新・暮らしの経済手帖 ~時評編~

わたしたちの暮らしを大切にするための経済解説サイトを目指して開設しました。こちらは時評編で基礎知識編もあります。

アルゼンチンやギリシャの財政問題をどうみるか ~成長率と国債金利~

 「税と国家財政問題 」編はいよいよ終盤です。海外の事例をみていきましょう。国家財政破綻・デフォルトで真っ先に思い出す国といえばギリシャであり、つい最近ですとアルゼンチンもその問題が浮上しています。アルゼンチンの経済事情については「ハイパーインフレについて 」編の「ペロニスモと親米政権で揺れ動いたアルゼンチンのハイパーインフレ 」でも触れました。
それともうひとつイタリアの新内閣発足に伴い、ユーロ離脱の可能性を巡ってEUが混乱に陥っていますが、マスコミはイタリアの芳しくない国家財政問題についても取り上げています。

こうしたニュースを通じ、マスコミはこれらの国より日本が抱える累積債務は膨大で、債務残高対名目GDP成長率も高いことを述べております。多くの人々はこうしたニュースやコラムを読むと「日本の国家財政は大丈夫なのか」と心配になってくるかも知れません。

アルゼンチンの経済危機について加谷珪一氏が記事を書いています。

その中の文章を引用してみましょう。
2010年頃からフェルナンデス前政権のバラマキ体質や経済介入の影響が顕著となり、再び経済が停滞し始めた。2010年から2015年の間に政府債務は4.7倍に拡大し、政府債務のGDP比が50%を超えるなど、一度は健全化した財政も再び悪化してきた。
GDPの200%という巨額の政府債務を抱える日本の感覚からすると、GDPの半分の債務で経済が不安定化するというのは意外に思うかもしれないが、先進国でも政府債務のGDP比は100%以下が望ましいとされており、米国は100%、ドイツは65%程度に収まっている(EUは60%以下が目安)。アルゼンチンのように経済の基礎体力が小さい国の場合、GDPの50%程度でも不安定化することがある。」

イメージ 2

加谷氏の文を読むと気持ち悪いですね。アルゼンチンは政府債務の割合がGDPの半分程度の割合しかないのに財政問題が発生している。日本はGDPの2倍もの借金を抱え込んでいるじゃないか。大丈夫なのかと思ってしまうかも知れません。

さてここで思い出してほしいのが当方がまとめた「財務官僚が煽る国家財政危機の嘘 その1 バランスシートから 」という記事です。この記事で日本国家財政の累積債務がGDPの2倍もあると言っているけれども、それはグロスの数字であって国が保有する資産を差し引いたネットの債務残高ではないという点や、政府の子会社や日銀をひっくるめた統合政府として連結決算したものではないということを話しました。日本の債務残高はネット換算するとGDPの100%程度に合わせて圧縮されます。これだけでも「そこまで心配することはないか」という認識に変わることでしょう。

ちなみにギリシャの債務残高対名目GDP比は10年前の2008年が109%だったのに対し、今年2018年には2倍近くの191%に上昇しています。

ギリシャは既に国が保有している資産をどんどん売却してしまったためにネットの債務残高もさほど変わりありません。対する日本はすぐに換金化しやすい金融資産を国が多く保有しているという違いがあります。グロスで見たら日本が世界ワーストですが、ネットで見たらギリシャの方が日本よりかなりひどいです。

そして「財務官僚が煽る国家財政危機の嘘 その2 GDPとプライマリーバランス・債務残高 」という記事で国家財政危機とは債務残高対GDP成長率が発散することだと述べ、そうなってしまうかどうかは前年度の債務残高やプライマリーバランス国債の発行や償還費を除く国家財政の収支バランス)だけではなく、経済成長率や国債金利も大きく関わってくることを説明しました。

ギリシャは上で述べたように10年間で債務残高対GDP比がかなり高くなってしまいました。上のリンク先のグラフを見ると明らかに発散状態です。一方アルゼンチンはどうでしょうか?

ストックの債務残高額は2010年あたりより急上昇しています。しかしながら債務残高対GDP比の方は2002年のときに比べると発散といえるような状態には見えません。ところがフロー側の財政収支の推移を見ますと財政赤字プライマリーバランスの赤字が2004年あたりから、どんどん拡張していました。現在は底入れしたような感じに見えますが。

次に国債金利の方を見てみましょう。ブルームバーグの記事ですがアルゼンチンの100年もの国債金利が投資家たちの警戒によって急上昇し、過去最高の8.4%をつけたと報じられています。

イメージ 3
どうもここが今回の危機の引き金になっているような感じがしますね。

先日ここで高橋洋一教授が示された債務残高対名目GDP比の変化とプライマリーバランスならびに金利の関係、すなわちドーマー命題についてあらわした数式を紹介しました。

ドーマー命題の数式
イメージ 1

私がツイッターでこのドーマー命題の数式を紹介しましたところ、ある方がわざわざエクセルを活用したシュミレーターを作成してくれました。


このシュミレーターにアルゼンチンの債務残高やGDP成長率、国債金利の値を代入してみましょう。
アルゼンチンの昨年2017年の国家財政累積債務は5,555.3億ペソ。今年2018年は7,039.7億ペソに急増しています。無論これはインフレの影響もあります。
2017年が-473,8億ペソの赤字で、2018年が-456,2億ペソの赤字です。

名目GDPは2017年が10,558,5億ペソ、2018年が13,012,0億ペソで、成長率は2017年が2.86%、2018年が1.95%です。

上が2017年の数字で、下が2018年の数字です。アルゼンチンの債務残高対名目GDP比が発散傾向になっていく可能性が見えてきます。(シュミレーターの単位が兆円になっていますが、ご容赦)イメージ 4
プライマリーバランスも重要ですが、GDPの成長率低下と国債金利の上昇も次の年の債務残高対名目GDP比の発散要因になります。

ギリシャ国債金利ですが、2010年ごろの債務隠し問題発覚によるデフォルト危機とユーロ離脱の可能性が取り沙汰されていた時期には10%以上も上昇し、2012年3月にはなんと38.5%も高騰しました。一方GDP成長率は2006年から急落し、最悪期の2011年には-9.13%という深刻なマイナス成長に陥っています。

またシュミレーターの当時のギリシャの財政やGDPに関する数値を投入してみました。シュミレーターでは債務残高対GDP比が170%から200%以上へと発散してしまうという結果が算出されます。
イメージ 5

ギリシャの政府債務残高の推移」で確認しますと実際の債務残高対名目GDP比はそれこそEUからの圧力で血も涙もないかなり厳しい緊縮財政を敷いたこともあって、シュミレーターで得たほどの発散にはなりませんでした。それでも国債金利が高騰してしまい、低成長が重なるとそうした緊縮財政も焼石に水状態になってしまうことがわかります。

似たような状況がイタリアでも起きたばかりです。イタリア2年国債は、先日5月15日まで−0・1%程度のマイナス金利でしたが、ここ最近になって2%台半ばまで上昇してきました。ドイツとの国債金利差は大きく開きます。成長率は1.54%です。

よく国家財政問題国債について、日本の国債は外債ではなく自国建てで日本国内で買われているのであるからデフォルトの心配は少ないです。国債が自国通貨建てか外債によって外乱に巻き込まれやすいかそうでないか左右されます。

アルゼンチンの国債アメリカをはじめとするグローバル金融資本によって多く買われているものであり、おまけにドル建てです。バーナンキFRB議長時代のように信用緩和でアメリカの金利が低く抑えられているうちは、投機家たちはハイリスク・ハイリターン狙いで金利が高めのアルゼンチン国債などで高運用益を狙いますが、信用緩和が出口戦略に向かいアメリカの金利がじわじわ上昇していくと、リスクが高いアルゼンチンの国債から資金を引き揚げ、安全度が高いアメリカへ戻してしまいます。このことがアルゼンチンの国債金利を上昇させてしまう要因になります。EU加盟国の国債もアルゼンチン同様に自国通貨ではなくユーロ建てのものであります。

つまりは国債が自国通貨建てではなく、買い手も国内ではなく外国人投機家ですと、彼らの投機行動によって国債が大量に売り飛ばされたり、金利が急上昇してしまうといったことに見舞われやすいのです。国債が自国通貨建てで日銀という中央銀行を持つ日本はいまアベノミクスの異次元緩和でやっているように中央銀行国債を買受して国債金利を下げてやることができますが、アルゼンチンやEU加盟国はそれができないのです。
中南米諸国やPIGSといわれるEU加盟国の国家財政問題はマスコミによってポピュリズムによる減税や社会保障費支出による財政悪化ばかり強調されるのですが、こうした問題や独自の金融政策で自国の実情にあった金利為替相場に設定することができないといった不利について述べている例はあまりありません。

次回もギリシャやイタリアの国家財政問題とユーロ体制の矛盾について取り上げます。


~お知らせ~
今後日本の政局や北朝鮮問題についての論考は下記ブログで掲載していきます。

「お金の生み方と配り方を変えれば 暮らしが変わります」

サイト管理人 凡人オヤマダ ツイッター https://twitter.com/aindanet
イメージ 1