新・暮らしの経済手帖 ~時評編~

わたしたちの暮らしを大切にするための経済解説サイトを目指して開設しました。こちらは時評編で基礎知識編もあります。

1990年代の雇用不安定化とロスジェネ世代の発生がもたらした深い傷

日本の貧困や経済格差問題を考える上で避けて通れない「失われた20年」と呼ばれる1990年代以降の慢性的経済不況問題の話をしています。今回から雇用の不安定化がもたらした世代間・生年間格差問題に入ります。1990年代以降の雇用不安定化は三重野総裁時代以降の日銀による金融政策の失敗がもたらしたものと何度も批判を続けてきております。


三重野康総裁の時代だけではなく、その後何代にも渡る日銀総裁が断続的かつ中途半端な金融緩和政策しか行わなかったために、企業は大掛かりな投資を躊躇するようになり、雇用も不安定化しました。現在安倍政権・黒田日銀総裁の下で行われている量的質的緩和政策より以前に、小泉政権時代に量的緩和政策を行って一時的に活況期が戻ったのですが、2006年に不況脱出の動きが着実になっていないにも関わらず緩和解除を行ってしまいます。


それから間もなくアメリカでサブプライム住宅ローンの焦げ付きがもとで金融危機が発生し、その煽りで日本も一気に雇用が悪化してしまいました。

慢性的な不況の連続と雇用の浮き沈みは何度かの就職氷河期を発生させてしまいます。

1980年代までは学校を卒業した後、ほとんどの人が滞りなく就職できていたのですが、1990年代に入るとそれが当たり前でなくなります。ロスジェネ第一期世代と呼ばれるのは1993年卒~2005年卒の世代ですが、この間の有効求人倍率は1を下回り、企業の求人数が求職者数を下回る状態が続きました。新卒の学生たちが就職活動を進めてもなかなか内定がとれません。
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2005年卒~2009年卒までの間は比較的就職先が決まりやすい時期でしたが、リーマンショックで再び就職氷河期が訪れ、2010年卒からアベノミクスがはじまる前の2012年卒までの間が第2就職氷河期と言われます。1980年代までのような安定した雇用情勢は過去のものとなり、年次による浮き沈みが激しくなります。

雇用情勢の不安定化は就職活動が上手くいかず、就職できなかった人だけではなく、就職できた人や既存の労働者、企業側、国の財政や社会保障財源に至るまで大きな歪みと弊害をもたらしました。箇条書きの項目つきで弊害についてまとめていきましょう。

弊害1 就職活動期の雇用情勢で左右されてしまう労働者間の所得格差発生
まず新卒で正社員として就職できなかった人たちですが、低報酬かつ不安定なアルバイトや派遣労働などといった非正規雇用に何十年間も甘んじ続けるようなことになる人が増えてしまうのは言うまでもないでしょう。習得に何年もの修養期間を要する高度技能を身につける機会を失い、中高年になっても低所得のまま一生を終えることになっていきます。いわゆるスキル(職能)の腐食です。その状態のまま中高年になってきた人たちを積極的に雇う企業はあまりありません。
団塊世代をはじめとする高度経済成長期からバブル景気までの間に現役世代を送った世代とバブル崩壊後のロスジェネ世代、そして小泉政権や第2次以降の安倍政権時代で楽に就職できた世代との間で所得格差が生じます。
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弊害2 長時間労働や過密労働、パワハラなどの増加がもたらす労働者の精神破壊
デフレ不況は買い手市場となり、モノやサービスを生産する側よりもその買い手の発言力や権限が強くなります。労働力の買い手側である企業側の支配力が強くなり、売り手の労働者は自分にとって厳しく不利益な雇用条件でも、それを受け入れなければ失業し、無収入となります。

デフレ状況ですと企業側にとって労働者は踏んでも踏んでもくっついてくれる「下駄の雪」同然で、異常な長時間低賃金労働やパワハラが横行しやすくなります。バブル崩壊後に「生き残り戦争だ!」「死に物狂いで闘え!」と社員に軍隊式研修を行ったり、社員に過酷なノルマを課すような会社が多く出現します。
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ある飲食店チェーンが行う社員研修シーンがテレビ番組で放映されたことがあります。営業本部長が大声で檄や怒号を飛ばし、社員も絶叫を繰り返しながら必死に軍隊式教習を受け続けるシーンが続きました。そんな中ある新入社員は研修中の不始末が見つかって研修合格を取り消されますが、彼が本部長の前で土下座をつき「自分は50社60社以上受けてきましたが!〇〇フードサービスが唯一の内定先です!自分を拾ってくれた 掴まえてくれた そういう方々に全力で ご恩返しします!」と必死に詫びの言葉を絶叫します。就職氷河期がもたらした痛ましいシーンです。

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また就職活動で苦労をしたロスジェネ層以外の勤労者も、人件費抑制のための人員削減によって少ない社員数で多くの業務をこなさないといけなくなります。企業はゆとりをもって多くの人を雇うのではなく、業務がパンクするかしないかのギリギリの線まで人員を減らします。繁忙期は超過勤務でこなす形にした方が企業側にとってリスクが少ないのです。その結果長時間低賃金労働が常態化しやすくなります。


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「失われた20年」という長すぎる不況は過酷な労働条件で従業員の労働力を搾取し、疲弊させるブラック企業の蔓延を許しました。過労死寸前に激務で、パワハラが横行するような職場でも必死にしがみつかねばなりません。「仕事は死ぬ気で掴め。掴んだら殺されても放すな」という状況です。
いわゆるブラック企業は「嫌なら辞めろ!お前の代わりなんかいくらでもいるんだぞ」という感覚で人材を使い捨てにします。このような会社が労働者の肉体と精神を破壊し、労働能力や労働意欲を失っていくことにつながります。
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弊害3 個々人の間で精神的断絶が生まれる弊害
弊害1で述べたように高度成長期~バブル崩壊前に現役世代を送り、比較的高く安定した収入を得ていた世代とバブル崩壊後に低く不安定な所得に甘んじなければならない世代が発生しました。高度成長期時代は完全雇用が当たり前だったために、誰でも就職するのが当たり前、一生同じ会社で勤めるのが当たり前という認識を皆持っていたものです。しかし1990年代からそれが当たり前で無くなり、就職が決まらなかったり、フリーターのまま青年期を送る人が増えてきます。中高年齢層と若年世代で所得格差が生まれ、世代間対立の原因となってしまいます。年金保険料負担や給付を巡って不公平感が生じることにもなります。
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さらに引きこもりやニートといわれる人々も現れはじめます。ロスジェネ世代は上の世代の変わらない勤労観を押し付けられ苦しみました。
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さらにバブル崩壊以後に社会人となった世代も就職できた人とそうでない人との間で、勤労観や社会観に隔たりが生じます。氷河期世代間氷期世代でまたジェネレーションギャップが生まれます。

人間生まれ育ち、送ってきた人生や環境の違いでものの考え方が変わってくるのは当然ですが、その差が大きいと個々人間の精神的断絶の原因となり、違った立場の人の状況を理解しづらくなるものです。

弊害4 企業内における社員の年齢構成の歪さや技術伝承の問題
企業側にとっても雇用抑制の弊害が何十年間も遺ることになります。著しい不況期に新入社員の採用を抑制してしまったり、中堅やベテラン社員を早期退職や解雇させたことで、従業員の年齢構成がいびつとなり、自社の技術伝承に支障をきたしたりします。長い年月勤め上げた熟練工の職人さんが、社内で少なくなってくると、その会社の技術力が大きく損なわれることにもなるでしょう。これまでその会社で起きなかったような仕事のミスや商品の品質低下が発生するといった事態を生みます。

弊害5 マクロ経済面における生産供給力(サプライサイド)の低下
弊害1や2で述べたように長期の経済低迷と雇用悪化は労働者が安定した就労によって身につくはずであった高度な職能が身につけられないまま中高年を迎えてしまった人を生み出します。さらには弊害4で書いたように企業もまた長年に亘って積み重ねた技術を腐食させる問題が起きてしまいます。1990年代の金融政策ミスによって企業は新たな技術開発研究のための投資ができにくくなり、それが国際競争力を大きく損ねることにつながりました。
バブル崩壊後の「失われた20年」は慢性的な需要不足型不況であると同時に、生産や供給力側=サプライサイド劣化型不況も同時に進行させてきた可能性があります。(飯田泰之准教授が指摘) 企業は低い需要に合わせ生産設備や雇用を縮小し続けたために、すぐにそれを増強することができません。よって有効需要を補う政策を必死にやっても、供給制約がかかって、経済成長がなかなか進まないという状況となるのです。アベノミクスの効果はなかなか現れないじゃないかと批判されてきましたが、供給側も20年間でボロボロになってしまったために回復の勢いが鈍い状態が続きます。

弊害6 国家財政や社会保障財源の悪化
あまり指摘する人がいませんが、1997年の雇用崩壊と共に国家財政の一般会計と社会保険財政が悪化しはじめます。

国家財政の一般会計側は1990年初頭の日銀三重野総裁が金融引き締め策を行ったときから、悪化がはじまります。企業の業績悪化で所得税法人税が落ち込んだからでしょう。イメージ 14

1997年以降からは社会保険料収入が伸び悩み、増え続ける給付に追いつかなくなります。
橋本龍太郎政権消費税率5%引き上げ」と注記しましたが、この年から正規雇用を含めた賃下げや非正規雇用拡大が本格化します。よって自動的に社会保険収入が増えなくなります。

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公的年金や公的医療保険の給付は保険料収入だけではなく、一般会計からの補填もあてがわれています。保険財政の赤字が膨張すると共に一般会計側の支出が増え、国債償還費を除く基礎的財政収支プライマリーバランス)対象経費の半分弱を社会保障費が占めている有様です。

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財務省資料より

それと1971年から1974年生まれの人たちは割りと人口が多く、団塊ジュニア世代と呼ばれており、第3次ベビーブームが期待されていたことがあります。しかしながら彼らが結婚適齢期の時期に就職氷河期が起きてしまい、ロスジェネ第一期世代になってしまったのです。正規雇用に就けず所得が不安定な状態で結婚や出産をすることは難しいでしょう。少子高齢化の進行に滑車をかけた状態です。

今回は長々とした記事になりましたが、「失われた20年」の停滞が多くの人の人生を奪い、日本の経済や国家財政にも大きく深い傷を与えてきたことを書きまとめました。2013年より第2次安倍政権がアベノミクスといわれる経済再生政策を打ち出し、企業の投資や雇用が改善しましたが、未だに多くの人や産業が過去20年間の重い後遺症に悩まされ続けています。回復への道は10年がかりだという覚悟をすべきでしょう。

こちらでも政治等に関する記事を書いています。

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