独自の金融政策ができない国の悲劇 ~ユーロに縛られるギリシャ・イタリアなどのEU加盟国~
前回記事「アルゼンチンやギリシャの財政問題をどうみるか ~成長率と国債金利~ 」の続編です。今回はこの記事の最後の方で書いた自国通貨建て国債が発行できないことや自国の中央銀行による金融政策でないことの不利について、もう少し深く掘り下げます。
前回はアルゼンチンやギリシャ、イタリアの経済・財政問題を国家財政の累積債務や財政収支だけではなく、国債金利やGDP成長率も含めた観点でみてみました。国家財政問題を語る上で重要なポイントが債務残高対名目GDP比とドーマー命題になります。それを数式化したものを高橋洋一教授が示されており、氏のコラム読者に対して自分で計算してみることに挑戦してほしいと述べております。
アルゼンチンやギリシャ・イタリア・スペイン・ポルトガルといったPIGSと云われるEU加盟国の財政問題について、ポピュリスト政権による財政バラマキや放漫財政のツケといった論調でマスコミは批判します。その批判は事実当てはまる部分があるのは確かなことですが、もっと大きな問題があります。それはこれらの国が独自通貨を持たなかったり、固定相場制にしがみついているために、自分たちの国の実情にあった金融政策ができないという問題です。
その国が独自通貨を持たないということは自国の中央銀行の采配で金融政策を行ったり、自国の国債が投機家に売り浴びせられたときに、自国中央銀行が国債を大量に買い占めて国債価格の値崩れ防止と金利引き下げを行うといった手が使えません。またアルゼンチンをはじめとする中南米諸国はアメリカを中心とするグローバル金融資本から資金調達していたのですが、アメリカのFRBが金利引き上げを行ってしまうと、投機家たちがリスクが高い中南米から資金を引き揚げ、リスクが小さいアメリカで資金運用をしはじめるために、中南米諸国の債券が暴落し金利が高騰します。
弊サイト記事 「中南米諸国でハイパーインフレが続出した背景 」
アルゼンチンはハイパーインフレ抑制のために自国通貨ペソをドルペッグ制にしたり、国債をはじめとする債券の多くをドル建てにしてしまっております。一方PIGSと云われるEU加盟国は自国通貨を廃止してユーロ貨幣に切り替えてしまっており、自国の中央銀行を持たずに、金融政策をECBに委ねる形になっているのです。ですのでギリシャやイタリアなどの国債も事実上外債となります。そのために自国の国債価格や金利がグローバル金融資本の投機態度に翻弄されやすいという問題を抱えています。
またEU加盟国の金融政策を司るのはECB(欧州中央銀行)ですが、ここの金融政策の方向性を決める発言力が強い国はドイツであり、オルド(規律・調和)自由主義を唱えております。ドイツのメルケル首相らはガチガチの金融・財政タカ派であります。。(EU=第四帝国かよと言いたい)
これにギリシャやイタリアなどが泣かされてきており、ユーロ脱退が何度も囁かれてきました。先日イタリアで起きた政治混乱もこのことが背景にあります。
ユーロは自動車をはじめとする産業の国際競争力が強いドイツにとって安い通貨であり、輸出拡大がさらに進んで非常に有利です。逆にギリシャやイタリアにとっては強すぎる通貨です。そのためにかつて日本が味わったような円高不況と同じく自国産業がどんどん衰弱してしまい、そこへ緊縮財政が追い打ちをかけました。これまで国家財政の健全性を決める債務残高対名目GDP比は前年度の債務残高の大きさや財政収支だけではなく、国債金利や経済成長率も大きく関わると述べてきましたが、ギリシャの場合経済力が衰えている上に国債金利まで暴騰したために財政危機をいっそう深刻化させました。
2012年にギリシャはEUからの圧力で緊縮財政を敷いてプライマリーバランスの黒字化を計り、一旦は債務残高を減少させましたが、その後またじわじわと累積債務の膨張が再発します。危機が起きた2011年当時の債務残高対名目GDPは172%で2012年には159.6%まで収束させたのですが、現在191.27%と2倍近くまで発散しています。 世界の経済ネタ帳 「ギリシャの政府債務残高の推移」
アルゼンチンについてもドルペッグの固定相場で経済を弱体化させています。
「ハイパーインフレについて 」編の「ペロニスモと親米政権で揺れ動いたアルゼンチンのハイパーインフレ 」という記事を読み返していただきたいのですが、この国はUKとのマルビナス(フォークランド)紛争後にハイパーインフレを引き起こし、自国通貨ペソを1USドル=1ペソの固定相場制に切り替えることで通貨下落を食い止めます。さらにこの措置でグローバル金融資本による融資を呼び込みました。
これによってアルゼンチンはつかの間の経済繁栄を謳歌したものの、1990年代末期にアジア通貨危機が発生しドルが急騰します。その余波が中南米諸国にも襲い、通貨暴落に見舞われました。アルゼンチンは必死にドルペッグの固定相場を維持すべく、ペソ建て国債の金利を高くするなどの猛烈な金融引き締めや緊縮財政を行ってペソ下落を阻止しようとしました。ところがそれによってアルゼンチン国内企業の資金調達コストを上げてしまい、投資が激減。通貨が下落したブラジルとの輸出競争にも負け、アルゼンチン経済は壊滅的ダメージを受けます。結果的に2001年にアルゼンチンは再度デフォルトし、それと共に固定相場制が破綻します。
それから十数年経った2018年現在、アルゼンチンに再び通貨下落の危機が襲い掛かり、為替介入による防戦でも追い付かず政策金利を40%にしてしまいました。この原因もアメリカのトランプ政権が金利引き上げ傾向を強めたことにあり、投機家たちがアルゼンチンなどの新興国から資金を引き揚げ、アメリカへ戻したことが発端です。
このようにして見ていきますと日本の経済・財政事情はアルゼンチンやギリシャ・イタリアなどと大きく異なることがおわかりいただけたのではないでしょうか。日本の場合は円の信認が比較的強く、国債も外債に依存していません。むしろ日本の国債は発行すれば池の鯉が口を開けて何百匹も寄ってくるが如く、金融機関が飛びついてきて「瞬殺間違いなし」の売れっぷりです。日銀による国債の大量買受で国債金利を低く抑え込みができるぐらいの日本の実情と比較になりません。
次回は日本とギリシャの状況の違いを説明します。