新・暮らしの経済手帖 ~時評編~

わたしたちの暮らしを大切にするための経済解説サイトを目指して開設しました。こちらは時評編で基礎知識編もあります。

一見誤解されやすい解雇規制や最低賃金・金利・実質賃金の話

比較的左派系の人たちが興味や関心を持つであろう「貧困・雇用・格差問題 」編ですが、前回の「逆にロスジェネ層や女性就労者・ひとり親世帯を苦しめる昭和型雇用制度 」ではどちらかといえば新自由主義者ネオリベ)的な味付けの記事となりました。2~3回ほどそういう内容の記事が続きます。

前回書いた解雇規制緩和の話は一見すると労働者にとって不利になるような政策に思われるかも知れません。しかしながら強すぎる解雇規制や終身雇用、年功序列制度が逆に若年層や就職氷河期に見舞われたロスジェネ世代の中途採用を阻むことになったり、結婚・出産で離職した女性が復職しても低賃金に抑えられるなどして、母子世帯の貧困増加の原因にもなっていることを指摘しました。仮に会社がある社員を辞めさせたいと思ったとき、解雇という形でその社員を辞めさせるのは難しいので、パワハラとかの手段を使って自分から退職したという形に追い込むような手を使う場合もあるでしょう。これは逆に辞めさせられる社員にとっても不幸なことではないでしょうか。

解雇規制だけではありません。最低賃金についてもそのときの経済状況を無視した強引な引き上げ要求は逆に失業の増加を招いたり、長時間過密労働を招く元になったりします。韓国の文在寅大統領(2019年3月現在)は「共に民主党」という左派政党の人間ですが、強引に大幅な最低賃金引上げを行ってしまい逆に雇用悪化を引き起こしてしまいました。
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文在寅韓国大統領
文政権は2018年に最低賃金を前年の1時間当たり6,470ウォンから7,530ウォンへと16.4%引き上げします。さらに2019年は8,350ウォンへと10.9%引き上げします。公約を果たそうとすると次年の引上率を19.8%にしなければなりません。かなり無理なことでしょう。

参考

2018年8月の韓国雇用動向をみると、15~29歳の青年失業率は10.0%で、前年同期に比べて0.6ポイント上昇しています。青年失業者は43万5000人に上り、昨年より2万5000人増えました。

参考
教科書どおりの結果ですね。

日本の安倍政権も2016年から少しづつですが、最低賃金を引き上げ続けてきました。今後も毎年3%づつ引き上げ時給1000円超えを目標にしています。けれども企業側に無理をかけるような額ではありません。2013年からの異次元金融緩和で経済全体の底上げを行って、景気の回復を計ってから最低賃金の引き上げを行っています。

金融緩和といえば金利の引き下げですが、これについてなぜか日本の左派政党は反対をします。現在立憲民主党党首である枝野幸男氏が著しい需要ショックであるリーマンショックが起きた2008年のときに、こともあろうか「金利を上げて景気回復」などとまで言い出しています。

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金利は民間企業の投資判断に直結することです。金利が上昇しますと、企業はそれ以上の利益率が見込める投資しかしなくなります。そのことは「お金が貯蓄として死蔵されてしまう流動性の罠 その2  」で解説しました。

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金利を引き上げると企業の投資が抑制されてしまうというのは中学か高校の教科書でも書いてあることです。左派系の人間の多くは実業家となった人はあまりなく、銀行などからお金を借りて、何千万円だの何億円だのといった投資を行うといった経験が薄いです。だから「金利を上げれば景気がよくなる」などという信じられないような発言をしてしまうのです。実業家でなくても家とかクルマ、学費などのローンを支払う人は金利が気になりますよね。

企業にとって従業員の雇用は大きな人への投資です。企業がひとりの人を正社員として雇った場合、給与だけではなく社会保険料などの負担もしないといけません。月給20万円の人でも企業は1.5~2倍の30万円とか40万円の人件費を負担しており、さらには変動費ではなく何年~何十年も支払い続けないといけない固定費になってしまいます。

少し余分な話をしましたが、金融緩和政策が雇用に直結していると私が説明する理由はこれです。金融緩和政策は基本的に民間企業の実業家を支援する政策ですが、労働福祉政策の役目も担っています。労働者の生活水準向上を謳う左派政党がこの政策を否定する理由はないはずです。

あとここ最近ですが、やはり左派系の人間を中心に「アベノミクスはまやかしダー」「実質賃金が上がっていない」などと叫んでいます。実質賃金って一体なんでしょうか?


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  図表 厚生労働省より

名目賃金とはわれわれ勤労者が会社から実際に受け取る給料額です。それを上の図で示されているように消費者物価指数で割り引いたものが実質賃金指数となります。同じ賃金でも物価が高ければ買えるものが少なくなってしまいます。そのために出てきた指標が実質賃金指数です。

下の図は立憲民主党が提示した実質賃金指数のグラフですが・・・・・
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確かにアベノミクスがはじまる2012年から落ちて横ばいになったまま、あまり上がっていませんね。
アベノミクスで実質賃金が下がってしまっているじゃないかー」とうっかり言いそうになります。

しかし気をつけなくてはならない点がいくつかあります。
これは既に多くの反論が出ていますが、雇用回復期において初任給が低くなりがちな新入社員が増えることで平均賃金が一旦下がってしまうニューカマー効果を考慮しないといけないということです。
さらに雇用回復は物価上昇の見込みによって実質賃金が下がると実業家が予想することで労働者を競うように雇い始めることからはじまるということもわきまえておく必要があります。そういう動きが出始めると企業はどんどん賃金を上げていかねば他の会社に人材を奪われて人手を確保することが難しくなってきます。そうなる前に企業はわれ先にと人を雇うようになります。このことはケインズが『一般理論』の中で「労働需要の拡大のためには、名目賃金の低下は必要ないが、実質賃金の低下は必要だ」と述べています。

名目賃金と実質賃金の両方を示したグラフを見てみましょう。
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引用 山本博一さんのブログ記事「いまだに実質賃金ガーと言っているんですか?」より

ケインズが言うようにアベノミクスがはじまった2013年から一旦実質賃金が下がりますが、2015年あたりから名目賃金にトレースされるような形で実質賃金も上がっていますね。

それと実質賃金だけを見て上がっただの下がっただのと騒ぐことは大きな落とし穴があります。
それは不景気で雇用が悪化し、手取りの給料が下がっているにも関わらず、実質賃金が上がるときがあるということです。
実質賃金は上で述べたように物価の動きも絡んできますが、不景気でモノが売れず物価が下がりデフレとなると、企業側はさほど儲けがないにも関わらず従業員に割高な賃金を払い続けないといけません。会社側が我慢して従業員を雇い続けている間は物価が下がって労働者にとって実質賃金が上がっていいと思うかも知れませんが、企業側は従業員のクビを切りたいという動機がどんどん強まります。割高な賃金を支払っているのだから、雇った労働者にそれに見合うだけの稼ぎを出して来い!と雇い主は言いたくなるでしょう。

下は某中華料理店創業者の画像で、何十年前のものですが
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40万給料もろうてる!大体お前食べ物屋の商売してるのに、無精ヒゲを生やして店に出てるという事はね、やっぱり君はこの店に対してのね、数字が悪いという事を表現している。気合い入れてやれよ!お前! 

と従業員に喝を入れております。デフレ状態だと経営者は余計そう言いたくなるでしょう。

デフレ状態で収益が伸びないのに実質賃金だけが上がると、企業は雇用をできるだけ絞って少人数で業務をこなさせるような形にします。デフレ状態の中の実質賃金上昇は決して労働者にとって甘いものではありません。

同じ実質賃金でも需要のパイを大きくし、名目賃金が上昇していく中での実質賃金上昇でないといけないのです。

次回は企業の内部留保労働分配率の話です。

こちらでも政治等に関する記事を書いています。

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