新・暮らしの経済手帖 ~時評編~

わたしたちの暮らしを大切にするための経済解説サイトを目指して開設しました。こちらは時評編で基礎知識編もあります。

荒廃する保育所のひどい実態

医療や介護福祉問題に続き、保育所問題について取り上げます。2016年にある匿名SNS上に書かれた「保育園落ちた日本死ね」発言によって保育所不足による待機児童問題が多くの人々の注目を集めて議論になりました。しかし保育行政は待機児童問題だけではなく、保育現場の崩壊という深刻な問題から目を反らしてはいけません。かなり劣悪な保育環境の施設が混じりこんでいる事例が増えています。

その原因については次回説明するつもりでいますが、保育業界は長年他の福祉施設と同じく官製統制市場=社会主義と同じ構造となっており、その矛盾が破綻してきたのだと見ていいでしょう。そこへ中途半端な形の異業種参入規制緩和バブル崩壊後の緊縮財政が加わり、ますます保育や介護福祉業界は歪になっていったのです。

ここでまずひとつ皆さんに知っていただかないといけないのは保育所とはどういう施設なのかということです。
この施設は児童福祉法の中に定められた児童福祉施設のひとつで、その運営は2000年に社会福祉事業法が2000年に社会福祉法へと転換するまで行政機関か社会福祉法人に委ねられてきました。
前時代的で家父長主義的な言い方をしてしまいますが、もともと保育所は(本来父親が働き、母親は子供の面倒をみるべきだが)下で掲げたような事情で「保育に欠ける状態」のときに、やむをえずお上が措置として子どもを預かり親の代わりに面倒をみてやろうという考えで生まれたものです。

児童福祉法で定義づけられている「保育が欠けた状態」「保育を必要とするもの」(保育所の入所要件)
 保護者の居宅外就労(フルタイム労働・パート労働・業としての農林漁業など)
 保護者の居宅内労働(自営・内職など)
 産前産後
 保護者の傷病または心身障害
 同居親族の介護
 災害の復旧 など

そういう意味で保育所は親や親戚などがいないか、親の事情で育児が不可能な場合にその子どもを預かって育てる児童養護施設の昼間限定版みたいな施設と位置付けられていた思っていいかも知れません。そういう法律や行政の考えであったために社会福祉法施行前までは国や地方自治体がどんどん福祉法人認可を下ろして保育所を増やしていくという動きが弱かったです。そのため不足する法人認可を受けた保育所にかわり無認可の保育所も多く生まれました。

しかし2000年に保育事業やデイサービス・訪問サービスなどの介護福祉事業への異業種参入が緩和されるとともに、国や地方自治体が支払ってきた運営費補助や職員の賃金体系が変化します。保育所は第二種社会福祉事業に振り分けられ、福祉法人以外の企業やNPO団体なども保育事業に参入できます。(参照「措置から保険方式へシフトしてきた社会保障・福祉・医療制度 」)

現在は働く親たちが保育所に子どもを預けることがかなり一般的になっており、保育サービスを受けることは当然の権利であるという認識が広まってきております。国や地方自治体なども女性の社会進出の後押しや少子化対策の一環として保育サービスの整備を進める姿勢を見せ出しはじめました。しかし行政は保育所というハコを増やすことばかりが先行し、保育士の待遇向上やサービスの質が置き去りになってしまっている有様です。現在保育現場は介護福祉現場同様に崩壊し、劣悪な労働環境に耐えかねて保育士がどんどんやめていく一方です。

そのことについては小林美希さんという方が「ルポ保育崩壊」という本を書かれており、かなり荒廃した保育環境の保育所が数多くあることや、保育士の劣悪な労働条件について述べております。

 小林美希氏 「ルポ保育崩壊」の読後感想

上の読後感想記事から抜粋したある株式会社が運営する認可保育所の実態です。
~引用~
「午前一〇時頃、親に預けられた子どもたちが、部屋の壁が割れんばかりの大きな声で泣きわめいていた。(略)保育士は、皆若い。クラス担当の責任者でも二年目だった。(略)新卒の保育士が、『どうしていいか分からない』と口にしながら途方に暮れていた。リーダー保育士は怖い顔をして『泣き過ぎ!』と子どもたちに向かって叫んでいる」
「(昼食の時間)男の子がおしぼりを手にし、椅子に座ったが足をぶらんとテーブルに乗せてしまった。その瞬間に、力の強そうな男性保育士が『行儀が悪い!』と怒鳴りつけ、鬼の形相で、その手からおしぼりを奪い取り、テーブルにバシンとたたきつけた。そして、次の瞬間、その子の足を怒りにまかせて強くたたいた。まだ物事のよしあしも分からない一歳の子どもを、だ」
 その風景は食事というより餌やりだったという。しかも、遊びのスペースは狭く、余裕のない保育士はきつい顔をして金切り声を上げ、言うことを聞かない子どもを乱暴に抱き上げたり引っ張ったりする。泣いている子どもも放置しっぱなしだ ~引用終わり~

極端に人件費を削った保育所ですと保育士が一気に一人で10人近くの乳児を抱え込まねばならなかったり、給食がひどく粗末なものだったりします。そして保育士の一日の業務は過密かつ多忙です。食事や排泄、子どもを遊ばせるなどの通常の保育士の仕事、連絡ノート、保護者向けの日誌、個別指導計画などの事務仕事に追われ、行事があるとその準備もしないといけません。休憩時間なんてまったくないのです。さらにひどい場合は保育士に午睡用のシーツを付け替えや、おしぼりの洗浄、トイレ掃除までやらせるところもあります。
保育士は荒廃した職場に絶望し、ひどい場合は鬱病になってしまうなどして、現場からどんどん離れて人手不足に滑車をかけます。賃金も過密労働にとても見合わない低い水準です。
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それと上の引用記事でも書かれているように保育所の保育士は子育て経験がない若い人ばかりであることが多いです。ベテラン保育士のフォローがなくパニック状態に陥った未熟な保育士が子どもを乱暴に扱って事件や事故につなげてしまう事例が山ほど出てきています。そうなってしまうのは保育所の経営者が給料の高いベテラン保育士よりも経験が薄い若い保育士ばかり雇いこむ傾向にあるからです。つまり若い人材の使い捨てです。これは官製統制経済的な社会福祉事業法時代の措置方式が遺してしまった矛盾です。そこへ2000年以降の異業種参入緩和で営利主義が保育業界に持ち込まれ、いっそう保育や介護福祉業界の歪みがひどくなりました。

さらにもうひとつ国や地方自治体が支払ってきた保育所への運営補助金の扱いです。営利主義に走った異業種の企業が経営する保育所の中にはその補助金を人件費ではなく、他の営利目的の支出に流用してしまうようなことも起きています。たとえば他に別の保育所を新規開設する費用に回してしまうとか、その事業者のグループ会社として給食や備品供給、習い事などの委託企業をつくってボロ儲けをするといった行為です。この手法は1996年に発覚した岡光序治厚生次官(当時)と埼玉県の彩福祉グループによる特別養護老人ホーム収賄汚職事件でも使われた手口です。


本当は保育所の運営費で人件費は8割あたりが適正なのですが、極度な営利目的の保育所では人件費が4割などというところもあります。

国や地方自治体による保育所の運営補助金は法律で決められた最低基準によって、入所者の数に応じた額が支給され、最低限必要だとされる職員配置数も定められていますが、それはずっと「生かさず殺さず」のレベルでした。これではとても保育所福祉施設の運営維持ができないということで、地方自治体が独自に補助金を追加したのですが、バブル崩壊後の緊縮財政でそれが削られております。そして行政機関は高コスト体質の公立保育所を閉鎖して企業やNPO法人が運営する民間経営保育所に保育を丸投げするようになってきたのです。

都市部を中心に保育需要はどんどん高まっていくのですが、過酷な労働環境に嫌気がさした保育士がどんどん現場から離れて供給不足状態に陥りました。このことが待機児童問題へとつながっていきます。

今回の記事は保育現場の現状について書き述べるにとどめましたが、次回は官製統制市場がもたらした保育需要と供給の不均衡について取り上げます。

~お知らせ~
今後日本の政局や北朝鮮問題についての論考は下記ブログで掲載していきます。

「お金の生み方と配り方を変えれば 暮らしが変わります」

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