新・暮らしの経済手帖 ~時評編~

わたしたちの暮らしを大切にするための経済解説サイトを目指して開設しました。こちらは時評編で基礎知識編もあります。

需要と供給の関係が歪な保育・福祉業界 ~官製統制市場の矛盾~

前回「荒廃する保育所のひどい実態」に続く保育所の運営問題です。保育需要がどんどん増加していく一方で、サービスの供給側である保育現場が荒廃し、粗雑な保育が行われていたり、保育士がどんどん離職していくという惨状について述べました。今回は経済学的に保育業界の需要と供給の不均衡がどうして起きるのか?待機児童問題や保育士が低賃金・低待遇である背景について見ていきましょう。

おさらいになりますが、保育所の運営経費は国や地方公共団体から支払われる補助金で賄われています。保育所の利用者から保育料を徴収してはいますが、ほんのごく一部だけの負担です。子どもの保育にかかる費用の多くは税金から支払われております。

国や地方公共団体が支払う保育所の運営補助金はその保育所に入所している子どもの数や年齢に応じて算定されます。乳児の場合は補助金が高く、それより年齢が高くなる幼児では低くなっていきます。最低限配置すべき職員の数も入所している子どもの数に応じて決められています。0歳児ですと最も補助金が高く、月額ひとりあたり21万円も補助金が出ますが、6歳児になってくると月額ひとりあたり6万9千円に下がります。


こちらのサイトを確認すると0歳児では毎月約41万円の保育費用が必要であり、利用者の自己負担分を除くと39万円が税金で支払われていると指摘しています。

一方認可保育所に子どもを預ける親が支払う保育料ですが、上に比べてかなり低く抑えられています。認可保育所の利用者負担は親の所得によって大きく変わってきますが、生活保護世帯だと無料で、市町村民税が非課税の世帯だと月額6千円ほど。高額所得者だと月額10万円になることもありますが、平均すると月額2万円ほどの利用者負担です。

となってくると
保育所に支払われている運営補助金>利用者負担額
であることがおわかりいただけるかと思います。

本来保育に対して支払われているコストはかなり高いものですが、それよりもかなり低い額の利用者負担で保育サービスが受けているということです。しかし我々は税というかたちで子ども一人あたり数万円~数十万円の保育サービスを買っているのです。

無認可の保育所ですと、保育料は月額5万円~7万円が相場となっています。
参考 mamari 

イメージ 3本来はこの額が市場における保育サービスの適正相場だと見ていいでしょう。

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しかし税による補助金で保育料を引き下げると保育士が不足しているにも関わらず保育需要が増加し、大きな需給ギャップが生じます。

もし仮に公費による保育所への運営補助金や施設最低基準がないまま保育利用料が下がると、保育所の運営費が足らなくなり、保育士の給料や配置人数を減らすしかなくなります。赤字経営となって保育所は存続不可能になるでしょう。保育士の配置人数を削れられて、さらに過密労働になり、なおかつ賃金も下がれば誰も保育士になろうとしません。当然保育サービスの供給力は小さくなり劣化します。保育士の数が減ると増え続ける保育需要の超過はますます逼迫するでしょう。
そうした需給ギャップを埋めるには国や地方公共団体がもっとどんどん保育所に公費による補助金を注ぎこみ、保育士の賃金を上げたり、配置人数を増やして業務負担を軽くするしかありません。けれども今の国や地方自治体にそれができるかといえばできないと言わざるえないでしょう。官製統制市場で保育料を低い水準に抑え込むやり方は無理があります。

保育から話が少し脱線しますが、ベネズエラで起きた食糧不足問題も官製統制市場がもたらしたものです。
 ベネズエラで起きていること様 「ベネズエラの食料不足の仕組み

官製統制市場で需給バランスが崩れた保育業界の状況を改善する方法はないでしょうか。
それについて2010年に原田泰さんが待機児童問題解消のための提言をされています。保育所補助金をバラ撒くのではなく子育て世帯に現金の直接給付を行って、親が保育サービスを買うような形にしたらどうかという話です。
 大和総研 原田泰チーフエコノミスト(当時)
 「待機児童解消の妙案  」2010年08月05日

2010年8月といえば民主党政権が目玉公約として導入した子ども手当があったときでした。この子ども手当は「バラマキだー」「ポピュリズムだー」と散々批判を浴びたのですが、上の文献を読む限りにおいて原田さんはこの政策を否定的に捉えてはいないようです。
子ども手当などは見識のないバラマキで、育児支援保育所の増設など実物給付で行うべきだというインテリが多いようだが、育児支援子ども手当以上のバラマキである。」
と原田さんは述べます。
さらに原田さんは待機児童問題を解消するには超過した保育所利用需要を抑えるために保育料を1万2千円
値上げして4万2千円に設定せねばならないが、これでは多くの親から猛反発されるのは必至なので2万6000円の子ども手当を支給して、保育料の方を本来の適正相場価格である4万2千円にすればいいという案を示します。

しかしながら民主党子ども手当はもう既に無くなってしまい、原田さんの案も使えず終いになってしまったのですが、もう一人似た政策を実行しようとした政治家がいました。当時大阪維新の会の代表で大阪府知事大阪市長を務めた橋下徹氏です。
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橋下徹氏は大阪府知事時代に高校授業料無償化政策を行いますが、これは学校に助成金補助金を交付するのではなく、学校に通う保護者に授業料を直接給付するバウチャー方式の考え方を採用しました。橋下氏は塾代助成の教育クーポンや学校選択制の導入などの施策を次々と導入していきます。

そしてさらに保育園と幼稚園でも保育バウチャーに挑戦しようとしていたことがありました。

ただこの保育バウチャーの方は残念ながら議会から猛反発を食らい挫折してしまっています。利用者に直接給付する形の支援制度やバウチャーは役人や議員および特定業界の利権を潰すものでレントシーキングの余地が無くなります。だから既得権益者からバウチャーに激しい抵抗を示したのでしょう。下は橋下氏のツイートです。
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保育バウチャーや教育バウチャーは官製統制市場の矛盾や無理を解消し、市場原理に近づいていくための方策です。日本の福祉関係者の多くは市場原理という言葉を聞くと拒絶反応を示す人が多いのですが、われわれ人類は市場原理に逆らって生き続けることは基本的に不可能です。市場原理に逆らおうとしたのが社会主義国で、ベネズエラのようにハイパーインフレを引き起こしたり、旧ソ連のように破綻しました。保育や介護福祉・医療・教育も経済法則・市場原理から逃れることはできないのです。

サービスを利用し受ける側(需要)とサービスを提供する側(供給)の両者が互いに納得しあえる最適解や妥協線を決めるのは結局市場原理や競争(competition)です。これによって「売り手よし・買い手よし・世間よし」の「三方よし」が成り立つというのが経済学の考え方です。(近江商人か)

次回は「社会保障・福祉・医療問題 」編最後のテーマで生活保護問題に入っていきます。内容は民主党政権末期の2012年に発生した生活保護受給者への激しいバッシングとそれを陰で煽った財務省に対する批判をはじめ、生活保護制度そのものが抱える矛盾について論じていく予定です。

~お知らせ~
今後日本の政局や北朝鮮問題についての論考は下記ブログで掲載していきます。

「お金の生み方と配り方を変えれば 暮らしが変わります」

サイト管理人 凡人オヤマダ ツイッター https://twitter.com/aindanet
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