新・暮らしの経済手帖 ~時評編~

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恐慌を食い止めよ その5 ヘリコプターマネーは禁じ手か? インフレターゲットの重要性

果敢な金融緩和政策と財政出動で昭和恐慌の危機を脱した高橋是清蔵相のリフレ政策ですが、1936年(昭和11年)に皇道派軍人が起こした2・26事件で惨殺されました。高橋財政でゆるやかなインフレ(リフレーション)状態を生み政策目的を果たしたため、高橋は徐々に財政出動を縮小し出口戦略を計っていたところです。

しかし満州事変のときより軍部の圧力が強くなり、その暴走が顕著になってきました。軍事予算拡大の障害となる政治家を暴力的な手段で抹殺していくことも厭わなくなります。高橋を蔵相に起用した犬養毅首相は1932年(昭和7年)の5・15事件で射殺され、犬養の前に政権を担い軍縮を進めていた濱口雄幸井上準之助元蔵相もテロリストの凶弾に倒れます。犬養の後に首相となった斎藤実は海軍大将の軍人でしたが、彼でも軍部の圧力を抑えるのが困難になり高橋と共に2・26事件で暗殺されました。

高橋暗殺後に蔵相となった馬場鍈一は高橋の公債漸減主義を放棄し、軍備増強と地方振興のためと称して公債増発と増税を進めていきます。ここから日本の軍事費と国債の膨張がはじまりました。馬場財政は軍需をあてにした商社の輸入急増で円相場が大きく下落し、輸入物資の高騰を招きます。

高橋財政の5年間は実質GNP成長率が年率7.9%伸びており、消費者物価上昇率も年率1.7%と穏やかな伸びでした。しっかり経済成長が回復し、なおかつ物価も極端に上がっていない理想的なリフレーション状態だったといえましょう。
しかし馬場財政になった4年間は消費者物価上昇率が14.2%と高インフレになっています。にも関わらず実質GNP成長率は年率4.9%と高橋財政のときより3%も落ち込みました。

馬場蔵相の代は財界から不信を買い4年で終わりましたが、その後も日本は軍事費拡大で負債を膨張させ続けます。国債の日銀引き受けだけではなく国民にも半強制的に軍事国債の購入を押し付けました。その結果がどういうことになったかは言うまでもないでしょう。敗戦と共に軍事国債は紙クズとなって国家財政破綻です。

このことは日銀にとって大きな黒歴史となってしまい、高橋是清が昭和恐慌脱出のために導入した国債の日銀直接引き受けも禁じ手とされてしまいました。日銀引き受けだけではなく市中銀行からの国債買い受けでさえも避けられてきました。第2次安倍政権とその発足後に就任した黒田東彦日銀総裁が異次元の金融緩和を実施するときに国債の日銀買い受けを大胆に進めると宣言したときも「ハイパーインフレを起こす」と大騒ぎした学者が大勢います。

しかし私は国債の日銀直接引き受け(ヘリコプターマネー)といわれる金融政策自体は悪いものでないと考えます。恐慌のように深刻な需要ショックがおき、量倒産や失業者の発生でその救済の緊急性が高い場合にヘリコプターマネーは最も即効性が高い有力手段になります。ですのでヘリマネという政策選択肢を捨てるべきではないのです。

問題はヘリマネを実施するか否かではなく、負債の異常膨張というモラルハザードの進行にあります。旧軍部は高橋是清を殺害してヘリマネという打ち出の小槌を奪い取りました。旧軍部は無制限にこの打ち出の小槌を使って負債をどんどん発生させてしまったのです。
負債の異常膨張で思い出していただきたいのは銀行融資によってマネーを発生させる信用創造のしくみと投機ブームによるバブル経済発生の流れです。


旧軍部がやったことと、バブルを発生させ恐慌を招いた銀行や投機家の行動って似ていませんか?
両者とも誇大妄想にとり憑かれ実物経済以上に負債を異常膨張させています。彼らは何でも無制限にできてしまうと信じ込んでいるから恐ろしいのです。

このような負債の異常膨張は信用貨幣制度・ヘリコプターマネー双方で起きてきたことです。つまりは貨幣の発生のさせ方云々ではなく、負債の異常膨張を防ぐリミッターをシステムに仕込んでいないことが問題だということです。
現代において信用貨幣制度の場合、預金準備制度によって一定の割合以上のお金を膨らませてはいけないという制限がかけられています。また中央銀行が金融政策によって金利を引き締め、融資(信用創造)にブレーキをかけることも行っています。ヘリコプターマネーにもリミッターをつけることができます。それはインフレターゲットです。

インフレターゲットという言葉は先に述べた安倍政権・黒田日銀が進めている金融緩和政策の政策説明で耳にされた方が多いかと思います。この場合はインフレターゲットを銀行の融資や企業の投資を引っ張り上げるための手段として用いていますが、同時に緩和が行き過ぎてインフレが進み過ぎた場合に「もう緩和をやめますよ」というシグナルを市場に送ってインフレを抑える役目もあります。インタゲはアクセルでもありブレーキでもあるのです。

歴史に「もしも」は禁物ですが、もし仮に高橋是清インフレターゲットを宣誓してリフレ政策を進めていたらと思うことがあります。インタゲを導入していたとしても軍部の圧力を抑えきれなかったかも知れませんが、負債の膨張を防ぐ一助になっていた可能性があります。

経済・金融政策は裁量ではなくルールで行うべきものです。インフレターゲットというルールに基づいて金融緩和やヘリコプターマネーを実施していけばハイパーインフレを引き起こす危険は小さくなります

負債の異常膨張はヘリコプターマネー・政府貨幣よりも信用貨幣制度の方が制御しにくいです。信用創造は銀行が市民の手が届かないところで勝手にやっていることです。もし仮に銀行や一部投機家たちが投機ブームに酔って勝手にどんどん信用膨張させていても、市民や政府・中央銀行はそれを直接的に止めることはできません。ヘリコプターマネー・政府貨幣は議会制民主主義の下で直接的にマネーの発行や供給の管理することが可能です。インフレターゲットという線引きをしっかりやればハイパーインフレのリスクをうんと小さくできます。

「お金の生み方と配り方を変えれば 暮らしが変わります」

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