。

ジャストインタイムやかんばん方式などトヨタ流の生産方式を築き上げた大野耐一氏は労組からトヨタ生産方式は「右手、左手の動きまで規制し労働強化だ」だと批判されたことがありましたが、大野氏は「動く事は、エネルギーを消費します。それを増やせば確かに労働強化だが、働くと言うのは稼ぐことだ。動きを少なく、稼ぎは多く、これがカイゼンだ!」と斬りかえし、労組側の人間が煙に巻かれるという話が遺っております。
橋本俊明氏もトヨタ的な考え方で介護をやれば、限られたスタッフ数でも超過勤務を増やさず、なおかつ給料も増やしてやることが可能だと思ったのかも知れません。しかしながら無機質化した介護業務が利用者や職員から悦びという感情を奪い、Sアミーユという施設を”介護絶望工場”にしてしまったのです。

介護業界は人手不足だとさんざん云われ続け、そのためには国や厚生労働省が介護職員の賃金引上げや超過勤務の減少を進めるために、介護分野への財政拡大を計っていくべきだと主張する人が多いです。私もそれに賛成しますが、施設経営者の介護福祉に対する考え方が収容主義・管理主義的なままでは、荒廃した職場環境の改善はできないでしょう。介護福祉の仕事を通し、利用者様や社会に貢献したいという入職者の理想や志を踏みにじり、それが利用者様への虐待という形でしわよせがいくようなことを繰り返しかねません。

介護福祉問題についてはまだいくつか書く記事が残っていますが、その問題の解決で大切なことは予防によって寝たきりの高齢者をつくらない・認知症の症状進行を食い止めるといったことが第一になるかと思います。中村淳彦氏も発言されていたように記憶しますが、良心的な介護福祉施設ほど軽度段階での老化進行予防を重視しています。この点については後日また改めて書きます。

~お知らせ~
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「お金の生み方と配り方を変えれば 暮らしが変わります」

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