生活保護の話はもう既に6回目に入りますが、今回は一般の人たちが最も関心を持っていると思われる不正受給問題です。最初のときにも書きましたが2012年に自民党の片山さつき議員や産経新聞などが煽動する形で、生活保護の不正受給問題が大きく取り上げられ、その後生活保護受給者は世間から冷たい目線を浴びてしまうことになりました。政府側も生活保護の不正受給取り締まりの強化や受給資格認定の厳格化を行い、保護費の削減も進みます。
私はこの生活保護バッシングの動きに対し、非常に腹立たしいものを感じました。この時期は民主党・自民党・公明党の三党が「社会保障と税の一体改革」を進めていたときであり、消費税率10%引き上げなどの増税と社会保障予算の削減が推し進められようとしていました。その最中で起きた生活保護バッシングです。おまけにこのとき土建国家復活を狙うような国土強靭化計画も浮上しました。非常に胡散臭さを漂わせます。
右側のビラに掲げられた2兆3千億円が在日朝鮮人の懐になっているという見出しは明らかな間違い。
生活保護受給額自動計算
生活保護net 「生活保護の金額はいくら」
この後片山は当時盛んだった嫌韓・嫌中ブームと生活保護問題を結び付けました。多くの外国人が生活保護にしがみつき、日本国民から富をどんどん収奪しているような印象を広め、俗にいうネトウヨや在特会といった極右活動家たちが生活保護バッシングに加わります。生活保護叩きはさらにヒステリックな様相を強めます。
しかしながら冷静に生活保護に関する各種統計を確認していくと、彼女らの発言や主張とかなりりかけ離れた実状を伺い知ることができます。
「生活保護に関する統計を見てみる 」で書いたことの繰り返しになりますが、保護費の総額に対する不正受給額の割合は0.45%(平成27年 170憶円/3兆7786億円)で、要保護者世帯全体の中で不正受給を行った世帯の割合は2.7%(4万4千件/160万2551世帯)。36.5世帯に1件の不正があったことになります。
この数字を多いと捉えるか少ないと捉えるかは判断が割れますが、世界の中でも日本の不正受給率はかなり低い方です。不正受給に伴う保護の停廃止は1万0587件。悪質性が高いとして刑事告発に至ったのは159件でした。
平成23年までの間に不正受給件数が増えていますが、以後は年間4万件台で推移します。上で述べたように平成23年以降は不正受給に対する世間の目が厳しくなり、行政が不正摘発を強化しております。告発の数は倍増です。不正受給増加に歯止めがかかったのはその成果だといえましょう。
一方不正1件あたりの被害金額は少額化してきています。被害金額が大きく悪質性の高い不正受給よりも、小さいものでは100円単位という細かく悪質性が高くない不正受給の割合が高くなっているということです。
それこそ重箱の隅をほじるように、たとえ1円の不正受給も見逃さないといった行政の姿勢が反映されたものと見ていいかも知れません。
総務省が14年8月に発表した「 生活保護に関する実態調査 」の結果報告書によれば不正額が10万円未満のものが39.6%。10万円以上20万円未満が15.3%でした。半数以上が少額の不正です。
少額の不正受給の場合は受給者が故意で資産や所得を隠し、生活保護費を詐取しようとしたというより、細かい収入の申告をうっかりし忘れたか、あるいは単発のアルバイトや知人の仕事の手伝いで得た謝礼などといった臨時収入を「僅かな額だから申告しなくてもいいか」という軽い気持ちで勝手に申告を省いてしまったといったことが考えられます。
高校生のアルバイトでも学業や進学資金などの場合、申告すれば収入認定されない場合が多いのですが、柏木ハルコさん原作の「健康で文化的な最低限の生活」に登場した日下部欣也くんのように役所はもちろんのこと親にまで黙ってアルバイトしてしまい、不正受給となってしまうケースも少なくありません。
生活保護制度は「生活保護制度の4原則と保護費の算定 」でも説明しましたように補足性の原則があります。他の資産・所得・社会保障給付があった場合はその分生活保護費が減額されます。保護利用者がそれを十分に理解していないと、うっかり不正受給ということになってしまいます。
こうした事例は不正受給といっても、税制でいいますと確定申告の際の申告漏れと同じです。利用者の思い違いによるミスといった悪質性の低いものでしょう。
参考 yomiドクター 原昌平編集委員
とはいえやはり悪質な不正受給も存在することは確かです。そういう事例も見ていきましょう。
逮捕された無職石井貴久美は交野市内に転入する前から生活保護を受給しており、子ども3人と家賃2万5800円の府営住宅に住んでいましたが、その後福祉事務所に黙って枚方市内の病院で看護助手として働き始め、毎月20万円・年収300万円の給与を受け取ります。しかし石井はこの所得は申告せず、喫茶店で働き出したと偽り、月収2万7000円~5万3000円とするウソの給与明細書を福祉事務所に毎月提出していたのです。
交野市福祉事務所が市民税の課税状況を調べていたところ、石井の病院勤務が発覚したために生活保護の支給を打ち切ります。石井に不正分約717万円の返還請求をしたものの返還されなかったために、市は石井を交野署に刑事告訴したというのが事件の経緯です。石井は詐欺と有印私文書偽造・同行使の疑いで逮捕されます。
フライデー 「ヤクザやニートが告白 生活保護の〝不正受給〟急増の実態!」
このような悪質な不正受給のケースを見たら多くの納税者たちが腹を立てるのは当然のことでしょう。そのために「生活保護受給認定の厳格化を」と言いたくなるかと思います。
生活保護の不正受給発覚は税情報と収入申告の定例の照合が多くを占めます。税務署が把握している税企業・個人の資産・所得状況の情報と福祉事務所側が生活保護利用者から受け取った申告書と照らしあわせるのです。近年役所はコンピューターでそうした情報を管理していますので、不正額の多少に関わらず、不正を簡単に見つけることができます。
生活保護の不正受給防止は脱税防止と同じ内容の業務です。
より公正な税徴収を行うために、歳入庁を創設して税金をはじめに年金、健康保険、雇用保険などの社会保険料の徴収業務を一元化を計るべきだという主張がありますが、社会保障給付の方も税体系に組み込んでしまえばいいのです。
暴力団関係者への保護費流出については大阪市がやったように(元)暴力団関係者の受給者全員を警察に照会するといった方法で防止できます。ヤミの仕事による収入の把握は難しいのですが、ブラックマネーの炙り出しについてもやはり歳入庁やマイナンバー制度の活用が有効です。
いま世論に押される形で政・官は福祉事務所やケースワーカーに不正受給摘発を徹底的に強化するよう促していますが、現在ひとりのケースワーカーが抱える生活保護利用者の数は80世帯が平均で、多い場合は120~130世帯にのぼるといわれています。さらに様々な計算や書類作成などの事務手続きの仕事に忙殺され、利用者の相談・訪問・援助・指導に時間を割けません。皮肉なことに100円単位の申告漏れでも不正受給として扱われ、その処理でケースワーカーの事務負担が増え、逆に訪問調査で気が付く不正を見過ごしてしまうといったことにもつながりかねません。前回「生活保護・医療扶助を喰い物にする行路病院とぐるぐる病院 」でケースワーカーは圏外の病院に入院させた生活保護利用者の訪問があまりできないために、医療機関で行われている過剰診療や医療費の架空請求を見過ごしがちであることを書きました。
歳入庁を創設し、各機関がバラバラに管理している企業や個人の資産・所得状況の記録を一元化し、マイナンバー制度も活用して、市中でのお金の動きをガラス張りにしてしまえば税や社会保障給付の不正を見つけやすくなります。税務署と福祉事務所の二者が重複して行っている資産・所得調査を税務署に統合し、福祉事務所は要保護者の相談・支援・訪問・指導といった福祉的援助に特化していけば、ケースワーカーの業務負担が減り、よりきめ細やかな利用者への対応が可能となりましょう。
ヒステリックに生活保護受給者や外国人をネット上で攻撃しても、不正受給は防止できません。税制と社会保障を一体化させ、マイナンバーやITを活用し、効率的に正確な資産・所得状況調査ができるシステムを構築することが問題の解決策です。
今後日本の政局や北朝鮮問題についての論考は下記ブログで掲載していきます。