新・暮らしの経済手帖 ~時評編~

わたしたちの暮らしを大切にするための経済解説サイトを目指して開設しました。こちらは時評編で基礎知識編もあります。

ベーシックインカムや給付付き税控除は消費回復の切り札か?

前回の記事「不確実性という災厄に立ち向かうベーシックインカム」の最後に「1990年代に日本が流動性の罠に陥ってしまった理由のひとつは景気から雇用に至るまで不確実性がうんと高まってしまったことにあるのではないかという仮説を自分は持っています」と書きました。バブル崩壊前までは終身雇用制度や厳しい解雇規制、そして毎年ベースアップが当然の賃金によって、多くの勤労者の生活は非常に安定的で、定年退職まで同じ会社で働き続けられるという幻想を抱いていました。しかし民間企業は不確実性が増した経済環境によって終身雇用を維持できなくなり、1997年あたりから派遣労働など非正規雇用の拡大という形で実質的な解雇規制緩和と賃下げを断行します。このことは多くの勤労者たちに将来に渡って安定した所得が入る続けるとは限らないという不確実性を与えます。それを反映してか1998年あたりから連続的な物価下落がはじまり、このことがさらに企業の投資意欲を萎えさせます。流動性の罠の発生です。


1990年代初頭に三重野日銀総裁が行った強烈な金融引き締めが原因で、民間企業の投資が一気に冷え込みました。その後の日銀も金利引き下げを渋る態度を長年続けてしまったために、各企業経営者に「いつまた金利が引き上げられるかわからないから大型投資ができない」という負の暗示を植え付けられてしまいます。
一方勤労者=一般消費者も、「自分はいつリストラ対象になって職を失うかわからない」「この先自分の賃金は上がるどころか下がってしまうだろう」という負の暗示に囚われ、自分が稼いだお金を遣うことを躊躇うようになります。将来の予想がネガティヴになってしまい、その結果20年以上も日本は経済活動が低迷し続けます。

2012年末に民主党から政権を奪い還した安倍・自民党政権は、目玉公約として異次元の金融緩和政策を行うことを打ち出します。これはリフレーション政策の考えを採り入れたものであり、インフレ率2%達成まで徹底して金融緩和政策を続けると宣誓(コミットメント)することで、民間企業の将来の予想をかえ、投資意欲を引き出すものでした。その効果はてきめんに現れ、消費税率8%引き上げのときを除いて2018年まで民間企業投資と雇用が順調よく回復を続けました。しかしその一方で一般消費が伸び悩み、物価上昇もあまり進みませんでした。

自分は2018年の1月末にそのことについての考察と提言としてふたつの記事を書いています。

この記事はアベノミクスは民間企業の投資と雇用意欲を伸ばしたという意味で大成功だと評していいが、だからといって消費や物価上昇の伸び悩みを放置していいというわけではない。異次元金融緩和で民間企業の経営者たちの将来の予想を変えることはできたが、勤労者=一般消費者の予想は変わっていない。だから生涯にわたって安定した所得が入るという予想をつくって、自信をもって消費活動ができるように仕向けるべきだと述べたものです。合理的期待仮説の考えを民間企業経営者向けの金融緩和政策だけでなく、一般消費者向けの財政政策にも拡げて利用すべきだという提言です。

この記事を書いた1年後、前日銀副総裁であった岩田規久男氏のインタビュー記事が掲載されます。
その内容は金融緩和政策のみならず、財政政策ももっとしっかり拡大せよという主旨のものでしたが、自分が一年前に書いた記事で言いたかったことに非常に近い内容だったので、感銘を受けました。

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 「脱デフレへ財政・金融協調を、増税撤回は不可欠」=岩田前日銀副総裁 - ロイター

岩田氏は消費税率10%引き上げに反対すると共に、低迷を続ける個人消費を活発化させるべく、「財政と金融が一致協力して、お金を民間に流すことを真剣に考えるべき」と訴えます。さらに「増税したお金を戻すに過ぎない。若い世代の可処分所得を増やすには、増税ではなく、成長と再分配政策を組み合わせることが不可欠だ」「若い世代の実質的な所得を増やすには、国債を発行して、その国債を買った銀行から日銀が国債を買い、お金を彼らに流すしかない。増税ではないので民間からお金が吸い上げられず、必ず民間に流れていく」と述べます。

そして非常に大事なのは次の発言です。
「デフレマインドを払拭するには、日銀資金が政府から財政資金としてとうとうと流れ、これが恒久的に続くということにコミットすることが重要だ

最近積極財政を訴える声が高まっていますが、ただ財政出動をポンとやればいいものではありません。継続的にそれを続けないと将来の自分が得る収入の予想が変わらず、消費拡大に結び付きにくいのです。多くの政治家たちは不景気のときにどかんと何兆円、何十兆円もの大型財政出動をやったりしますが、一時的にそれをやるだけではダメなのです。大事なことは金融緩和・財政拡張政策共々続けないといけないのです

金融政策側になりますが、2013年からの異次元緩和において「インフレ目標2%達成まで金利を途中で引き上げたりしない」という予想を企業の経営者たちに与えることで、投資と雇用拡大意欲の向上を促すと私は説明してきました。これは岩田規久男氏も著書の中で述べてきたことです。
これまでの日銀はゼロ金利政策や量的金融緩和政策も実施してきましたが、ほんのちょっと景気や物価が上向きかけたところで、すぐに緩和解除していたのです。こんな調子では企業の経営者らは「日銀はすぐに金利が上げてしまうだろう」と予想し、日銀を信用しなくなります。中途半端な生煮え緩和ではいけなかったのです。

一般消費者向けの財政政策も同じことで、継続的に国民にお金を給付し続けるとか、増税を当面行わないという見通しがなければ、いくらおカネをバラ撒いても効果が出ない可能性があります。岩田氏が「デフレマインドを払拭するには、日銀資金が政府から財政資金としてとうとうと流れ、これが恒久的に続くということにコミットすることが重要だ」と仰られているのはそれです。

人々にお金が恒久的にとうとうと流れる財政政策となってくると、ベーシックインカムが思い浮かびます。岩田氏はベーシックインカムではないものの、給付付き税控除の案にも触れていたことがあります。(歳入庁が創設されないと導入できないと言われるが)

ベーシックインカムや給付付き税控除という制度は金融緩和政策と違い、私たちに一定額の所得が入るという確実性をつくる政策になります。人々が安心してお金を遣い、いろいろなモノやサービスを買って消費という需要を底上げするための切り札となるのがこの制度だと私は思っています。

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