新・暮らしの経済手帖 ~時評編~

わたしたちの暮らしを大切にするための経済解説サイトを目指して開設しました。こちらは時評編で基礎知識編もあります。

井上智洋さんのヘリコプターマネーと組み合わせたベーシックインカム案

前回の「AIによるシンギュラリティが到来するのか? 」で人工知能(AI)やロボットが人間の労働を奪ってしまい、今後数十年の間に多くの人が就労できなくなってしまうような社会が到来する可能性は低いという話をしました。これを理由にベーシックインカムの導入を訴えるのはあまり説得力がないし、いま起きている生活困窮者の問題を忘れてしまうのはまずいかと思われます。しかしながら技術高度化社会を見据えた未来型(?)のベーシックインカム導入構想についても触れていきましょう。

AIやロボットの発達で人々の職が失われ、企業が多くの人を雇用し、賃金を支払うかたちでの所得分配が進まなくなり、やがて貨幣の循環がとまって経済活動が行きづまってしまうから、ベーシックインカムというかたちで所得分配をしないといけないという主張をされていることで知られているのが駒澤大学井上智洋准教授です。

井上智洋さんのベーシックインカム構想も「基礎年金の政府負担、児童手当、雇用保険生活保護、所得控除などを撤廃して25%の所得税増税をすれば100兆円は捻出可能」と話しているように基本的な財源を所得税相続税の他に、既存社会保障制度の統廃合で捻出した財源をあてがうといったものですが、さらに貨幣発行益を活用することも盛り込まれています。
井上さんのBI案で特徴的なのは固定BIと変化BIの二階建て方式を提案していることです。
固定BI=所得税相続税・資産税などの税収を財源とする社会保障的意味合いのBI
変化BI=貨幣発行益を財源とし、景気変動によって給付額を増額したり減額させる経済政策的側面のBI
という位置づけです。景気が悪いときは中銀や政府が貨幣を多く発行して変動BIを増額し消費を刺激し、景気が良くなったら減額する仕組みです。
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こちらのベーシックインカム構想案は井上さんのように固定BIと変化BIの二階建て方式ではありませんが、通常は所得税や資産税等をBIの基本財源とし、景気の落ち込みで所得税収や法人税収が伸び悩んだときは、かわりに政府が通貨発行量を増やしてBI財源の不足分をあてがう方法を提案しています。トヨタプリウスみたいなハイブリッド車ように発進時にはバッテリーに貯めてある電力でモーターを回し、中速域以上になったらエンジン駆動に切り替わり、巡航時や減速時には充電や回生も行うというような方式です。
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というわけで井上智洋さんのベーシックインカム案は基本的には悪くないと自分は思っていますが、景気・雇用・物価などのマクロ経済政策に関するとらえ方についてはすべて支持しているわけではありません。井上智洋さんは前にリフレ派でも現ナマ派と期待派の二通りあり、自分は現ナマ派だと言われていたことがあります。私の方は貨幣の供給量(マネーサプライ)の調整だけで景気・雇用・物価を統治できるとは限らないという主張であり、期待派になります。井上さんと私のマクロ経済政策についての認識の違いや批判は下の記事で書いております。


井上さんは民間の銀行が信用創造で勝手にマネーの量を膨らませて、それを企業や個人に融資することをやめさせて、マネーはすべて政府もしくは中央銀行が発行する制度にし、バブル発生につながる信用膨張を防止したり、深刻な恐慌のときに貨幣量を増やして不況から脱出できるようにしていくべきだという考えです。世界大恐慌のときにアーヴィング・フィッシャーなど何人かの経済学者が提案したシカゴプランや元同志社大学の教授であった山口薫氏が唱えていた公共貨幣論に近いものでしょう。私もこれに一時傾倒していたことがありましたが、現在はあまり重視しておりません。

シカゴプランで提案された民間銀行による信用創造を停止し、政府や中央銀行がより正確に貨幣の供給量の調整で景気・雇用・物価の統制を計ることができるようにするという考えはミルトン・フリードマンの100%マネーやk%ルールというアイデアに引き継がれました。しかし皮肉なことにフリードマン自身が主張してきた変動相場制の導入によって、彼が信奉し続けてきた貨幣数量説が成り立たなくなってきます。海外と取引する企業は急激な為替相場の変動に備え、先物取引スワップ取引といったデリバディブ金融商品を使わざる得なくなりました。実物財の取引で遣われるマネーの数倍にも及ぶマネーが金融市場に流れ込んでいます。このおかげで政府や中央銀行が市中にカネを送り込んだり、減らしたりするだけでは景気や物価を理論通り・思惑どおり統治できなくなってしまったのです。そのために現在多くの経済学者は素朴な貨幣数量説をあまり信用しなくなりました。(参考「数十年前に停まったままの政府貨幣(公共貨幣・統治貨幣)制度の理論 」)

ポール・クルーグマン教授はフリードマンを「過去の人」とまで言い放っております。
 Takayuki Takinami「クルーグマン vs フリードマン??? 」— 経済学101

現在の私はマネーの量だけではなく、動きや流れの方を重視すべきだという金融政策観に転じています。
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現在アベノミクスで行われている量的金融緩和で中央銀行である日銀が市中の国債などの債券を買い取って、それを現金化し、日銀内に設けさせてある民間銀行用の当座預金口座に、融資に遣う資金ベースマネーをじゃぶじゃぶに積み上げてあります。これはそうすることで金利が上げようにも上げられない状態となり、日銀が投資を行う民間企業や銀行などに「当面金利を上げたりしない」というコミットメントを裏付けさせることになります。

それによって企業に設備投資や雇用というかたちでどんどんお金を遣わせるのがリフレーション政策です。

井上智洋さんは政府や中央銀行が発行したマネーを日銀内に設けさせてある民間銀行用の当座預金口座を経由し、民間銀行が民間企業や個人に融資をして、投資や消費に遣わせることで、マネーを市中に供給していくのは非常に回りくどいと言われます。ですから政府や中央銀行が発行したマネーをヘリコプターマネーとして国民に直接配ってしまった方がいいと主張するのです。

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一見すると井上さんの主張が正しいように思えてしまいますが、そうでしょうか?

マクロ経済政策の目的は市中に供給されるマネーの量を殖やせばいいということではありません
民間企業が積極投資をしてさまざまなモノやサービスを産み出し、それによって雇用を最大化させたり、所得分配を進めることで労働者=消費者の消費意欲を伸ばすのがマクロ経済政策の目的です

アベノミクスがはじまってから設備投資の動きはどうなったでしょうか?
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グラフ引用 NIPPONの数字様 設備投資より

アベノミクスがはじまった2013年を境にしっかり設備投資が伸びています。

「量的金融緩和でベースマネー(MB)をじゃぶじゃぶに増やしても、マネーサプライ(ストック)が殖えないじゃないカー」という批判をする人たちが山ほどいますが、それは的外れもいいところです。
景気が良くなり企業の投資が活発になり、一般家計の消費が増えてくると現金需要が増加してマネーサプライは増えていきます。しかしそれは結果の話です。政府や日銀が発行したマネーを直接市中へバラ撒いてマネーサプライを増やしたとしても景気が良くなると断言できるわけではありません。仮にお金を市中へ大量にバラ撒いてもどこかに死蔵されたりしたり、実物財の取引ではない金融商品や不動産などの投機に使われるだけならば元も子もありません。
このことは「マネタリーベースとマネーサプライの関係 」という記事でも批判しています。

もちろんアベノミクスで設備投資・雇用が伸びたといっても、それだけで喜んでお終いではありません。民間企業の投資だけではなく、人々の消費意欲をもっと高めていく必要があることは言うまでもないことで、そのために一般消費者に向けた減税やベーシックインカムなどといった包括的現金給付制度の導入といった財政政策を打ち出してもらうことを、こちらも希望します

私は井上さん同様にベーシックインカム導入に賛成する気持ちを持っていますが、政府や中央銀行が発行したマネーを直接市中へバラ撒きすればいいのだという素朴なマネタリスト的発想は持ち合わせていません。次回は少しベーシックインカムから外れてMMT(現代貨幣理論)の批判をするつもりですが、この一派も旧いマネタリスト的思考に囚われてしまっており、マネーを増やしたり減らしたりすれば景気・物価・雇用を統治できると思い込んでいる嫌いがあります。マクロ経済政策で大事なことは民間の生産活動や消費を活発にさせることであり、MMTにはそれが欠けているように見受けられます。

「お金の生み方と配り方を変えれば 暮らしが変わります」

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