新・暮らしの経済手帖 ~時評編~

わたしたちの暮らしを大切にするための経済解説サイトを目指して開設しました。こちらは時評編で基礎知識編もあります。

不確実性という災厄に立ち向かうベーシックインカム

ベーシックインカムや給付つき税控除はすべての国民が無一文の状態になってしまうようなことがないようにするための所得保障制度です。極端に所得や資産が低い状態になったら、自動的に公助がはじまるシステムです。

いま高い就労能力を持ち、日々懸命に働き、多くの資産を持っている人にとっては、ベーシックインカムや給付付き税控除のようなものは不要だと考えてしまうかも知れません。
こうした制度の実現は勤労している中所得者層の人たちにとって増税になる可能性もあります。(「ベーシックインカム~国家は貧困問題を解決できるか~」を書かれた原田泰教授もそうなるかも知れないと述べられています。) 「働いているオレたちのカネを税金で巻き上げて、働いていないヤツにバラ撒くなんておかしい」と考える人は少なくないでしょう。

しかしながら将来に渡って、いまと同じように健康で、同じ仕事をずっと続け、お金を稼ぎ続けられるという確信はどこから生まれてくるのでしょう? 人生において明日のことすら確実に予想できません。自分は善良で社会に貢献し真面目に働いていても、歩いているときに暴走車に轢かれるとか、無差別で通行人を次々と殺傷してくる通り魔に襲われ、重い障碍をずっと背負って生きていかねばならないとか、自分の奥さんや子供を遺して死に、彼女らが極貧にあえぐようなことになってしまうとも限りません。あるいは巨大災害によってローンを組んで買った家やクルマを失って、職場も廃業に追い込まれ失業するといったことも起きうることです。

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当事者の判断や行動の瑕疵によるものではなく、まったくの不可抗力で罹災してしまう事故や災害、失業や廃業による大きな所得と資産の喪失といった事態はどうしようもありません。個人ひとりの努力や責任で回避することが不可能な災厄はいくらでもあります。我々が営む経済活動における最大の強敵が不確実性です。
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こうした事態に対処するものが保険や共済、共助といったものです。これらに加えて社会保障というものも経済活動の安全に不可欠な存在です。ベーシックインカムや給付付き税控除といった包括的給付制度は、一部の低所得者のためだけではなく、多くの一般の勤労者にとっても必要なものです。

井上純一さんの「キミのお金はどこに消えるのか」第2部 第7話「貯金と保険で立ち向かう」で世の中の不確実性は人類最大の敵であり、それに立ち向かうために貯蓄や保険というものが生まれたという話をされています。非常に素晴らしい内容だと思います。
事故や災害、病気や傷害という災厄はその人個人の不幸だけに留まらず、家族や関係者もどんどん巻き添えにし、不幸がどんどん連鎖的に増殖して、やがては社会全体が機能不全化する危険があることも説明しています。その不幸の連鎖を断ち切るのが貯蓄や保険、あるいは共助・公助です。

もし仮に保険や共助、公助が存在しなかったとしましょう。
自動車死亡事故の場合、運転者や自動車保有者に何億円もの損害賠償責任が発生する場合があります。無保険でそのような事故を引き起こせば人生一発終了です。何億円もの巨額資産を持つ富裕層以外が自動車を所有してはならない状態となります。
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病気や傷害で医療を受ける場合もそうです。日本の場合、公的医療保険があるので、自己負担分がかなり低くなっていますが、それがなかった場合、手術などで数千万円、数億円の治療費を負担せねばならないことになります。保険や社会保障が存在しないと人々は最低でも数千万円以上の貯蓄を用意しておかねばならなくなります。数千万円以上の貯蓄や保険加入は自己責任だという人がいるかも知れませんが、貯蓄としてお金を遣わず死蔵させることは経済活動において決して望ましくありません。お金は稼働しないと意味や価値がない存在です。人々があまりに貯蓄マニアに走ってしまうとお金の稼働率が落ち込んでしまう恐れがあります。

不確実性はモノやサービスの生産活動においても、最も恐るべき敵です。なぜなら不確実性はヒトや機械の稼働率を下げ、大きなムダを生むからです。
例えばトラックやバス会社の場合、毎日定期的に決められた便数を運行しないといけません。保有しているすべてのドライバーや車輛が故障や事故・欠勤などがなく、順調に稼働できればいいのですが、必ずもそうではありません。不測の故障や事故などで動かせなくなる人員や車輛が発生することを予想して予備の人員や車輛を確保しないといけません。それは平時において「ムダ」になりますが、欠便を出さないために必要なことです。
そうした予備の人員や予備車は極力最低数にして、稼働している人やクルマの割合を高くした方が効率のいい運行となります。会社の規模が大きかろうが、小さかろうが、予備人員や予備車が一定数必要です。規模の大きい会社の方が予備人員や予備車の割合を小さくでき、稼働率を高くできます。

個人のリスク管理と保険や社会保障も同じです。個人単独で不測の災厄に備えるための貯蓄をしようとなると、数千万円から数億円以上のお金を貯蓄させておかねばなりませんが、保険や共済があるとリスク分散が計れるので必要な個人の貯蓄が少なくできます。さらに国民全員が加入する公的保険となるとリスク分散はさらに広くなり、もっともお金の稼働率が上がります。日本のように公的医療保険がかなりしっかり整備されていると、巨額の入院費や手術費用の自己負担を心配する必要が小さくなりますので、自分が得た所得の中で自由に遣えるお金の割合が大きくできるのです。

ベーシックインカムや給付付き税控除も人々の予期せぬ減収や病気ならびに傷害、失業などの理由で無収入になってしまうような危険に対処するためのセーフティネットになります。この制度が実現すればたとえ月数万円であったとしても無収入になってしまうことはありません。(もちろんこんな額で生活費すべてを賄えるわけがありません。他の制度との併給が必要です。) 生活上の不安に怯え、働いて得たお金を遣わず貯蓄ばかりするようなことをせず、有効に消費に活用することが期待できます。

話が少し脱線しますが、1990年代に日本が流動性の罠に陥ってしまった理由のひとつは景気から雇用に至るまで不確実性がうんと高まってしまったことにあるのではないかという仮説を自分は持っています。日本において勤労者の賃下げや派遣労働など非正規雇用の拡大が一気に進んだのは1997年のことですが、その翌年から消費低迷と慢性的物価下落がはじまり、企業の投資意欲をさらに萎縮させていったことがグラフでも現れています。
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野口旭教授の記事 「雇用が回復しても賃金が上がらない理由  」に添付してあったグラフに当方が加筆

リフレーション政策も実は政府や日銀が景気と雇用が回復するまでしっかり金融緩和や財政拡大を続けるという確実性をつくることが肝です。

ベーシックインカムや給付付き税控除という制度は金融緩和政策と違い、私たちに一定額の所得が入るという確実性をつくる政策になります。人々が安心してお金を遣い、いろいろなモノやサービスを買って消費という需要を底上げするための切り札となるのがこの制度だと私は思っています。

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