新・暮らしの経済手帖 ~時評編~

わたしたちの暮らしを大切にするための経済解説サイトを目指して開設しました。こちらは時評編で基礎知識編もあります。

世界各国で行われたベーシックインカム実験

今回はこれまで浮上してきたベーシックインカム構想や実験についての話です。何年か前にいくつもの国や地域でベーシックインカム導入法案が提出されたり、実験が行われてきました。マスコミなどで割りと大きく取り上げられたのはスイスのベーシックインカム法案の国民投票フィンランドベーシックインカム実験です。他にもカナダやオランダ・ユヒレイト市などで導入実験が行われました。ベーシックインカムの実験を行った国や地域の実例は下のサイトで紹介されています。

 (ただし2017年2月に書かれた記事で、2019年現在、実験中止になった事例がいくつかあります。)

1 ケニア (慈善団体GiveDirectlyによる実験)12年間に渡り実験継続中
2 フィンランド (政府系経済機関Kelaによる実験) 2018年12月で実験終了
3 カリフォルニア州オークランド (Y Combinatorによる実験) 
4 オランダ・ユトレヒト 
5 カナダ・オンタリオ 保守系の首相に交代し、予定より早く2019年3月に実験中止
6 インド
7 イタリア・リボルノ
8 ウガンダ非営利団体Eightによる実験)

あとドイツでも2019年5月からベーシックインカム実験がはじまるという話が出ています。ヨーロッパを中心にベーシックインカム実現を公約に採り入れた政党や選挙候補者が散見され、今後も実験例は増えていくものだと思われます。

いまのところ行われているベーシックインカム実験は民間の非営利団体や慈善団体などが行っているものや、限られた地域でごく短期間かつ狭い対象者に限定されたものが多いです。比較的大規模で世界中で注目を集めたフィンランドやカナダのオンタリオ州で行われた実験は、残念ながら既に実験終了となったか、途中で打ち切られてしまっています。スイスのベーシックインカム法案の国民投票ですが、こちらも反対多数で否決されました。
この2つの実験と1つの国民投票について、軽く考察していきます。

まずフィンランドのBI実験は2017年1月から当初2年間の予定ではじまりました。
イメージ 1
フィンランドのBI試験運用の制度設計に当たったオリ・カンガス教授

予定どおり2年間実験が続けられましたが、フィンランド政府は実験の継続を承認しませんでした。
ベーシックインカムの研究をされている同志社大学山森亮さんが直接フィンランドまで出向き、現地の状況を見て来られましたが、政府が行った実験はBIを提案していたKeraが求めていたものからかなり遠く、実験対象者を失業者だけに限定したものに骨抜きさせられていたようです。


政府は最初から「BI実験失敗」の結論ありきで進められていたのです。
先日この実験の中間結果が発表されましたが、「ベーシックインカムによる雇用促進効果はないが、給付対象者の幸福感は向上」と伝えられます。


どうもフィンランド政府は既存の失業給付制度より、失業者の再就職につながらなければBI失敗だと考えているのではないかと思えてなりません。
私がフィンランドでBI実験を実施するというニュースを知ったときに、詳細を調べてみると、濫立する既存社会保障制度の統合や労働者の勤労意欲向上につながるかどうかという話が出ていました。フィンランド政府がBI実験をやった目的は、国民の厚生福利向上よりも、緊縮財政が狙いであったように感じられました。

現在フィンランド政府が進めようとしているのは、労働者の勤労を促し、失業給付金等を最小限に留める自助努力型の「アクティベーション・モデル」です。さらに政府は2017年の秋に、失業手当給付に求職に向けた活動実績などの条件をつけるなどといった給付厳格化が決められ、2018年1月から実施されました。俗にいう「緊縮シバキ路線」へ傾いています。
イメージ 2
フィンランド政府が進める失業給付厳格化に抗議するデモ隊

それと木村正人さんの記事の最後に書かれていますが、フィンランドはかつては稼ぎ頭だった電子機械メーカーのノキアの業績が芳しくなく、国全体の景気や雇用がぱっとしません。この国はEUに加盟しており、通貨はユーロですが、これが現状のフィンランドにとっては高すぎて輸出競争力をますます削いでいます。

EU加盟国の問題

こういう状態ですとベーシックインカムの財源はどうするのか?という疑問や不安、不満を持つ人が増えてしまいます。そういう状態の中でフィンランド政府は手厚すぎる社会保障費を抑え込もうとするのです。

次にカナダのオンタリオ州で行われていたベーシックインカム実験です。これは自由党の前州首相キャサリン・ウィン氏が2017年7月からはじめたもので、当初は3年続ける計画でした。しかしウィン氏の支持率は低迷し続け、2018年6月の州首相選挙で進歩保守党のダグ・フォード氏に敗れ、政権交代となります。オンタリオ州のBI実験が中止になったのはそのためです。
イメージ 3イメージ 4
オンタリオ州首相で自由党のキャサリン・ウィン氏と彼女から政権を奪った進歩保守党のダグ・フォード氏

Torja

フォード氏は“Put more money in your pocket”をスローガンに州民の出費を抑える小さな政府志向を前面に打ち出していました。低賃金労働者~中間層の所得減税の他、「事業の立ち上げ、成長、そして投資がしやすい環境を作る」として、最低賃金値上げのストップと法人税の減税も打ち出します。あと2003年と比べ2倍にもなってしまった電気代を引き下げることや、炭素税およびキャップアンドトレードも廃止し、さらにベーシックインカム実験も中止することを公約に掲げていました。

自分はカナダの政治や経済事情がよくわからないのですが、ウィン氏の経済政策について調べてみると左派リベラル色が強く、大きな政府志向が強かったようです。彼女らが好みそうな最低賃金引上げの他に、州のインフラ整備向上を政策に掲げており、それを実現させるために必要な2900万ドルという膨大な予算を集めるべく、公営の電力供給会社の一部民営化を行います。しかしこれが裏目に出て電気代はみるみる上昇し、州民の生活費を大きく圧迫させてしまいます。これがウィン氏失脚の元凶だったといえましょう。

一見するとウィン氏が行ってきた連続的な最低賃金引上げは労働者よりの政策に見えますが、必ずしもそうではないと、ここのブログサイトで述べてきました。

この流れを読むとウィン氏時代のオンタリオ州政は財政肥大化で高インフレと高失業が同時に起きるスタグフレーションを招いた1970年代の世界各国とよく似ていると感じました。 


ダグ・フォードはかつてのマーガレット・サッチャーUK首相やロナルド・レーガン米大統領小泉純一郎総理のように、膨張した財政を引き締めるかわりに、税負担をなるべく減らし、民間企業が活動しやすいよう規制緩和を積極的にやったのと同じ政策手法を採るでしょう。

ついでに言いますとカナダの現大統領はウィン氏と同じく自由党ジャスティン・トルドー氏で、若くイケメンで「清廉・フェミニスト・多様性尊重」のイメージを持たれ国民からの人気を得ていましたが、2019年にカナダ大手建設会社によるリビアでの贈賄疑惑が刑事裁判化するのを回避する目的で、彼が女性司法長官に圧力をかけたというスキャンダルが発覚します。これによってトルドー政権の支持率が急落している状況です。
イメージ 5
人気急落のジャスティン・トルドー・カナダ大統領(自由党

フィンランドとカナダ・オンタリオ州の事例は各国の報道機関が「ベーシックインカム実験失敗」だと報じますが、それは底の浅い見方でしかありません。ベーシックインカムの制度問題よりも、それを行った国や州首相のマクロ経済政策の失敗に目を向けるべきです。

ベーシックインカムを実現させるにはそれを行う国の経済運営や政府の財政基盤をかなり強固にしないといけません。BI導入の前に民間企業の活動を旺盛にし、雇用吸収を最大化させるマクロ経済政策を優先すべきでしょう。ベーシックインカムの議論はそれ単体だけではなく、経済・財政基盤の強化も併せて議論すべきです。

サイト管理人 凡人オヤマダ ツイッター https://twitter.com/aindanet