新・暮らしの経済手帖 ~時評編~

わたしたちの暮らしを大切にするための経済解説サイトを目指して開設しました。こちらは時評編で基礎知識編もあります。

中野剛志氏の貨幣と負債の認識について その2 ~信用創造の話の落とし穴~

前回から自民党の安藤裕議員を中心とするグループ勉強会で経済評論家の中野剛志氏が話したMMT(現代貨幣理論)の説明についての批評を行っています。


参考動画
自民党「日本の未来を考える勉強会」

現代貨幣理論(MMT)は独自の貨幣観と負債や財政に対する認識を持っています。動画を確認しますと前半あたりまではこのサイトの「 必読!お金が発生する仕組み 」編で述べてきたことと共通する点が多くありますが、疑問や不審点も多く感じました。

もう一度述べますが中野氏が述べる現代貨幣理論における貨幣観は以下のものです。

1 多くの人は貨幣は物々交換から生まれたという商品貨幣論を信じているが、実は違う。
2 また金や銀などと交換できることを価値の裏付けとする金属主義な見方も持っていない。
3 貨幣は負債の借用証書として発生したものである。その信用の裏付けは(債務不履行の可能性が低い)国家が行っている。
4 貨幣は国家がそれを租税手段として認めることによって、市中でのモノやサービスとの交換及び貯蓄として活用できるようになった。(国定信用貨幣論

2で書かれている金属主義の否定については私もそう捉えていますし、3の現在の貨幣が負債から発生しているという認識はそのとおりだと認識しています。いわゆる信用貨幣論です。貨幣は家計・企業・政府・海外のいずれかの部門が負債を発生させないと生まれませんし、その負債をすべて消滅させると市中のお金も全部消えてしまいます。ですのである程度の負債・借金は存在しないといけないことに間違いはありません。

このことは井上純一さんが描かれている経済マンガ「キミのお金はどこへ消えるのか」の第3話でも説明されております。監修をされている飯田泰之先生はリフレ派と云われる人ですが、お金は借りたものを返すという信用を媒介してモノを交換するものだという点をきちんと説明しておられます。中野氏らはリフレ派は信用貨幣論を理解していないなどと述べていますが間違いです。

今回は財政の話を中心にしたいので後に改めてという形にしたいですが、リフレーション政策のロジックも信用貨幣論が頭に入っていないと理解できませんし、日銀の国債買受によって現金を生み出す財政ファイナンスも説明できません。 参考 「量的緩和政策による財政ファイナンスと大型財政出動

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負債を生まないとお金が生まれないという認識自体は現代貨幣理論に限定したものではありません。経済学を勉強したことのある人の中で当たりまえのように認識されていることです。

しかしながら現代貨幣理論論者たちの認識や主張が特異であるのは、国家が財政赤字を生まないといけないと考えてしまっている点です。また政府が財政赤字を拡大すればするほど国民の資産が殖えて豊かになると思い込んでいることは大きな落とし穴といえましょう。国家財政が黒字であってはいけない・財政均衡を目指してはいけないなどという暴論へとつながりかねません。

一応動画において中野氏はインフレ発生が貨幣発行増の上限であることや、イングランド中央銀行による「借り手の返済能力が負債・貨幣発生の制約条件」という説明も紹介しています。当然のことです。私もインフレターゲットを金融政策や財政政策のリミッターとして設定すればいいという考えを何度か提示しております。

しかしながら中野氏やMMT論者の話を聞くと民間企業は既に投資意欲がほとんどなく、国家が信用創造をしてやらないと貨幣が生まれないと言っているかのように聞こえてきます。これは国家社会主義につながりかねない発想です。いまのリフレーション政策で行われている量的緩和政策はマネタリーベースを増やしてもマネーサプライが増えていないとか、融資が増えていないから無効だなどと氏は言っていますが、これについても大きな誤りです。次の拙記事で信用乗数は極めて小さくなっており1:1の割合でというわけではないが、リフレーション政策が始まって以来、マネーサプライや投融資の活発化はちゃんと現れていることを論証しました。


企業が投資を活発にしはじめたということは企業が保有しているお金を市中へ回し始めたということです。「黒田日銀総裁は信用貨幣論を理解していない」なんて経済・金融政策の基本が全然わかっていないとしか言い様がありません。

岩田規久男元日銀副総裁が書かれた本の一節です。
 「多くの人が誤解しているが、マネタリー・ベースの持続的な拡大によるデフレ脱却は、中央銀行がばら撒いた貨幣を民間がモノやサービスに使うことから始まるのではなく、自分が持っている貨幣を使って株式を買ったり、外貨預金をしたりすることから始まるのである。」

岩田規久男先生は名前こそ出していませんが、ケインズ流動性選好仮説のことも承知され、それを汲み入れて理論を構築されておられると思われます。むしろ中野氏の方がケインズ理論の核心を理解しているようには思えず、また外生的貨幣供給説や貨幣数量説(マネタリスト)的な思考に囚われているように感じます。

この点の批判は再度改めて申しますが、中野氏らは財政政策に偏向し過ぎてしまい、国家がどんどん借金をつくらないと景気がよくならないと思い込んでいることは大きな問題といえましょう。財政政策というハイパワードマネーを政府が市中にゴリ押しすれば簡単に景気もよくなるし、物価も上昇するという短絡的思考に彼は陥っています。だから外生的貨幣供給説的だと言うのです。企業の投資意欲向上や雇用改善が起きないまま、貨幣のみを増やして市中へ押しこんでもただ物価が上がるだけになりかねません。1970年代に発生したスタグフレーションと同じような状況になる可能性もあります。

前にテボドン東京さんがツイートした発言のことを紹介しました。(当該記事「緊縮財政が招いた財政膨張の皮肉と流動性の罠の発生 」)
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中野氏らは財政政策を増やせば嫌でもマネーサプライが上昇して物価も上昇し、企業の投資や個人の消費が活発になるはずだと述べておりますが、財政政策が空回りして景気回復に結びつかず、国家の累積債務だけが膨張してしまう場合もあります。その例は1990年代末期の小渕政権時代でした。

負債や貨幣をどんどん増やしても物価上昇が起きないのであればもっと増やしても構わないと考えがちですが、それは刷って増やしたお金がどこかで滞留したままだと考えられます。日本の場合国債を買うのは民間の市中銀行をはじめとする金融機関ですが、そこと財政政策による公共事業や補助金を受けた企業の資産が膨張するだけになってしまうことになりかねません。お金がモノやサービスの取引や投資・雇用に活用されないまま投機マネーに化けてしまうこともあるでしょう。

しかも財政赤字で国民の資産が増えるといっても、債務者が負債を踏み倒すようなことがあれば資産も一気に消失します。終戦後の日本で起きたのはそれです。

物価上昇を負債や貨幣の発行上限にすることを設定するのは当然ですが、中野氏のように債務残高対GDP成長率を無視してしまうのはまずいことです。実物財以上の貨幣や負債が殖えることは悪性インフレだけではなく、投機バブルの発生につながる可能性を含んでいます。

デフレは貨幣価値がどんどん高騰する「お金のバブル」というべき状況だと言われています。いくら財政赤字国債・貨幣を増やしても物価上昇が起きていないのだから、もっと増やせばいいというのは株や不動産などの資産バブルのときにその値上がりをあてにする行動と同じです。日本は四半世紀も貨幣価値のバブルが続いてしまい当然化してしまっていますが、これが永久に続くことはないと考えておくべきでしょう。いまのリフレーション政策はそのバブルをゆっくり静かに縮小していく作業だといえます。

話が長くなったのでここでひと区切りをつけますが、次回はMMTの金融政策観と租税に対する認識についての問題を取り上げます。


~お知らせ~
今後日本の政局や北朝鮮問題についての論考は下記ブログで掲載していきます。

「お金の生み方と配り方を変えれば 暮らしが変わります」

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