新・暮らしの経済手帖 ~時評編~

わたしたちの暮らしを大切にするための経済解説サイトを目指して開設しました。こちらは時評編で基礎知識編もあります。

経済格差と税制を考える

ずっと日本の左派政党の批判や彼らが陥りがちな解雇規制緩和や金融政策、実質賃金、企業の内部留保労働分配率に関する勘違いについて書いてきましたが、ここで再び経済格差とその是正策についての話に戻します。今回のお題はそのために設定されている所得税や資産課税、譲渡所得税ならびに相続税や各種給付についてです。

ここで世界的に発生している極端な経済格差について研究したトマ・ピケティ教授とその著書「21世紀の資本」について書いてきました。
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トマ・ピケティ教授と経済格差問題に関する記事

こちらのピケティ教授に対する評価については概ね支持しつつも、日本の貧困や経済格差の実情とは異なる点があり、ピケティ教授の指摘や提言をそのまま日本に当てはめにくい面があるというものです。日本はピケティ教授自身が驚くぐらい、欧米や中国に比べると極端な経済格差がないものの、国全体の経済成長が長期に渡り停滞し続けたために国民の低所得化や貧困の増大が進んでしまっていることをこちらで指摘しました。そのため貧困や経済格差問題に対する処方箋がピケティ教授のものと若干異なってきます。こちらの主張は所得再分配も大事だが、まずは適切な金融財政政策によって、安定した雇用需要を確保していく方が先決だというものです。

とはいえど日本においても経済格差を格差を是正する再分配政策がまったく必要なわけではないことも確かです。適切な金融財政政策で国全体のマクロ経済の安定を計ったとしても、各個々人すべてが貧困状態から抜け出せるわけではありません。人それぞれ生まれ持った能力や置かれている境遇は異なっており、本人の努力の有無によらない経済格差はどこの国でも、どんな時代でも起きることです。さらに企業が行っている所得分配のあり方が常に公正(justice)であるとは限りません。すべての企業ではないですが、ワンマン経営者が従業員を過労死に追い込むほど過酷な条件で働かせ、それによって得た収益を独占してしまっているような場面も少なくないでしょう。

その人が労働という形での社会貢献によって得た所得は、その人のものである。それは当然のことです。高い貢献や大きな労苦、努力をしてきた人に対し、多額の報酬を支払うべきでしょう。たとえかなり高額な報酬であったとしても、それに見合う貢献をしてきた人ならば、それを受け取る権利があります。
しかしながら実業や実働に従事せず、株や不動産などの投機や転売行為だけで利益を得たり、天下りや利益誘導で超過利潤をかすめ盗ろうとするレントシーカーというべき人たちが存在することも確かです。その見分けや振り分けは非常に難しいところですが、放置はできません。

1990年代以降の日本においても、岩井克人教授が指摘してきたような極度の株主主権論やエージェンシー理論に基づくコーポレートガバナンスアメリカやUKほどではないにしても拡がりつつあるのは確かです。年間数億円以上の超高額報酬を要求するスーパーマネージャー(経営者)が日本でも目立つようになってきました。民間企業の経営や統治は国が干渉すべきではなく、その企業に参画する経営者・従業員・株主などといった関係者同士の交渉によって決めるべきことですが、経営者の超高額報酬や株主優先型経営が社会や経済全体において望ましいものであるとは言い切れなくなっているのではないでしょうか。
いくら有能な人であっても、その人ひとりの力で数億円以上のモノやサービスを産みだせる例ってどれだけあるの?と私個人は思えてなりません。「自分は日産にそれだけの貢献をしている」といって何十億円にものぼる報酬を得てきたカルロス・ゴーンという人が日産から追放されましたが、彼がいなくなっても日産という会社はちゃんと動いています。多大な貢献をしているふりをして高額な報酬を得ている人はごまんといるという現実があります。

ということで公正な所得分配のあり方について議論を始め出したら延々とキリがないのですが、ひとつの社会的妥協線ないしは協定としてあるのが所得税であると思われます。個人の能力や意欲、貢献量の差によって生ずる所得差については問わないけれども、何億円にものぼる極端すぎる巨額所得についてはさすがに公正さや妥当性が疑われるでしょう。

さらに生まれながらにしての経済格差を是正するための譲渡税や相続税、資産税というのも必要になってきます。これらの課税は競争に参加する人たちのスタートラインを揃えるアジャスト(adjust-公正化・調整)といえるものです。病気や障碍をもった人への医療や福祉サービス、所得保障もadjustに含まれます。下のイラストは平等と正義(justice)の違いを描いたものでしょう。

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あと経済格差是正のための租税として多くあげられるのは企業の収益や資産に対する課税である法人税の強化や内部留保課税です。しかしながらこれらの租税についてはあまり積極的に推し進める気になれないというのが私の見解です。内部留保課税はおかしいという話は「勘違いされがちな企業の内部留保や労働分配率のこと 」でしました。
民間企業に対し、極端に法人税など高い租税を課すことによって、その企業が国外に移転してしまったり、資産を他国に移してしまう可能性があります。金の卵を産むニワトリを外へ逃がすようなことになりかねません。さらに企業は大きなリスクを背負って莫大な投資を行います。危険を冒してまで稼いできた収益を根こそぎ国家が吸い上げてしまうようなことをすれば、企業は投資をして事業を拡大させるという意欲や動機を奪いかねません。さらに企業は所得税も支払っていますし、日本の場合ですと従業員の社会保険料まで負担しているのです。
企業は基本的に稼いできたお金を死蔵させたままにせず、それを元手に再投資して、さらなる稼ぎを生み出そうとします。お金を寝かしたままにしないのが企業です。
最終的に税の網をしかけるのは企業よりも、そのオーナーや経営者、株の配当を受ける者でいいかと思います。高額報酬や株式などの配当といった所得に課税すればいいでしょう。賛否両論がありますが、私の個人的意見を申せば日本の所得税制を第2次世界大戦後から1980年代までのように最高税率60~70%に戻すことも考えてみるべきではないかと思っています。

日本の所得税最高税率は1980年代までにおいて国税地方税を合わせて最高で93%に設定していたことがあります。しかしながらバブル崩壊後の1990年代より最高税率を50%まで引き下げてしました。その代わりに消費税率を5%に引き上げます。当時の保守系政治家や財界トップが「日本の所得税率が他国に比べて高すぎるため企業家精神を奪う、就労意欲を減退させる」と考えていたからです。さらには「日本の所得税課税最低限が高すぎ、所得税を支払わない人が多いのは不公平だ」という見方を持っていました。所得税減税がバブル崩壊で低迷した日本経済の再生策だと信じ込んでいたのです。

このように日本の税制は米英流に転換していったのですが、日本経済の再生どころか「失われた20年」という長期の経済低迷を経験することになります。前にも申しましたように私は解雇規制緩和には賛成するのですが、「所得税を引き下げることが企業精神や勤労意欲を向上させ、日本経済全体の発展につながるのだ」という発想は理解しがたいです。

次回は消費税のことについてです。

こちらでも政治等に関する記事を書いています。

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