新・暮らしの経済手帖 ~時評編~

わたしたちの暮らしを大切にするための経済解説サイトを目指して開設しました。こちらは時評編で基礎知識編もあります。

勘違いされがちな企業の内部留保や労働分配率のこと

低所得者層から中所得者層の生活水準向上のための経済政策のあり方を問う目的で書き進めている「貧困・雇用・格差問題 」編ですが、この問題が議論されるときに起きやすい解雇規制や最低賃金、実質賃金などに関する様々な誤解について指摘し続けております。一見保守的かつ企業寄りに見える内容の記事ですが、労働者にとって良かれと思われている主張が、逆に彼らを苦しめる結果になっている例を取り上げました。

今回は企業の「内部留保」やそれへの課税、そして労働分配率の話をしていきます。「内部留保」という言葉は企業が儲けから貯え込んでいるお金のことであるかのように騙られており、そのお金を内部留保税という形で国が徴収し再分配しろとか、労働者の賃金という形で分配しろといった主張が出てきます。
最初に申し上げておくと私も一般勤労者の所得をもっと手厚くすべきだと願っていますし、公的な低所得者層への経済的支援策も拡充していくべきだと主張し続けております。

しかしながらその主張をする際に「内部留保」という言葉を使うことは悪手だと申し上げておかねばなりません。会計に詳しい方ですと「内部留保」という言葉を聞いただけで「あ~シロウトが」となってしまい、聞く耳を持たなくなってしまいます。会計の世界で「内部留保」という言葉は遣われません。企業の決算書を読んでもそんな項目はどこにもないことに気づくはずです。あえてそれに値するものをいえば利益剰余金や利益準備金ですが、これは複式簿記の資産側ではなく負債側に記載されているもので自己資本(純資産)に含まれます。つまりはこれから行う設備投資や従業員雇用、関連企業への支払いといった新たな再投資のための資金調達源のひとつということです。

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図表引用 中嶋よしふみ氏「女子大生でも分かる、内部留保と現金の違い。
赤字はこちらで追加したもの)

ある会社がモノやサービスを生産して稼いできた利益の中から、従業員の賃金をはじめ、原材料費の購入費や設備の維持・更新、さらには所得税法人税の支払いに、資金を借りた銀行への債務償還やら株主への配当などといった経費を差し引いて残ったお金から利益剰余金や利益準備金が生まれます。
その利益剰余金や利益準備金を新たな銀行借り入れ金や社債・株式などといった方法で調達してきた資金と共に次の投資に回すのです。だから負債項目の純資産(自己資金)に利益剰余金や利益準備金が記載されることになります。

昨年業績が良好でたくさん稼いだ会社が、利益剰余金や利益準備金を活用し、新しい機械を導入したり、店舗の拡張やら、従業員の雇用を積極的に進めたとしましょう。今年投資を思い切り奮発しても、バランスシートの右側にある負債項目の利益剰余金や利益準備金は減るわけがありません。負債項目はどこから資金を調達してきたのかという記録だからです。今年度に企業が積極的に従業員に給与や賞与を弾んだり、新たな雇用を進めても「内部留保」は変化しないのです。となってくるとこれに課税する内部留保税というものがいかにナンセンスかということに気が付くと思います。

内部留保を減らすには「江戸っ子は宵の越の銭は持たぬ」といった調子で年度末ごとに全部利益を使い果たすことです。もし仮に政府が内部留保税なるものを導入してしまったら、企業は恐らく余った利益を全部株主に配当を渡してしまうなり、従業員に特別ボーナスを渡すなりして「内部留保」をスッカラカンのカーにしてしまうようなことをするでしょう。そうやって毎年毎年利益を全部使い果たして、「内部留保」がほとんどない状態にしてしまうことがほんとうに良いことでしょうか?

もし仮にリーマンショッククラスの大きな経済混乱や、何らかの理由でその会社の業績が急速に悪化したとしましょう。その会社がまったく「貯金」がない状態でいると、赤字を垂れ流し続けることになり、最悪は給与不払いやら会社倒産という事態を招きかねません。その会社の従業員が突然失職するといったことにもなりかねないのです。そう考えると「内部留保を全部吐き出せー」「内部留保に税金をかけろー」はまずいのです。
それはともかくとして内部留保税をかけるということは、お百姓さんからさんざん年貢米を取り立てた挙句に、次の年の種籾まで収奪するようなものでしょう。(旧ソ連も同じことをやらかしましたね)

ここで「雇用は人への投資」だということは何度も申し上げてきましたが、企業に賃金という形で所得分配を求めるならば、投資意欲を高めてやるのがいちばんだと思います。その有効手段が金融緩和政策だと説明してきました。企業にどんどん積極投資をし、事業拡大を計って稼ぎを増やした方がトクという状況をつくるのです。


政府が法人税やら内部留保課税などで企業からカネを召し上げて再分配してやればいいという発想が北風政策ならば、金融緩和政策は企業の投資意欲増大で雇用の活発化を促し、所得分配を促す太陽政策です。後者の方が自由主義経済らしい方法ではないでしょうか。2013年の安倍政権がはじめたアベノミクスによって、人手不足状態が続き、スーパーなどに行けばアルバイト募集のポスターや店内放送が積極的に流されています。放送内容も「ブランクがある方でもかまいません」とか「仕事の内容はやさしく親切に教えます」なんて言っているぐらいです。

次に労働分配率の話もしておきましょう。これは企業において生産された付加価値がどれだけ労働者に還元されているかを示す割合です。「(人件費÷付加価値)×100」で表します。この値が大きい企業は儲けをたくさん労働者に分配しているということになるのですが、これもまた単純な話ではありません。
労働分配率は景気がいいときは低めになり、景気が悪化すると高くなりがちです。そうなってしまう理由ですが、企業は景気が悪くなっても一度雇った従業員を簡単に解雇できませんので、他の投資や経費を削り落としてでも固定費である人件費を支払い続けないといけません。だから労働分配率が上がってしまいます。散々稼ぎまくっている会社でありながら、人件費を極度に圧縮して、ワンマン経営者だけがウハウハしているような状況はとんでもないことですが、将来に向けた研究開発や設備投資を怠ってしまう経営もまたまずいことでしょう。あと不況期や万が一の業績悪化に備えた貯えがなければ、従業の雇用を守り続けることもできません。


労働者に所得分配がしっかり進んでいるかどうかについては雇用量と分配された所得額を掛け合わせた数字で見るべきでしょう。これが増えていっているのであれば企業から労働者への所得分配が進んでいるとみていいのです。あまりにも労働分配率のことばかりに気を取られ過ぎてしまうような見方は感心しません。

とはいえどリーマンショックを受けていた2009年の記事ですが、1990年代以降に日本の会社は労働者への労働分配よりも外国人投資家への株主配当を優先するようになってしまったという批判もなされています。
参考
 J.P.モルガン証券会社 株式調査部 チーフ ストラテジスト 北野 一

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1990年代より労働分配率がじりじり下がる一方で、株主分配率の方は逆に上がってきています。

こちらの記事「岩井克人教授によるピケティ「21世紀の資本」に対する論評 」でも書いたとおり、岩井克人教授も極端な株主主権論やエージェンシー理論にかぶれてしまった企業経営についての批判をされておりました。

次回はいつまでも1980年代の労働運動戦術にしがみつき続ける日本の左派政党についての批判です。松尾匡教授が突如はじめだした薔薇マークキャンペーンについても少し触れたいです。

こちらでも政治等に関する記事を書いています。

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