新・暮らしの経済手帖 ~時評編~

わたしたちの暮らしを大切にするための経済解説サイトを目指して開設しました。こちらは時評編で基礎知識編もあります。

福祉事務所ケースワーカーが置かれている過酷な状況

非常に書くことが多い生活保護のことですが、今回はその給付を行う福祉事務所(役所内では「福祉課」などと呼ばれている)のケースワーカーが置かれている状況について話していきます。生活保護を利用している人たちの状況は大変なものがありますが、給付する側のケースワーカーにとっても厳しい現場です。かなり前の話ですが、自分が以前住んでいた市の職員さんと親しくなっていた時期があります。この方は生活保護に関わる福祉事務所に転属となったのですが、その後しばらくして顔がやつれ、みるみる痩せていきました。相当なストレスがあったのでしょう。

それと小田原市で起きた福祉事務所の職員らが「保護なめんな」といった文字が記された威嚇ジャンパーを着用し、生活保護受給者宅を訪問していたという事件が起きたとき、私はかなり怒りました。しかししばらく経つと、ケースワーカーの過酷な状況についても報道されはじめ、一方的にケースワーカーのみを非難し攻撃するのもどうかと反省させられたものです。


福祉事務所のケースワーカーが抱える仕事量やその重さはかなりの負担です。まず一人のケースワーカーが受け持つ保護利用世帯数は80世帯程度を標準の目安とされますが、実態は100世帯以上を受け持たねばならない場合が多いです。これだけのケースを抱えるとなると、「利用者一人ひとりの身に寄り添って」といった対応が難しいことにすぐ気がつくでしょう。さらに逆をいえば「もっと徹底的に生活保護世帯の訪問調査をしっかりやって、不正受給やアルコール・ギャンブルなどの依存症を持つ利用者の生活指導をしっかりやれ!」とケースワーカーに要求するのもまた酷な話であると思います。

柏木ハルコさんのコミックを原作とした福祉事務所のケースワーカーたちの姿を描いたドラマ「健康的で文化的な最低限の生活」が関西テレビで制作されましたが、実際のケースワーカーが置かれている状況はこのドラマ以上に厳しいかと思われます。
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ケースワーカーの仕事は生活保護利用者の自立に向けた支援や相談が主業務であり責務なのですが、当然のことながら保護申請者の資産や所得、扶養者の調査や問い合わせをするなどといった受給資格判定の仕事にも追われます。これは税務署の職員と似た仕事です。保護利用者・希望者との相談・指導だけではなく、膨大な書類手続きなどの事務仕事にも追われます。ケースワーカーは朝から晩まで働きづめです。
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そればかりではありません。利用者とのトラブルや死といった場面に数多く遭遇し、人間の暗く重い闇と向き合わざるえないのもケースワーカーという仕事の宿命です。保護を利用する側もケースワーカーも常に生死がかかる瀬戸際に立たされています。現場は”戦場”といっていいかも知れません。許されざることですが、役所で「水際作戦」とか「硫黄島作戦」といった旧日本軍が使っていた軍用語が符牒として使われていたり、小田原ジャンバーで「機動戦士ガンダム」のギレン総帥のセリフを模したような文言が刺繍されていたことも、「生活保護は戦争」という意識があったのではないでしょうか。


保護の内容や措置に対し不満を持った利用者が福祉事務所へカチコミ(怒鳴り込み)に来るといったことは序の口で、事務所内で火をつけられたとか、職員が刃物で脅された・刺されたなどという場合もあります。
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暴力団関係者や服役者も保護利用を求めてくることも少なくないでしょう。福祉事務所のケースワーカーは一般職の公務員ですが、警察官のように自分の身を危険に晒すことも覚悟せねばなりません。一部自治体で元警察官OBや刑務官OBを福祉事務所の生活保護Gメンとして起用していますが、このようなトラブルが起きたときの用心棒というべき存在です。

また生活保護の利用者は高齢者が多くを占め、疾病や障がいを抱えている人がかなり多くいます。うつ病統合失調症などの精神疾患が原因で保護を利用している人も少なくないでしょう。となってくると保護の利用者が居宅で病死していたとか、自殺をしていたという場面に出くわす確率もかなりあるでしょう。
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よく生活保護利用者の苦しい生活状況について書かれたルポルタージュケースワーカーの事務的で非情な態度が批判されますが、このように福祉事務所へ配属された職員自身もまた心身ともに病み、傷つき、潰れていってしまう実状があります。中には自殺したケースワーカーもいます。

さらにケースワーカーは保護の利用者と保護費を支払う行政・納税者との間で板挟みになりがちです。
心あるケースワーカーが自分の目の前で放っておけないほど悲惨な状況に出くわし、何としてでも保護申請を受理してもらいたいと思っていても、役所の上の方から保護費を抑制するよう圧力をかけられます。
ドラマの「健康的で文化的な最低限の生活」に登場した京極係長は、余分な保護費の支払いを抑制すべく不正受給や受給資格判定の調査を厳格に進めているという設定でしたが、演じている田中圭さんのお人柄(?)がにじみ出ているのか、どこか温情的に感じました。実際には京極係長以上に厳しい保護の締め付けが行われていると思っていいでしょうし、2012年の生活保護バッシングの後でそれがさらに強められているでしょう。
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ケースワーカーは利用者に保護費を支給し支援するのが仕事ですが、同時に利用者を監視し保護費を抑制せねばならぬ立場でもあります。

ケースワーカーの業務負担を軽減すべく、彼らの人員を増やすことが提案されていますが、問題は業務量だけではなく、利用者と自分自身の生死に直結するようなトラブルに遭遇する危険や、その責任の重さにあります。また非常に矛盾した立場に置かれているという彼らの葛藤も理解しないといけないでしょう。

ケースワーカーの業務を簡素化させる案はいくつかあります。
そのひとつは生活保護費給付を税制に統合することです。生活保護給付費は年金などの他社会保障給付も含め「負の税」という見方ができます。よく給付付き税控除というアイデアが唱えられることがありますが、生活保護もそれに切り替えてしまい、税制下におけばいいという発想が出てきます。
となってくるとケースワーカー生活保護利用申請判定のときに行なっていた資産・所得調査や不正受給の監視といった業務は税務署が行うことになります。考えてみれば税の徴収のときも、納税者の資産や所得状況を税務署が把握して、納税額を査定しております。ひとつの業務を二つの官庁が重複して行っている二重業務ですマイナンバーなどを活用し、各人の所得・資産状況が正確の把握され、歳入庁の創設でそのデータが一元化されるならば、福祉事務所のケースワーカーが二度も所得・資産状況調査をやる必要がありません

上で述べた利用者とケースワーカーの間で起きるトラブルの原因のひとつに生活保護制度の複雑さや曖昧さ、利用資格判定基準の不透明さがあるかと思われます。不正受給の発生についても、利用者が制度を誤解していることが要因となっている場合が多く、ここでまたトラブルの元となるのです。
給付付き税控除のようにはっきりとした基準や線引きがある制度ならば、利用者側も納得しやすく、ケースワーカーに食ってかかるようなことをしなくて済むかも知れません。

それと改めて強調しておきたいことですが、生活保護は福祉ではありません所得再分配のひとつ、すなわちお金による支援です。
ケースワーカーが行っている要保護者に対する自立に向けた生活相談や支援、指導は福祉といっていいでしょう。所得再分配と福祉の分離を考えるべきで、ケースワーカーは福祉的業務に専念させていくべきではないでしょうか。所得再分配は税制でやるのです。

パチンコや競馬などのギャンブル、あるいはアルコールなどの依存症を持った生活保護利用者のことがよく批判されますが、彼らの支援・指導は精神医療が担うべき分野ではないでしょうか。

いまの日本の生活保護は本来公的年金雇用保険制度、各種福祉サービスで対応すべき人たちが、制度の欠陥・不足によって対象から漏れてしまい、最後の受け皿となってしまっている実状があります。そのために生活保護を管轄する福祉事務所のケースワーカーたちが何から何まで全部背負わされているのです。業務が非常に多岐に拡がり、その量が膨張してしまうのは当然のことでしょう。

ケースワーカーを本来の要保護者の生活再建支援・相談・指導業務に特化していくことにより、より個々人の生活状況を緻密に把握できることが期待されます。ケースワーカーの密な訪問によって虐待行為や明らかにおかしい生活・経済実態、不正行為などが発見しやすくなるかも知れません。

生活保護から給付付き税控除もしくはベーシックインカムのような制度に置き換えていくことで、著しく所得や資産が落ち込んだ人たちに現金を自動的に給付できるようにすれば、ケースワーカーは保護利用者の資産・所得調査・不正受給監視という業務から解放されることでしょう。暴力沙汰などのトラブルに遭遇する確率も多少減ると思います。行財政のスリム化にも貢献することでしょう。

生活保護に関する問題はまだまだ書くことが残っています。次以降に生活保護の補足性の原則が逆に利用者の生活再建や自立を損ねてしまう可能性や現物支給主義という発想のナンセンスさを批判していきたいです。

こちらでも政治等に関する記事を書いています。

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