新・暮らしの経済手帖 ~時評編~

わたしたちの暮らしを大切にするための経済解説サイトを目指して開設しました。こちらは時評編で基礎知識編もあります。

構造要因型と景気循環要因型に分かれる経済的要因の貧困問題の解釈

貧困・雇用・格差問題」編第1回目「貧困・格差はなぜ生まれる? ~経済学の最も重要な使命・貧困の解決~ 」で貧困発生の要因をおよそ5つに分類してみました。
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その中で経済的要因の貧困は4の経済構造要因型貧困と5の景気循環要因型貧困が当てはまると説明しております。いま現在起きている経済問題や貧困問題を前者の構造要因型と診断するか、循環要因型と診断するかで問題解決の処方箋が異なってきます。両者の違いについて述べていきましょう。

4の経済構造要因型貧困・格差問題というのは雇用主と労働者、消費者と生産者、親会社と子会社・孫会社といった取引の関係や所得分配のあり方、商工業活動の慣習などにおける歪んだ力関係や不公正さを起因とする型です。悪質なインフレに何度も見舞われ、民衆が貧困問題を抱えている中南米諸国経済力が異なる国同士が集合してしまっているが故に適切な金融政策や財政政策、通貨管理ができず、数多くの経済問題を抱えたEU加盟国も構造的問題を抱え、多くの民衆たちの貧困を招いている例だといえましょう。

多くの学者たちの間で貧困や資産・所得格差がなぜ発生するのかという研究が行われてきましたが、4の経済構造の矛盾や欠陥に起因するものだという論考を進めた事例はマルクスとその継承者たちでしょう。彼らは資本主義社会そのものが構造欠陥や矛盾を抱えていると捉えており、資本家と無産階級である労働者の間で所得・資産格差が生じてしまうと説いています。資本家が労働者から労働力を搾取する関係にあるという構造問題があるという見方を採ってきました。マルクスらは剰余価値説でその搾取構造を説明したのです。



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剰余価値説は絶対的剰余価値説と相対的剰余価値説から成り、前者は労働者が資本家から自分の生活を成り立たせる上で必要な労働量を超える労働を課せられ、それが搾取されるのだという仮説で、後者は機械導入などで効率化を進め、労働者の必要労働量を小さくしていき、資本家は割が増えた剰余労働時間から儲けを得るようになったという仮説です。この説の妥当性については今回問いません。

あと貧困問題ではありませんが、バブル崩壊後に経済活動が低迷し続けた1990年代の日本において、経済構造問題があると主張した人たちが大勢います。
野口悠紀雄氏は日本が戦時中だった1940年代に構築された日本型企業経営、労使関係、官民関係、金融制度
といった経済構造が疲弊し、1990年代以降の長期不況を招いたと述べています。氏の提言は日本の産業や経済構造の改革を訴えるものが多いです。


氏の場合、景気循環要因型不況に対応する金融政策を否定し、低付加価値型産業から高付加価値型産業へのシフトといった産業構造改革を行わなければならないなどと述べています。この見解に私は賛同していませんが、経済や貧困の原因が経済・産業構造にあるという見方の例として取り上げておきます。

小泉純一郎政権もまた「聖域なき構造改革」という政治スローガンを高く掲げていました。小泉氏は郵政民営化規制緩和等で半社会主義的な日本の経済・産業構造を改革し、小さな政府型の統治構造に転換させようとしてきております。小泉政権時代は量的金融緩和政策も実行していましたが、表向きは構造改革を重点政策としてきております。
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もうひとつ経済や貧困や格差問題の発生を経済構造によるものだと主張した例は「21世紀の資本」で有名になったトマ・ピケティ教授でしょう。
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ピケティ教授がこの本で説明していたことは資本主義社会において
資本収益率(r)>経済成長率(g)
の関係が存在し、経済全体の規模が拡大するよりも資本の取り分が大きくなっているという構造問題を抱えていることです。それによって世界中で所得と富の分配の不平等化が進んでしまったというのがピケティ教授の見解です。そしてピケティ教授はこの世界的所得格差を是正するためにグローバル資産課税累進課税を促進すべきだと主張しました。
この見解が日本の長期に渡る経済低迷の考察に活かせるかどうかの話は今回しませんが、ピケティ教授の論理展開は世界的に見られる所得格差や貧困の原因を資本主義の構造的問題だと捉えるかたちのものだとみていいでしょう。

あとこのブログサイトを開設した初期のときに、貨幣を民間銀行の信用創造で生み出す形ではなく、政府紙幣や公共貨幣・統治貨幣に切り替える通貨改革を訴えたことがあります。その理由は私が株や不動産などへの投機行為によって信用膨張を招き、バブル景気とその崩壊を防止すべきだと考えていたからでした。
駒澤大学井上智洋さんも「AI(人口知能)・BI(ベーシックインカム)・CI(通貨改革)」という構想を打ち出しております。
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井上智洋 駒沢大学准教授

現在私は経済学の勉強を深めていくに連れ、これらの構想を全面的には支持しなくなりましたが、これも経済システム・構造の刷新をしていくべきだという主張になります。

次に5の景気の浮き沈みという循環要因による貧困の発生とその防止についての説明をしていきます。
当然の話ですが、景気がよく経済活動が活発ですと、企業(資本)はどんどん労働者を雇い入れ、旺盛に生産された財(モノやサービスあるいは賃金)の分配が進みます。逆に不景気ですと生産活動が委縮し、失業や賃下げが進んで、労働者への所得分配が進みません。

日本は1990年代初頭に日銀三重野康総裁が行ったバブル潰しのための政策金利引き上げによって、一気に企業の投資や銀行の融資が冷え込み、以後20年以上も経済成長が低迷し続けるという世界でも類をみない状況を招きました。 参考 「デフレと失われた20年 」編

1990年代半ばに日本で「リストラ」という言葉が流行りだし、各企業は人員削減や設備整理・縮小を進めていきます。1997年にはこれまで毎年春闘で上がるのが当然だった賃金が下落しはじめ、さらに非正規雇用が拡大していきます。この時期は高校・大学新卒者の求人が絞り込まれ、「就職氷河期」といわれる状況が生まれています。この時期に就職活動期を迎えてしまった運の悪い世代の人たちは「貧乏くじ世代」「ロスジェネ世代」と呼ばれます。彼らはその後も所得の減少や職能の腐食、生活の不安定化に苛まれ続けます。


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このような状況で生まれてしまった貧困の拡大は景気の停滞という循環要因で発生したものと分類すべきでしょう。上で野口悠紀雄氏や小泉政権が1990年代以降の日本経済停滞は日本型経済や産業構造の疲弊によるものだという診立てをしていると述べましたが、三重野以降の金融政策や政府の財政政策があまりに緊縮的であったために起きた悲劇だというみる方が正しかったといえます。第2次安倍政権が行った金融+財政政策(リフレーション政策)を主とする経済政策アベノミクスの成功がそれを証明したようなものでしょう。

「失われた20年」という日本の経済低迷は経済・産業構造要因ではなく、景気循環要因によるもので、その正しい処方箋はマクロ経済政策である金融+財政政策であると主張したのはリフレ派といわれる野口旭教授や田中秀臣教授です。

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現在日銀の審議委員である原田泰教授も
「日本経済の構造問題とされるものは、1980年代からすでに存在していた。1990年代の経済停滞は構造が原因だとする議論は成り立たない」と述べておられます。

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誤解がないように述べておきますが、私も含め「経済や貧困問題は経済・産業構造の欠陥が起因するものではない」「(俗にいう)構造改革は如何なるときも無意味だ」と主張しているのではありません。1990年代以降の日本経済停滞は景気循環要因がもたらしたという診断をすべきで、処方箋もマクロ経済政策である金融+財政政策を用いるべきだという話です。
過去1970年代にイギリスなどで発生したスタグフレーションは逆に経済・産業構造の問題で発生したもので、その解決の処方箋は生産効率の低い国有企業の民営化や規制緩和山猫ストを行っていた過激な労組の鎮静化といったものになります。


今回の記事のポイントはそれぞれ起きた貧困や格差問題の原因が4の経済・産業構造に起因するものなのか、5の景気循環の停滞期によって生じたものなのかを正確に診断していかねばならないということです、その診断によって解決策が変わってくるということです。

次回からは経済構造に起因する貧困・格差の発生をもっと詳しく考察していく予定です。

こちらでも政治等に関する記事を書いています。

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