震災復興費は誰のものか~被災者への直接給付/支援こそが復興の早道~
前回につづき東日本大震災の復旧・復興についてです。震災のドサクサに紛れるかのごとく、官僚色の強い自民党総裁・谷垣禎一氏らがレームダック化した民主党・菅直人政権を丸め込むような形で、増税工作や土木系を中心とする大規模な公共事業の押し込みを計ってきました。谷垣氏は震災から数日も経たぬうちに復興税と復興ディールなどという言葉を口にしています。私はこれを聞いて怒りがこみ上げてきました。被災地・者の生活再建を視野に入れていないと感じ取ったのです。震災発生後から2020年までの間に30兆円規模の復興予算が投じられますが、これらの予算が被災地・者の実情や要望に沿ったものであったとは言い難いものです。
舟山氏のブログ記事 「復興予算―グループ補助金と国内立地補助金の問題点」
さらに経済学者で現在日銀の審議委員を務めておられる原田泰先生が「震災復興~欺瞞の構図~」という本を書かれております。
原田先生の本の内容を抜粋したブログ記事がありましたのでこちらの載せておきます。
山口増海氏ブログ
原田泰氏の震災復興欺瞞の構図(1) (23まであり)
あと原田先生がWedgeで書かれた震災復興費についてのコラム記事と読まれた方の書評です。
原田先生の記事
1兆円も余った復興予算のムダ
中里 透 上智大学経済学部准教授の書評 東洋経済「原田泰著 震災復興 欺瞞の構図 被災者の生活再建への直接支援を勧める」
田中秀臣先生
原田先生のまず東日本大震災の被害総額の計算がかなり多く盛られている可能性を指摘します。原田先生の計算によれば「震災復興に 20 兆円くらいかかるというのは大嘘で、実は被害は 5 兆円程度」というものになります。この計算は失った資産が使用開始から何年~何十年も経った中古物件であるという前提で行われており、私の目から見てもかなり辛目という感想を持ちましたが、それでも無視すべきではない指摘でしょう。
逆をいえば被災者を含めた多くの国民に大きな負担をかけなくてもしっかりとした復興政策を実現できるということも言えるのです。
そして何よりも読んで驚くと共に感嘆したのは原田先生の復興案でした。被災者個人の生活再建や被災企業の経営再建に必要な資金を直接給付したり支援した方が効果的で安上がりな復興政策になるという提案です。わが意を得たりと思うものがありました。
原田先生は2年間ほどしか設置しないプレハブ式の仮設住宅に疑問を持ち、その設置費用や撤去費用、そして最終的な被災者の住居となる復興住宅建設までを含めたコスト計算を行います。プレハブの仮設住宅設置費用は一戸あたり500万円であり、住民ひとりあたり月20万円の住宅補助金を出しているも同然と仰います。ならばその500万円を最初から住居を失った被災者に現金給付した方が無駄がなくていいではないかといわれるのです。その500万円を住宅再建のローン頭金に遣ってもいいでしょうし、どこかで家を借りるという選択だってあります。夏は熱く冬は凍えそうなプレハブ小屋よりもどこかの借家の方がはるかに居心地はましでしょう。
そしてさらに原田先生は土地のかさ上げや高台移転に対しても、極めて高コストであると異議を唱えます。ある集落の高台移転にかかる費用が4000億円だとしたら一戸あたりの移転コストは3000万円もかかると算定します。あと4mの高さに及ぶ土地かさ上げの場合、そこへ建物を建てようとすると土地がふかふかで安定していないためにコンクリートパイルを打ち込む必要があります。これなら土地のかさ上げをせずに鉄筋コンクリート建ての住宅を再建し、一階部分を駐車場にして二階以上を住居にすれば命を失う可能性が少ないとされます。ただ自分の見方では南三陸町のようにかなりの高さで津波が襲ってしまったような場所ですと高台移転が必要ではないかと考えましたが、場所によっては原田案は一考の余地がありそうです。
そして私も同様の疑問を持ちましたが、国や自治体の災害復興策は街全体の再開発事業や道路・防災施設などのインフラ整備が主軸であり、被災者個人の生活再建や被災企業の事業再開に対する公的救済はほとんどありませんでした。被災者並びに被災企業は自力再建が基本となっています。個人や私企業に税金で失った資産の補填をすることは憲法違反であると多くの役所は解釈しています。原田先生も国や自治体は個人並びに私企業の資産を補填する義務はないと本で述べてあります。
ただし現実問題として街全体が壊滅状態になり、そこに住む人の生活基盤や所得獲得手段が失われたままの状態であると、その街全体の経済活動が機能停止してしまい、人口の流出や地域経済の崩壊を招きます。地震や津波で住居を失った人たちにいち早く住居を再建してもらい、仕事に必要な資材を揃えて事業を再開してもらわないと街全体が沈滞化してしまいます。
阪神淡路大震災で被災した神戸市長田区や北海道の奥尻島の例を原田先生は取り上げていますが、両者とも巨額の資金を投じて街の区画整理やショッピングセンター・防災施設などのインフラ整備を行ったものの、人がどんどん流出してゴーストタウンになってしまったと述べています。一人4000万円近くの公費を投じておきながら、それが無意味と化したのです。ならばその4000万円を被災者に直接手渡した方が家を再建したり、事業再開につながったのではないでしょうか。ちなみに長田区の場合、靴などの革製品加工業者が多くありましたが、震災によって事業をそのまま廃業してしまった例が多かったようです。そうした人たちが生活保護の支給に頼ってしまうようなことになれば、ますます国や自治体の財政悪化を加速させます。
国や自治体は今後の防災のためとか地場産業発展のためとか称して、あれやこれやと公共事業を作り出していきます。「フルアーマー」と言いたくなるほど重装備の防災対策を何千億円もかけて次々と行っていくのですが、肥大化した復興事業が数年~10年近くもの期間を要し、それが被災地の企業の営業再開を妨げたり、人口流出の元凶になってしまう危険性も考慮しないといけません。なるべくコンパクトな復興事業計画とし、短い期間でそれを完了させる考えが必要でしょう。しかも建設業界の人手不足は深刻化しております。限られた人材を効率的に活用する必要性があるはずです。
お金とそれを遣う裁量権が国民から官へと奪いとられ、官は国民から巻き上げたお金を「被災者のため」と言いながら湯水のように濫用していく流れが出来てしまったのです。その延長線上に超大物(ワル)といわれた財務次官・勝栄二郎らが仕組んだ消費税引き上げ工作があります。
原田泰先生がこの本を書かれた動機のひとつに官の肥大化を警告する意味合いがあったことが想像されます。原田先生はかなりの市場原理主義者で小さな政府志向が強い方です。同じ巨額の復興費を支払うならば官の干渉をなるべく小さくし、被災者や被災企業に直接効率的に手渡した方がいいという考えを持たれたのでしょう。
原田先生はのちにベーシックインカムに関する本も出されますが、この考え方の延長線で書かれたものと見なせます。
次回は民主党・野田政権時代の放漫財政について述べます。
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