新・暮らしの経済手帖 ~時評編~

わたしたちの暮らしを大切にするための経済解説サイトを目指して開設しました。こちらは時評編で基礎知識編もあります。

2017-09-01から1ヶ月間の記事一覧

ポストバブル経済モデルの構築失敗と日本病の始点となった1990年代

また自分の想い出話となりますが、大学時代にある講師の先生と親しくなり、講義が終わった晩にいつも食事を共にさせていただいておりました。そのときはちょうどバブル経済が崩壊したばかりの頃だったのですが、これからの日本経済や社会の動きはどうなるの…

デフレと清貧志向が破壊した日本のものづくり

1990年代の世相を振り返る話の3回目になりますが、今回は自動車産業を中心にデフレの問題について話をします。バブル期から一転して日本人が豊かさを追い求める心を忘れ、ものづくり文化が貧しいものになってしまったことです。終戦後の復興から高度成長期を…

労働者にバブルの尻ぬぐいを押し付けた御都合主義の日経連提言(1995年「新時代の日本経営」)

マクロ経済の話から少し離れて1990年代の世相を振り返っています。バブルが崩壊したのは1992年前後あたりですが、その後日本の社会をどんどん暗く沈滞化させてしまうことを決定づけたのは1995年~1997年あたりだと自分は思っています。1997年は消費税が5%に…

不信と失望の時代に突入した1990年代 ~空疎な政治改革ブームの後に~

今回から少し経済事象の解説的な話を離れて、1990年代当時の世相を振り返ってみたいと思います。私事も交えての話になりますがご容赦ください。 バブルが崩壊した1990年代を境に日本という国はいままでとはまるで別の国になってしまったような感覚を私は抱き…

就職氷河期の発生と非正規雇用やリストラが一般化しはじめた90年代

前回まで日本のバブル景気崩壊とその後の「失われた20年」と呼ばれる異常に長い経済低迷期が発生した原因について話してきました。それは三重野日銀総裁によるバブル潰しで行った金融引き締めと橋本龍太郎政権の緊縮財政が招いたもので、銀行の信用収縮が企…

バブル崩壊後の日本経済に止めを刺した橋本龍太郎の緊縮財政

前回は1989年から1994年まで日銀総裁を務めた三重野康が行った金融引き締めが日本を「失われた20年」に追い込むことになってしまったことを書きました。 「”平成の鬼平”が引き金となった失われた20年 」 上の図のようにわたしたちが手にするお金は市中銀行が…

”平成の鬼平”が引き金となった失われた20年

前回は80年代からはじまった日本の投機バブルのことについて書きました。この投機バブルは製造業等向けの資金需要が飽和状態になりかけていた銀行が融資先を株ないしは不動産への投機へと向けてしまったことや、企業が証券会社とツルんで自社株を吊り上げ、…

日本の投機バブル発生

今回は日本の平成バブルの発生とその崩壊の過程について書きます。「バブルと恐慌の発生」編で1929年の世界大恐慌前にアメリカで発生したバブル景気と2000年代に同じくアメリカで発生したサブ(ノン)プライムローンによる住宅バブルの発生について述べまし…