新・暮らしの経済手帖 ~時評編~

わたしたちの暮らしを大切にするための経済解説サイトを目指して開設しました。こちらは時評編で基礎知識編もあります。

生活保護などで救われない困窮者を護る制度を

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前回の記事「令和セーフティネット構想の提言 ~菅義偉新自民党総裁選出~」で菅義偉政権が大規模な社会保障と税の一体改革を行うと同時にもしかしたらベーシックインカムや給付付き税額控除のような制度を導入するという腹案を持っているかも知れないという妄想を書きました。そこには竹中平蔵氏が小泉政権と第1次安倍政権の時代から提唱し続けているセーフティネット構想が背後にあるのではないかということも話しています。

先日2020年9月23日の夜にBS-TBS番組「報道1930」で竹中平蔵氏が今こそベーシックインカムを導入する絶好の契機だという話をするのですが、氏の弱者切り捨ての市場競争至上主義とか小泉政権初期の緊縮財政派という歪んだイメージによって、ベーシックインカム社会保障費削減目的で導入されるのではないかという疑いや不信感が持たれてしまいました。

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ネット上での炎上騒ぎについては竹中氏の説明不足やベーシックインカムと重複し整理統合が必要となる生活保護や年金制度についての理解不足も原因のひとつです。このことについては別のブログ記事でまとめました。

誤解だらけのベーシックインカム導入議論 | 新・暮らしの経済手帖 ~経済基礎知識編~

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 竹中氏の迂闊さは生活保護や年金の制度構造や利用者の実情をよく理解しないまま、ラフにベーシックインカム月7万円だけでそれらを廃止できてしまうと言ってしまったことでした。現在の生活保護は基本的な生活扶助(平均的な単身者の給付額は7万円程度)と住宅扶助、教育扶助や介護扶助、医療扶助などで成り立っていますが、生活扶助以外の扶助まで全部廃止と受け止めてしまった人が多数です。だとしたら生活保護給付削減だと勘違いされて当然でしょう。ベーシックインカムで給付が相殺されるのは生活扶助だけであると説明すればよかったのです。

 

しかしながら支給額7万円以上のベーシックインカム導入でネックとなるのは老齢年金制度の調整でしょう。年金は保険方式で運営されています。保険方式を税方式に切り替えるのが大変なのです。

とはいえ、いまの日本では保険方式といってもかなり一般会計からの赤字補填を受けており、一階部分の基礎年金は既に高齢者限定ベーシックインカムみたいなことになっています。ならばいっそのこと赤字補填の国庫負担分をベーシックインカム財源として見なしてしまえばいいという発想が出てきます。原田泰先生のベーシックインカム案ですと老齢基礎年金の財源16.6兆円をベーシックインカム財源の一部に切り替えるとしていました。とはいえど年金制度の二階部分である厚生年金まではベーシックインカムに統合せず残存させることになり、現行年金受給者に不利となるようなことは回避できます。

 

いま私がしたような説明を竹中平蔵氏がしていたかというとしていなかったようです。そのためにあちこちから竹中BI案にブーイングが出てしまいました。反貧困活動をしている藤田孝典氏や今野晴貴氏らがベーシックインカムそのものに難色を示します。

news.yahoo.co.jp

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藤田氏・今野氏の文章についてもベーシックインカム財源に消費税をあてがうような試算をやっているなど経済学・財政学上の観点からまずい記述が多く、彼らの言っている住居・医療・介護・教育などといったサービスを現物支給するベーシックサービスについても官製統制市場的な矛盾を生む危険性があるので私は賛同しかねるのですが、彼らのベーシックインカムに対する懸念を理解することはできます。竹中氏のように医療や介護などといった現物支給型の社会保障までベーシックインカムに統合してしまえというのは暴論です。ベーシックインカム財源に統合できるものは現金給付型で行われている公的扶助や社会手当、雇用保険、基礎年金などだけで、現物支給サービスはベーシックインカムへの統合対象に含まないことを明言すべきです。原田泰ベーシックインカム案の場合はその切り分けがなされています。

 

 冒頭で紹介した私が書いたブログ記事は再度原田泰先生と飯田泰之さんの案を参考に標準的なベーシックインカム案の概説を行いました。ベーシックインカムの制度設計は柔軟に練り直していくことが可能ですし、現行社会保障制度を利用されている方に迷惑がかからないよう政策調整する余地はいくらでもあります。残念ながらベーシックインカム導入を求める側、反対する側双方とも、柔軟な発想ができずに思考停止してしまって議論が噛み合わないままです。実際に原田先生のように予算や財源の試算をせず、雰囲気だけでベーシックインカムに賛成だとか反対などと言っているだけです。ややもすれば新自由主義だの、社会主義だのといった政治イデオロギーや安倍が憎い・竹中が憎いといった人の好き嫌いといったものまで持ち込まれ、冷静な議論がとてもできそうもありません。

 

さてここでなぜベーシックインカムを導入しようという議論が生まれてきたのかを振り返らないといけません。ここ最近ではコロナ危機で就労活動がままならなくなり、所得が突然失われたり著しく減少するという事態に陥る人がたくさん現れました。

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前の安倍政権は急遽全国民に10万円の現金給付を行う政策を行います。一回限りだけのベーシックインカムと見ることができなくはないものでしょう。必要な人に迅速に現金を給付する制度の整備を行う必要性が認識されたのです。

しかしベーシックインカム構想はそれより前から、現在の生活保護制度や雇用保険制度の欠陥を補い代替していく狙いで議論が進められてきました。日本の雇用保険については高度成長期のように選り好みさえしなければ国民のほとんどが就労できたような時代に育ってきたもので給付期間が短く、1990年代以降の慢性的なデフレ不況や雇用の不安定化が進んだ時代にそぐわなくなってきています。

生活保護については政府や役所の福祉事務所による「水際作戦」とか「硫黄島作戦」と呼ばれる悪名高き利用抑制策で、かなり深刻な窮乏状態に陥って利用申請をしても保護を認められなかったり、一度保護が開始されても無理やりケースワーカーが就労を押し付け保護を辞退するよう迫るといった問題がつきまといます。

 

2006年に京都伏見でたった一人で認知症になった母親の介護を続け、介護と就労の両立ができず無収入となり貯金が底について、親子心中を計るという事件がありました。息子の方だけが通行人に助け出され一命をとりとめたのですが、殺人罪で起訴され懲役2年6カ月、執行猶予3年の判決が下されます。あまりに不憫な親子の事情に裁判官は判決の際に「裁かれているのは被告だけではない。介護制度や生活保護のあり方も問われている」と添え、被告の男性に「痛ましく悲しい事件だった。今後あなた自身は生き抜いて、絶対に自分をあやめることのないよう、母のことを祈り、母のためにも幸せに生きてください」と語りかけたそうです。

しかしながら男性はせっかく温情判決を受けたにも関わらず2014年8月、男性は琵琶湖に飛び込んで自ら命を絶ちました。

business.nikkei.com

親子心中を計った男性は1998年に勤めていた会社のリストラで失職し、以後認知症の症状が出始めた母親の介護をしながら非正規雇用で寝不足に耐えながら働き続けます。母親の症状が悪化したために仕事を休職し介護に専念しますが、このとき男性は2度生活保護の利用を申請しましたが却下されています。この悲惨な事件は生活保護の給付抑制が背景にあったのです。

 

日本では生活保護水準以下の所得で暮らしている人が全人口の13%であるにも関わらず、実際に生活保護を受けている人は全人口の1.6%しかいないと原田泰先生は指摘しました。こんな状況になっているのは生活保護の裁量的・恣意的な保護の判断によるものです。2012年ごろに片山さつきらが煽動して激しい生活保護利用者に対するバッシングが繰り広げられましたが、彼女の背後には生活保護給付の削減を狙う財務省の役人の影があります。緊縮財政志向が高まると各自治体の福祉事務所のケースワーカーへの締め付けが厳しくなり、生活保護の利用が簡単に認められなくなります。

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生活保護制度運用厳格化のデモを行う片山さつきと2012年当時の財務次官。

 

 上の竹中ベーシックインカム批判記事を書かれた今野氏は

NPO労働組合などを通じて、生存する権利のために求め声をあげていくことが、何より重要であろう。一方的に「上から」働き方や生活を決められることに従うのでなく、生活可能な賃金や社会保障を自分たちで「下から」求めていくことが、この状況を変えていくために必要だと思う。

 と述べます。しかしながら時の政権や財務省の思惑に左右され、福祉事務所による利用申請の受理・却下の判定が恣意的・裁量的になされてしまう現行の生活保護制度の問題は社会運動だけでは根本的解決になりません。生活保護は年金や雇用保険などのように受給資格を満たせば即給付というかたちになっていません。

 

とにかく給付条件を所得が一定以下ならば自動的に現金を給付する制度を設けなければならないのです。藤田氏や今野氏らは従来の生活保護制度に代わる対案を用意しないのです。両氏は現物支給型のベーシックサービスを提案しているじゃないかと言われるかも知れませんが、現金ではなく現物支給という発想はもともと片山さつきらが言い出していたことで、それは財務省的な緊縮思考から生まれたものです。

 

今回の竹中炎上騒ぎをみて日本でベーシックインカムを導入することはとても不可能だということを実感しました。しかしながらいまのコロナ危機のように巨大災害や深刻な不況が再来して多くの人々が突然職や収入、財産を失ってしまうような事態がいつ再来するかわかりません。リスクだけではなく不確実性が高い経済になってしまった以上、それに対応できるセーフティネットを用意せねばなりません。

 

まだしっかり試算したわけではないですが、ベーシックインカムに替わる所得保障制度を提案してみたいと思います。大掛かりな社会保障制度刷新をせず、生活保護制度や年金制度を併用して補完するような所得保障制度です。生活保護の利用申請をする前に気軽に利用できるようなものがいいでしょう。

本格的なベーシックインカムは月7万円とか10万円以上の給付レベルになっていますが、最大月4~5万円程度の低額型現金給付とします。ただし利用条件は所得制限のみです。国民はマイナンバー等を活用して所得申告を行い、一定所得以下の人については自動的に現金給付が行われる仕組みにすれば相当利用しやすい制度になるでしょう。コロナ危機のように一時的に極端な減収となってしまったような人でも利用可能です。

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うっかりすれば生活保護の対象から外れてしまうような人たちも救済できます。鬱病になど精神疾患を患っていたり軽度の知的・発達障がいを持っているような人たち、あるいは長期のひきこもり状態に置かれた人にとって生活保護の申請はかなり心理的ハードルが高いです。たとえ4~5万円の給付でも辛うじてその人たちが生き伸びる可能性が高まるでしょうし、生活保護の利用申請をする前に再自立ができるかも知れません。

現金給付だけではなく住宅バウチャーや教育バウチャー制度も用意しておけばさらにいいでしょう。

 

まず最初に低額型の給付付き税額控除で所得損失を補い防貧を計った上で、それでも経済的自立が不可能になってしまった人には最後の手段として生活保護で支援するという仕組みです。

 

セーフティネットは何段階にも用意しておいた方がいいのです。

まず第一の自助型セーフティネットとして雇用の安定を守る金融政策を活用します。

第二に失業してしまった人の社会復帰を支援するセーフティネットです。

次に公助の段階になりますが低額型現金給付制度や住宅バウチャー・教育バウチャーなどで支援し、生活保護が最終手段となります。

 

日本の社会保障関係者の多くは既存社会保障制度や昭和型の雇用制度にしがみつき、1990年代以降の不安定化した経済や雇用情勢に対処できなくなっています。真剣に生活困窮者のことを思うのであったならば新しい貧困に対処するセーフティネットの創設を提言すべきではないでしょうか。

 

 

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