新・暮らしの経済手帖 ~時評編~

わたしたちの暮らしを大切にするための経済解説サイトを目指して開設しました。こちらは時評編で基礎知識編もあります。

コロナ禍から非正規雇用者を守るセーフティネット整備を

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前回記事と同じような内容になりますが、コロナ不況の深刻化がかなり目立ってきています。このままですと年末から年明け以降に企業倒産や廃業、そして失業が大量発生する危険性が高まってきました。来年春卒業の大学生の就職内定率が7割を切ってしまっており、就職氷河期の再来というべき状況になってきています。就職内定率が7割を切るのは2015年以来ということですが、そうなってくるとアベノミクスが誇る最大の成果が失われ、元の木阿弥となりかけつつあります。

つい先日今年2020年7月~9月期の国内総生産GDP)が年率換算で21.4%と「記録的な高成長だ」と報道されましたが、きわめて先行き不透明で不安定な現在の経済情勢において年率換算は意味が薄く、12か月を4で割った一期分が前年度比5%上がったといった方が実情に近いでしょう。

参議院議員の金子洋一さんは

 とツイッター上で指摘されました。

同じく金子さんのツイートで知ったAERAの記事ですが、コロナ禍によって経営悪化に陥った企業が人員整理に着手せざるえなくなり、解雇や雇止めをされた派遣労働者たちが路上生活者になってしまった人たちが急増しています。若年層でしかも女性が多く含まれていることが記事で書かれていました。

dot.asahi.com

これは私の想像ですが、今回のコロナ禍で増えた自殺者ですが女性の割合が非常に高くなっていることと因果関係があるかも知れません。

こちらの記事もかなり悲惨な状況を伝えます。

dot.asahi.com

どちらにしてもある日突然住む場を失ってしまうという問題です。両者ともども失業保険や今年春に支給された定額給付金10万円だけでは追いつかない状況でしょう。上の方の記事ですと路上生活者の支援を行うNPO法人が冬物衣服を提供したり、生活保護の利用手続きを手伝ったりしていますが、人間が生きる上で大事な生活基盤である住の確保が重要になってきます。所得が不安定で住居が会社の社員寮であるとか借家住まいであるという非正規雇用労働者が深刻な経済危機に遭遇して無所得状態になった場合の公的な救済制度の整備をしないといけないと思います。

現在の雇用保険は会社都合退職の場合で180日~最大330日、自己都合退職ですと90日分しか支給されません。この制度は終身雇用や完全雇用が当たり前だった高度成長期に整備されたものであり、失職してもすぐに次の仕事が見つかるという前提で設計されたものです。1990年代以降のように深刻な不況が10数年おきに発生し長期失業が当たり前となった現在の雇用状況に対応できなくなっています。生活保護についても非常に利用の申請がしづらい問題があることを何度もここで指摘してきました。

 今年春より政府が国債を大量に発行して財源を確保し、かなり思い切った財政出動を行っています。政府だけではなく日銀も金融政策面で資金繰りが難しくなったり多くの負債を抱える羽目になった民間事業者の債務負担を減らすための手立てを打ってきました。にもかかわらず倒産・廃業に追い込まれた企業が多く出ましたが、それでも持続化給付金や雇用調整助成金などで息をつなげた企業は少なくないと思われます。しかしながら財務省は今年年末~年始を目途に持続化給付金や家賃支援金を打ち止めにすることを臭わせ、定額給付金再支給にも否定的な姿勢をみせてきました。もし政権与党が財務省の役人の言いなりになって財政を緊縮方向に向けてしまった場合は、これまで辛うじて事業を継続してきた民間事業者が廃業を決意したり、経営破綻に追い込まれる可能性がきわめて高いです。当然のことながらそれによって失職する勤労者が一気に増加し、新卒学生がなかなか就職できないという状況に陥るでしょう。2008年末に起きた年越し派遣村みたいな状況が再び訪れるということもありえます。

ただ少し希望が持てるのは与党自民党内においても30兆円~40兆円以上の財政出動が必要だと主張する議員が出てきたことです。何度か紹介した経世済民政策研究会メンバーの長島昭久議員や三宅伸吾議員らだけではなく、世耕弘成参議院幹事長も同様の経済対策をすべきだと発言しました。これは大いに歓迎すべきことでしょう。

mainichi.jp

世耕氏の発言を引用します。

「年明けには企業倒産や失業率の上昇が起きかねない。GDPギャップをしっかり埋める補正予算にすべきだ」

「30兆円がボトムライン。30兆~40兆円ぐらいは必要ではないか」と述べた。「国土強靱(きょうじん)化でやることはいっぱいある。給付金その他もだ」

政治家や役人の利権につながりにくい現金直接給付型の定額給付金について取り上げる政治家はあまりいませんが、今回世耕氏はそれも忘れず言及しておられます。ここも大きく評価したいです。

持続化給付金やGoToキャンペーンの延長、国土強靭化、そして定額給付金の再支給といった政策をフルオプションで打ち出していくことが必須なのですが、いま懸念されることは日本経済がこのまま再びデフレ不況と雇用低迷が慢性化してしまうことです。それによって長期失業者や就業困難者が多く生まれる可能性が高まっています。上の対策はどちらかといえば短期集中型のものです。よく混同されますが、財政出動というものは財政政策の中でもそうした性格のことを指します。

もし仮にこのまま多くの日本国内の産業規模が委縮してしまい、雇用規模が回復しないままだとしましょう。そうなると厄介です。長期失業や第3の就職氷河期世代発生となってくると、持続化給付金・雇用調整助成金・GoToキャンペーン・定額給付金だけで企業の経営や長期失業者の生活を支え続けることはできないです。生活保護に代わる所得保障制度や住宅補助制度も用意しないといけないかも知れません。

生活保護に代わる所得保障制度として私はかねてより給付付き税額控除制度やベーシックインカム制度の導入を訴え続けてきましたが、これらの制度は給付金額が月額数万円程度と決して高いものではないですし、とくにベーシックインカムについては導入議論が混乱して実現性がかなり低いです。最低限の生活を保障する上で正直もの足りないです。仮に給付付き税額控除やベーシックインカムが実現したとしても、それを補足する制度がないと路上生活や自殺、餓死などに追い込まれる人が続出しかねません。

よくセーフティネットという言葉が用いられますが、これは自動車など機械の安全性と同じく0次安全性、1次安全性、2次安全性といった具合に多層化しておく必要があります。

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私は防貧セーフティネットを次のように位置付けて考えています。

0次セーフティネット

=金融政策による企業の事業活動や雇用の安定化(菅総理的にいえば”自助”)

1次セーフティネット

=不況時の財政出動による企業支援や定額給付金などによる家計支援。景気落ち込み防止
2次セーフティネット

=失業者の再就職支援や職業訓練、訓練費や生活費の一時支給
3次セーフティネット

=給付付き税額控除やベーシックインカムなどによる家計支援
4次セーフティネット

=路上生活者保護、生活保護支給など

といった位置づけです。

 

自民党内の経世済民政策研究会の提言や世耕氏の主張は主に上でいう0次と1次セーフティネットが中心です。前者については2次や3次も含まれています。これによっていちばん最悪のオプションというべき4次セーフティネットが必要となる事態を回避するための予防安全策であるというのが私の受け止め方です。

しかしながらもう不幸なことに既に多重に用意された0次・1次・2次・3次セーフティネットすら突き破ってしまった人たちが多数出かかっているのです。安倍政権時代は0次セーフティネット対策についてかなりしっかり頑張っており、それによって4次セーフティネットで救済しないといけないような人を大きく減らしましたが、コロナ禍によって1次セーフティネット、2次セーフティネットを用意せざるえなくなりました。さらに今後4次セーフティネットまでしっかり張っておかねばならないような事態を迎えようとしています。

 

 こうした対策案を示すと政府の財政事情を気にする人が出てきますが、日銀に国債を買い受けてもらうようなかたちをとってでも民間事業者や国民の生活を守るための経済対策を進め、さらには今回と同様の経済や雇用危機に備えたセーフティネットの整備を急がねばなりません。

 

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雇用悪化とデフレ不況再発を阻止せよ~集中的政策と面的な政策を同時にすべき~

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非常に気が滅入るようなツイッター発言が目に留まりました。kikumakoさんこと菊池誠さんがされたツイートです。

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https://twitter.com/kikumaco/status/1326338705557135361

内容を引用します。

5万円の追加給付金は「財務省の強い抵抗で最終的に見送りの方向になった」と新聞にもはっきり書いてある。 敵は財務省なんですよ。これは明らか。今や与党も大規模な財政出動を求める状況になったのに、財務省が国に金を出させまいとして抵抗しています。財務省が人々の命を奪おうとしている

 「5万円の追加給付金」についてはここのブログでも紹介しました自民党内の有志が集まった勉強会「経世済民政策研究会」のメンバーと講師として招かれた経済学者の田中秀臣さんが菅総理大臣に提言したものです。

metamorphoseofcapitalism.hatenablog.com

この勉強会の提言書はいろいろ誤解されて伝わっているので上の記事を再度読んでいただきたいのですが、追加給付金だけに限らず金融緩和政策の補強やコロナ禍で深刻な打撃を受けた業界への重点的な財政支援なども盛り込まれています。この勉強会のメンバーである長島昭久議員や細野豪志議員は金融緩和政策の重要性も認識してほしいと述べておられます。本文を読まれる前にこの点はしっかり留意しておいてください。

kikumakoさんのツイートに話を戻しますが、追加の定額給付金支給案が財務省の役人らの圧力で潰されようとしていることに私も激しい憤りを感じました。財務大臣麻生太郎氏などの口やマスコミを通じて給付金の景気効果は薄かったとか、貯蓄に回されたといった発言や記事が広められていたので、財務省の役人らが定額給付金再支給を阻止しようとして動いていることは感じ取っていました。

定額給付金無効論については基礎知識編ブログで批判しています。

ameblo.jp

売り上げが大きく減少した中小企業や個人事業主に最大200万円を給付する持続化給付金と最大600万円の家賃支援金についても、財務省財政制度等審議会における部会で予定通りの来年1月15日に申請受付を終了させることを提言しています。

朝日新聞はこんな社説まで出してきました。

www.asahi.com

 記事の最後に「コロナ禍の長期化で、直撃を受けた人や企業の手元資金は枯渇している。再び全国的に営業や外出の自粛を要請する事態になれば、それに応じた対策が必要になる。感染動向を踏まえて柔軟に対応できるよう、政府は対策の中身を考えておかねばならない。」 などと結んでおきながら、与党内から出ている10~15兆円の大型補正予算案にケチをつけています。この記事は「(ほんとうに)必要な政策積み上げて」という言葉をつかって緊縮財政色を前面に打ち出しています。明らかに財務省の役人がいっていることを伝書鳩的に書いた記事でしょう。さらに内容の一部を抜き書きしますと次のことが書かれています。

 

雇調金の特例は、失業を防ぐ上で大きな効果を発揮したが、成長分野への労働移動を阻害する副作用がある。

 

日本経済の生産性の低さは、既存の働き手や企業を守ることを優先した結果、デジタル化などの世界の潮流に乗り遅れたことが一因とも指摘される。

これは俗にシバキ主義といわれる構造改革偏重主義者や清算主義者が言っていることそのものです。前回記事で取り上げた中小企業統廃合論を唱えているアトキンソン氏らの発想とよく似ています。

metamorphoseofcapitalism.hatenablog.com

ameblo.jp

朝日新聞は左派系メディアと云われてきましたが、いつの間にか弱肉強食型の「新自由主義(←これは意味がよくわからない表現ですが)」に染まっているようです。

 

ここで再度強調しておかねばならないことは、コロナ禍は通常の不況や経済危機とまったく異なる性格のものだということです。この危機は不確実性の塊で去年の年末まで発生がまったく予知できないものでした。企業の経営はありとあらゆる経済危機や自然災害などのさまざまなリスクを想定し、それに対処できるよう平時から備えておくことが常識ですが、不確実性というのはリスクのように事前予測が不可能な範疇です。昨年まで億単位の高収益をあげていた超優良企業でさえも数千億円以上もの赤字を出してしまっています。コロナ禍がなければ健全経営で優良企業として存続できるような会社が突然業績悪化に追い込まれ、資金繰り悪化で倒産・廃業の危機にさらされているのです。これを財務省の役人や構造改革偏重主義者・清算主義者らは”ゾンビ企業”だとかいって見殺しにしようとしています。

私は構造改革万能主義者や清算主義者の思考的欠陥はビルドやストラクチャリングである新しい産業や技術イノベーション、人材の育成の肥やしとなる資金調達を容易にする金融緩和政策や消費者の購買意欲を高めるための財政政策を軽視しておきながら、長年のデフレ不況を放置して数多くの民間企業の活力を削ぎ続けるところにあると思っています。彼らが勝手に”ゾンビ企業”だと見なした民間企業を次々と根絶やしにすることで、結果的に日本の産業基盤を脆くし雇用の縮小や労働者の技能腐食を招きました。私が過去30年の間にみた日本の衰退はまるで凍傷になって指先や鼻先が壊死して落ちてしまったり、心臓の心筋が大部分壊死してしまったような状態に見えてなりません。

不確実性が高いコロナ禍で多くの企業は業績の見通しが立たず、新規雇用を大幅に縮小する動きへと転ずるでしょう。失業率が一気に増加する可能性が出てきていますし、新卒学生の求人や採用が減って再び就職氷河期が訪れています。人々の所得不安定化や低下が進み消費需要も衰えるでしょう。そうなると慢性的なデフレが再発し、それが企業投資や雇用の縮小に滑車をかけます。

そういう事態が予測されるにも関わらず財務省は緊縮財政をチラつかせ、経済支援を早期に打ち切るような態度をみせているのです。企業の経営や個人の家計はよりいっそう防衛的にならざるえないでしょう。給付金について「バラ撒いても消費に回らず貯蓄になるだけ」と麻生太郎財務大臣などが口にしていましたが、コロナ増税を含めた緊縮財政予想を人々に植え付けさせればお金を貯めこむような動きになって当然です。

今回のコロナ禍が収束したとしても、完全に人々の消費行動が変わってしまい、元通りに需要が回復しない業種や業態が出てくることは私も想像しています。そういう意味でもはや継続が不可能な事業を捨てて新しい産業へシフトさせていった方がいいという主張は一理ありますが、新産業が大きな雇用を生み出すほど育つまで年単位の時間がかかります。その間コロナ禍で職を失った人々は無業者のままでいるわけにはいきません。先にいった職能の腐食も進みます。となってくると既存の産業をなるべく潰さず残した方が賢明ではないでしょうか。各事業者が永年にわたって積み重ねてきた技術的蓄積は倒産や廃業によって同時に消失し簡単に元に戻せないのです。

「あの企業は残す価値がある」「ゾンビ企業だから潰した方がいい」などという判断を何も知らない役人たちが勝手に決めることなどできません。政府はとにかく著しく所得が落ち込んだ事業者や個人には理由の如何を問わず公助で支援をするという態度を示すべきです。

 冒頭で紹介した経世済民政策研究会の提言に話を戻しますと、この提言書は定額給付金のように全国民に幅広くお金を給付する政策と、コロナ禍で深刻な打撃を受けた業界への重点的な支援を並行して行うことを提案しています。ピンポイント的な政策と面的な政策を同時にやるのです。

コロナ禍は観光や宿泊業、飲食業、興業、旅客輸送業、医療・介護など特定の業種に打撃を与えていますが、この先被害規模が面的に広がっていく恐れがあります。政官の恣意性や選別性があまりに高いと保護の対象から外れ、路上生活者に転落したり最悪は自殺に追い込まれる人たちが一挙に増えてしまう事態を招きかねません。

何度もこれまで説明してきたように財源についての心配をする必要はないのです。こうした危急の事態については国債を発行し、中央銀行が買い受けるやり方で実質債務性を不胎化できます。国債発行量の膨張を気にするよりも民間の産業が衰弱し、雇用がどんどん失われ生産活動がこのまま衰弱したままになることの方がはるかに危険です。国家財政も所詮民間が産み出した富や財の上で成り立っています。国家財政が先に破綻するのではなく、民が先に潰れるのです。

財務省の横暴を抑え込むべく、全国民が政府に対し財政政策や金融政策による支援を怠るなと声をあげねばなりません。

 

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生産性に関する勘違い

 

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先日10月15日に政府が設置する成長戦略会議のメンバーに元金融アナリストで文化財の修復などを行う小西美術工藝社社長のデービッド・アトキンソン氏が起用されることになりました。IT関連企業会長の金丸恭文氏や、国際政治学者の三浦瑠麗氏の他に慶應義塾大学名誉教授の竹中平蔵氏もメンバーとして起用されたようです。

アトキンソン氏の名前は私もちょこちょこ聞きますが、氏は日本の(労働)生産性の低さとそれによる日本の労働者の低賃金化を問題視しており、その原因は大企業に比べ生産効率が低い中小企業の多さにあるとみているようです。ゾンビ企業というべき中小企業を整理統合したり淘汰させることで、生き残った生産効率が高い優良大手企業に日本経済を牽引させていくことが望ましいという考えです。

toyokeizai.net

これについて経済学者の朴勝俊(パク・スンジュン)さんがアトキンソン氏に対し批判をしています。

parkseungjoon.hatenadiary.com

それに対しアトキンソン氏も記事に名前こそ出さなかったものの朴氏に反論記事を書いています。

toyokeizai.net

アトキンソン氏の記事をざっと読んでみたのですが、やはりこの方はマクロ経済学の知識が薄いなという印象を持ちました。その中でいちばん気になるのは氏がいう「生産性」という言葉の定義があやふやになっている点で、生産性の低い中小企業を整理統合させたり淘汰させ、残った生産性が高い企業が雇用や経済成長の牽引役になるような構造改革を進めていくべきだと考えてしまっている点です。こういう思考を清算主義といいます。アトキンソン氏に限らず生産性の低いゾンビ企業をどんどん淘汰することで日本経済が復活するという妄想を抱いている人がかなり多くおり、彼らは金融政策や財政政策といったマクロ経済政策を無視するのです。

会社経営者にありがちなことですが、ミクロのことばかりに関心が向いてしまう傾向にあります。よくありがちですが経営と経済を混同してしまっているのです。両者はまったく結びつきがないというわけではないですが、経営の場合は一事業者というかなりミクロな世界で、経済の場合は社会や国全体、もっと視野を拡げて国家間というマクロな世界を対象としていっます。経済学者が会社の経営をやってうまくいくのかというとそうでなかったりするし、また経営者が経済学や経済政策を理解しているわけでもありません。日本国民を30年以上も苦しめ続けたデフレ不況やその真逆のハイパーインフレといった問題は一会社経営者の努力で解決できることではありません。会社経営者にできることはそうした事態に対処して自分の会社や従業員を守ることだけです。政府や中央銀行が解決にあたるべき問題ですし、その助言ができるのは経済学者です。守備範囲が異なります。

それはさておき上で述べたアトキンソン氏がいう(労働)生産性についてはどうも氏の捉え方には大きな問題が潜んでいます。朴氏だけではなく他の経済学者も指摘していることですが、経済学でいう労働生産性とはGDP÷就業者数です。ついでに言いますとGDPを人口で割ったものは一人当たりGDPです。アトキンソン氏の文章を読むと両者の区別がついていないのです。氏のいう「生産性」についても効率のことなのかGDPのことなのかあやふやな部分があります。あと「実際に仕事をしている就業者の労働生産性が1000万円の場合」という文言が出てきますが、これは潜在GDPのことでしょうか?

さらにアトキンソン氏はGDP÷就業者数=労働生産性ならば就業者数×労働生産性=GDP労働生産性を上げることで生産性(GDP?)がもっと増えるはずだという勘違いもしているようです。朴氏が指摘するようにGDP÷就業者数=労働生産性というのは左辺の結果として右辺の解になるというもので、逆に右辺を大きくすれば左辺の値も大きくなるのかというとそう限りません。因果関係でいえば左辺は「因」で右辺が「果」となります。

ついでに言いますとここは朴氏と私で見解が異なるかも知れませんが、同じくGDPを構成する式で

Y(GDP)=C(消費)+I(投資)+G(政府支出)+NX(純輸出)

というものがあります。これもやはり勘違いしてGの政府支出をどんどん増やせばYのGDPはいくらでも増えるんダーという二文字な人たちが大勢います。自分も以前ツイッターで絡まれた経験を持っています。

日本の場合はご存じのとおり四半世紀以上もの長期のデフレ不況に悩まされてきました。これは需要不足不況です。日本の労働生産性や一人あたりのGDPが低い原因は何でもない低成長でGDPが伸び悩んでしまっているからです。アトキンソン氏のいう生産性というか生産効率の向上は供給側の能力を伸ばすという話になります。需要側が頭打ち状態で生産・供給側の能力や効率が向上したとしてもGDPが伸びていくということはないでしょう。例え話をしますと普通のバスから連接バスに置き換えしますと、1車輛が一度に輸送できる人員が倍増します。バスの運行でいちばん大きな経費は運転士の人件費ですが、運転士ひとりあたりの輸送人員が増えることになり、生産効率が上がることが容易に想像できるでしょう。しかしお客が数名しか利用しないような路線でこんなバスを入れたところで収益が伸びるでしょうか?

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連接バスを入れて輸送力(供給)や運転士ひとりあたりの生産性を高めても、輸送需要がなければ意味がないということです。

もし労働生産性を向上させれば就業者数の分GDPが伸びるというのは需要不足不況を完全に脱し完全雇用を達成しているような状態ならばアトキンソン氏がいうように労働生産性↑×就業者数→=でGDP↑となるでしょう。しかし需要不足でGDPの伸びが頭打ちになっていたとすると労働生産性↑×就業者数↓=GDP→となる可能性が出てきます。いままで10人でやっていた仕事が生産効率の向上で5人でできるようになり、なおかつ需要がそのままで変わらないのであれば5人は余剰人員となりリストラ対象となります。

 

東洋経済に寄稿されたアトキンソン氏の文章を読ませていただくと批判対象がMMT(現代貨幣理論)となってはいるものの、アベノミクスの一環として行われた異次元金融緩和政策や財政政策についても決して肯定的ではないと見受けられます。氏は「日銀によるゼロ金利政策などの金融緩和によって流動性を高めた結果、生産年齢人口が減っているにもかかわらず、驚くことに就業者の絶対数は史上最高になり、就業率も過去最高を更新しています。」と認めつつも、「近年の日本の生産性の向上は、労働参加率の上昇によるものなのです。人の給料は、国全体の生産性で決まるものではありません。人の給料は、労働生産性で決まります。」と言ってしまっています。

実際には企業の投資(Invest)やそれに比べたらいまいちだったけれども消費(Consumer)といった有効需要の増大で多くの雇用需要を発生させたといった方が正しいでしょう。需要のパイが大きくなったから多くの人にパイを切り分けできるようになったといった方が自分は正しいとみています。ところがアトキンソン氏の場合は労働生産性や効率が高くなると需要のパイも大きくなると思っているように感じられます。上の自分の例えでいえばバスを大きくしたから乗客もその分増えるというものではありません。

日銀副総裁だった岩田規久男さんも次のような例え話をされています。

景気が悪化し、デパートが販売する商品への需要が減少すると、客は商品を見るだけで購入しない。すると、店員1人当たりの売上量も減少する。これは店員1人当たりの生産性の低下を示しているが、店員の売る技術が低下したことが原因ではない。

結局需要そのものが落ち込んでしまうと、労働者が同じ質の同じ量の仕事を忠実にこなしていても、生産性が落ちてしまうことになります。乗客が数十人であろうが1人か2人しか乗らなくてもバスの運行経費は一緒で、乗客が少なければ運転士の労働生産性が悪くなります。

岩田規久男さんの例え話に同じく経済学者の飯田泰之さんが

この例は甘い 生産性ガチ勢なら 「客が来るようにデザインからビジネスモデルを変える,店員も客が来ないなら来るように努力・工夫する。。。そういうのまで含めた生産性なのだ」 と返してくる.実際学会でみた.

 なんてツッコミを入れられたそうですが、長引くデフレ不況でお客となる労働者の所得が落ち込んだり不安定化してしまい、いくらお店側が魅力的なデザインやら画期的なサービスを提供しようが「ほしいけど高いから買えない」となってしまいがちです。結局有効需要を喚起する金融緩和政策とか積極財政政策をやって皆が安心してお金を遣えるようにならないと高付加価値のモノとかサービスを買おうとしないでしょう。

それと日本の中小企業の生産性が高くない理由のひとつに仕事の取引先となる大手企業や販売店などから仕事の報酬や単価を低く押さえつけられてしまったり、大企業が効率の低い業務を中小企業に丸投げして、おいしい仕事だけ自社でやるといった図式があることも疑うべきです。中小企業にカス仕事ばかりを押し付け「お前ら生産性が低いから潰れろ」という論理は極めて身勝手といえましょう。大企業がやりたくない仕事を請け負ってきたのも中小企業だということを忘れてなりません。

あとアトキンソン氏の話からズレますが、コロナ危機でこれまで堅実な経営をしてきた会社がいきなり資金繰り悪化で経営危機になって、倒産や廃業に追い込まれてしまうという理不尽な事態が発生しています。こうした企業をゾンビ企業だとか言って切り捨ててしまえということをいう人が結構目立ちますが、このようなことをやって日本でどれだけの企業が生き残るのでしょうか?生き残った企業がコロナ危機で倒産・廃業した会社が稼いでいた分以上の収益を稼ぎ出して、これまで以上に日本のGDPを押し上げてくれるのでしょうか?私はそう思えません。この国は心筋の大部分が壊死した心臓と同じで残った心筋が辛うじて動いてくれているような状態だと思っています。コロナ危機以前よりどんどん客ばなれが進んで衰退の一途を辿っていたような企業ならまだしも、しっかりと営業を続けてきた企業ならば一時的に公的支援をしてでも残さないと、この国は何もできない・何もつくれない国となってしまうことでしょう。安易にゾンビ企業というレッテルを貼り付けてしまう構造改革偏重主義者こそこの国を衰弱死させかねないのです。


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給付金の追加だけではない経世済民政策研究会の提言

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前回の記事にも少し関わりますが、先日令和2年10月14日に菅義偉総理大臣も交えて自民党有志議員による経世済民政策研究会の勉強会が行われました。この勉強会には菅総理の左隣(写真で見たときは右隣の白スーツを着た方)に立たれている上武大学田中秀臣教授をはじめ、元日銀審議委員の原田泰・名古屋商科大学ビジネススクール教授などが講師として参加されてきた勉強会で三原じゅん子議員や長島昭久議員、細野豪志議員などがメンバーとなっています。

今回この勉強会は定額給付金の追加をはじめとする緊急経済政策提言を菅総理に提出し、テレビのニュース番組などでも報道された模様です。

私はかねてよりこの勉強会に大きな期待を抱いています。金融政策と財政政策はマクロ経済政策の二本柱なのですが、多くの政治家は金融政策を日銀に、財政政策は財務省官僚にといった具合に任せきりにしてきました。まだ財政政策は多くの議員が興味や関心を持っていますが、金融政策については与野党含めて極めて少数の議員しか理解していません。この勉強会は財政政策だけではなく金融緩和政策についてもしっかり取り上げられ、細野豪志議員や長島昭久議員の金融政策に関する理解はかなり深いものになってきています。

今回菅総理に提出した緊急経済政策提言ですが、上で述べたように定額給付金の追加だけではなく、政府が日銀に対し2021年度までのインフレ目標2%達成の要請をすることや、医療・介護現場、観光・飲食・興業などコロナ禍で大きな負担や打撃を受けた産業への支援策も盛り込んでいます。このことはネットや報道でもあまり広く伝わっていないように感じられます。

ネットや報道でいちばん目立って伝わったのは定額給付金の追加ですが、これについても決して正しく伝わったとはいえません。定額給付金の第2弾は第2次補正予算の残りをすべて吐き出すかたちでひとり5万円給付だけ先行実施することを提言したのですが、この5万円給付しかないように伝わってしまったりしています。下に経世済民政策研究会の提言書を添付しておきますが、金額こそ明記していないものの第3次補正予算の項目に定額給付金の支給の継続が謳われています。この不確実性の高い経済危機がどこまでの影響を及ぼすのかまったく予想できません。あえて追加給付の金額や支給期間を明記していないようです。

 

添付資料 令和2年10月14日 経世済民政策研究会 提言書

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定額給付金の追加支給については現金収入が激しく落ち込んだままの状態の人がいるでしょうから所得保障(補償)としてやっていただきたいものですし、落ち込んだ需要を補う経済政策面においてもすべきでしょう。しかしながら同時に事業継続が危ぶまれるような企業や業界の支援と雇用維持も計っていかねばなりません。このブログで今年何回も記事で書いてきたように金融緩和政策はコロナ危機で資金繰りが悪化し、多くの債務を抱えなくてはならなくなった民間事業者を支える上で非常に重要です。「金融緩和政策でやるべきことはやり尽くした」と云われますが私はそうだと思いません。民間事業者や雇用を守る上で日銀の金融政策が担う使命と責任は今までになく高まったといえましょう。提言書で政府が日銀に2021年度中のインフレ目標2%達成を要請していますが、こうしたコミットメントの強化は企業にとって将来の見通しを描かせるものです。見通しがなければいまの苦境に耐えることができません。

今回の提言書を受け取った菅総理は失業率、それも公式の失業率だけなく退職後より長く働きたくても不況でできない人や休業者、不況で働く場がなくて求職自体を断念した人たちの数も含めた"本当の失業率"の高さを問題視していた田中秀臣教授はいいます。さらに長島議員や細野議員によれば菅総理が「金融政策は常に頭のど真ん中にある」と口にしていたようです。給付金の追加給付については総理は明言を避けていたとのことですが、第3次補正予算への意欲を示しておられたとのことです。今回の提言書が現実の政策として反映される脈は十分にあるとみていいのではないでしょうか。

 その一方でネットや報道の動きをみてみますと相変わらず突出した今年の国家財政支出の高さや累積債務、国債の発行量のグラフなどをみせて財政危機やハイパーインフレの不安を煽るようなものを見かけます。給付金についても「消費に回らず貯蓄をふやすだけだ」などという使いまわされた屁理屈でやめさせようとする動きも目立っています。

今回の巨額財政出動の財源は国債で調達しており、それを日銀が買い受けることで通貨発行益を発生させています。実質債務性がないかたちで財源確保ができているので将来の増税も心配することはありません。

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 参考

コロナ増税をしなくていい理由 ~国債と通貨発行のカラクリ~ | 新・暮らしの経済手帖 ~経済基礎知識編~

 

中央銀行による国債買受とそれで発生する通貨発行益を財源にするかたちの財政出動はあまりに乱暴にやるとひどいインフレを招くリスクがありますが、現在のように著しく需要やGDPが落ち込み、インフレどころか慢性的なデフレ不況すら予想されるなかでそれを心配するのはおかしなことです。金利の方も企業の投資意欲が簡単に復活することはないので上昇することはないでしょう。

いまの状況において政府の財政規律よりも民間産業の崩壊や失業増加を食い止めることの方が先決です。いつも私がいうように国家財政という神輿を担ぐのは民間企業や国民個人の納税です。民が先に疲弊することで国家財政が悪化するという順序です。

 

経世済民政策研究会の提言については私の末文よりも、田中秀臣教授自身が書かれた記事を読んでいただいた方が正確な理解を得られることでしょう。最後に紹介しておきます。

ironna.jp

 


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政策の優先順位が重要~コロナ禍による経済活動低下に対応せよ~

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菅義偉政権が誕生してから早くも一か月以上経過しました。予想どおり菅内閣は様々な行財政改革案を打ち出し「仕事人内閣」に相応しい動きを示しています。

と同時にマスコミや左派陣営の政党・学者・評論家たちが安倍政権のときと同じように菅おろしを画策するような動きも活発化してきています。今ですと日本学術会議の新会員候補のうち、6人の任命を菅総理が拒否したことで「学問の自由が奪われるー」と彼らが大騒ぎしています。

正直言ってこの件について私はあまり取り上げたくありません。日本学術会議という組織は国立機関なのですが、210名いるとされるここの会員という役職は旬を過ぎた研究者の名誉職みたいなもののようです。日本には87万人にものぼる学識研究者がいるといわれますが、日本学術会議の会員はその一握りに過ぎません。ここの会員でなければ研究活動ができないわけでもないのです。この組織は国から独立して民営化させてしまうべきでしょう。この件についてはこれ以上言うことはありません。ここは政治ではなく経済問題を扱うブログサイトですのでこうした騒ぎに乗じたくないのです。

 

それよりもコロナ禍が与えた経済活動抑制の後遺症がかなり強く、そして長く引きずってしまいそうです。もう言うまでもなく多くの民間事業者が経営存続の危機に立たされ、当然のことながら一般労働者の雇用や賃金にも悪影響が出ています。あまりに不確実性が高すぎて、元のレベルまでに経済活動全体が回復するのかまったく先が読めないです。もはやコロナ禍前と同じ商業活動に戻るとは考えにくいです。企業は業態を変えるなり新たな事業に臨むなりして生き残りを懸けていくことでしょうが、それでも経済全体でいえば不況や雇用低迷が長期化する可能性がかなり高いと思われます。

となってくるとやるべき経済政策は安倍政権時代以上の金融緩和政策と積極財政となってきます。とくに後者の方を重点的に行わなければならないでしょう。金融緩和政策は企業に積極的な事業拡大と投資ならびに雇用の拡大を促したり、企業が借り入れた資金の債務負担を軽減することにあります。しかしながら今の状況は人やモノ、お金の動きが恐ろしく鈍く、生きていく上で必要な現金が行き渡らない人々が大勢溢れています。民間にもっとどんどんお金を遣え!吐き出せ!といっても不確実性が高い状況ですとそれはできなくなります。今回のように特殊なケースで、なおかつ深刻なデフレ(物価下落)不況であるならば国債や通貨発行益を活用した財政出動が可能ですしやるべきです。国債増発と聞くと「財政破綻ガー」「ハイパーインフレガー」と慌てふためく人たちが多いですが、棄損した有効需要を穴埋めする範囲であるならばひどいインフレを心配する必要はありません。

www.youtube.com

棄損した有効需要はいったいいくらぐらいでしょうか?ここで経済学者の田中秀臣さんによる計算を紹介しておきます。

コロナ危機がはじまる2020年1月の失業率は2.4%だったのですが、もし仮にそれが1%上昇してしまうと実質GDPは約8%下落(オーカン係数8として計算)2019年の実質GDP534兆円×0.8=42.72兆円の有効需要が不足すると推測されます。(Schoo 田中秀臣最新経済ニュースより)

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計算方法が異なりますが高橋洋一さんも同じく40兆円規模の財政出動が必要であると算出されているようです。春~夏に実施した定額給付金を再度実施するといったかたちで棄損した有効需要を埋めないといけません。

いずれにしても今の時点で最も急務であるのは冷え込ませてしまった経済活動を再起動させることです。これを放置したままですと慢性的なデフレ不況の再発となり、アベノミクスで積み上げた”資産”を食い潰すことになりかねません。

おかしなことに日本の左派政党は雇用の拡大につながる金融緩和政策や金銭に困っている生活者や中小企業などに対する財政的支援の実施に積極的であるどころか、それをやろうとする与党の足を引っ張っている有様です。就職氷河期で辛酸をなめた若年層~中年層たちは自分たち生活者の方を向かずに内向きな反権力闘争ばかりにのめり込む日本の左派政党に対し失望しているのです。

あと最近起きた騒動で竹中平蔵氏のベーシックインカム炎上騒ぎがありましたが、これについても恐ろしく反知性的で情けないものでした。「社会保障制度全廃や緊縮目的で竹中平蔵ベーシックインカムを唱えている」と煽動した連中だけではなく、それに対し「国債や通貨発行益を財源にして反緊縮型ベーシックインカムをやればいいのだ」などと向かっていった人たちもどうしようもありません。実は両方とも同じ穴の貉で数字や帳面を見ることが大嫌いな人たちです。

基礎知識編のブログでも再度書こうと思っていますが、コロナ危機やリーマンショク、大規模な自然災害などといった非常時においてはベーシックインカム導入の議論よりも実質サイバー歳入庁としての機能が期待できるデジタル庁の創設によって緊急時の現金給付を迅速に実施できるシステムづくりを議論すべきではないでしょうか。それはベーシックインカム導入にも生かせることですが、これには既存の社会保障制度の改変を余儀なくされます。竹中炎上騒ぎみたいなことが起きてしまうようでは冷静に社会保障制度改革の議論ができそうもありません。ならば既存の社会保障制度を弄らずに済む財源規模の給付付き税額控除を導入した方が賢明ではないでしょうか。そういう議論が進まない世相に呆れるばかりです。

日本学術会議問題やら竹中ベーシックインカム炎上騒ぎとかに乗じてしまうような人たちは自分からみてみると物事の優先順位のつけ方ができていないのかなと思わざるえません。急いでやらなきゃいけない問題=コロナ経済苦境への対処を放置しておいて、いまの時点ですべきではない問題に目を奪われてしまっているように見えてしまうのです。

菅政権もかなり大がかりな行財政改革をいくつも打ち出していますが、これらもまた成果を出すのに少なくとも数年以上かかるでしょう。行財政の効率化と公正化・最適化は納税者の税負担軽減や税還元の最大化につながりますが、それはマクロの経済活性化=GDP増大に直結するものではありません。菅内閣がいま第一に行うべきミッションは行財政改革ではなく財政金融政策です。

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ベーシックサービス(現物支給型ベーシックインカム)がダメな理由

 

現代ビジネスで伊藤博敏氏が慶応大学の財政社会学教授である井手英策氏へのインタビュー記事を書いていました。

「経済成長」「自己責任」にこだわるなら「スガノミクス」は失敗する』などというタイトルがついています。

 

 

井手氏の記事については何度か読んだことがあるのですが、反経済学・反成長主義だけではなく財政(規律)偏重主義や国家社会主義的思考に囚われてしまっておりお話にもなりません。この方は生活者の味方のふりをした官僚主義者でしょうか。井手氏の発言に関してはいろいろ言いたいことがありますが、今回は記事の最後の方に出てきたベーシックサービス(現物支給型ベーシックインカム)についての批判に的を絞ります。この案についてはYahoo!blogs時代にも批判記事を書いています。

 

 

井手氏が提言するベーシックサービスは国民に現金を給付するのではなく医療・介護・子育て・障碍者福祉といったサービスの現物支給を所得制限なしで行うというものです。井手氏の著書「幸福の増税論」でそう説明されています。

 

 

P83より引用

現金を渡すのではなく、医療・介護・教育・子育て・障害者福祉といった「サービス」について、所得制限を外していき、できるだけ多くの人達を受益者にする。同時にできるだけ幅広い人たちが税という痛みを分かち合う財政と転換する。ようは、財政のあるべき姿への回帰を目指すということだ。

私は自分の過去記事内で井手氏のベーシックサービスという案は旧社会主義国家や戦時中の日本がやっていたような配給制度と同じようなものであり、それは国家社会主義的であると批判しました。本来国民が汗水流して稼いできたお金は国民のものであり、それを自由に遣う権利があります。国民から多額の税金を巻き上げ官給品を押し付けることは国家が経済的自由を奪うもので経済的DV(ドメスティックバイオレンス)に等しいものです。税還元するならば現金給付の方が多くの国民の満足感を得られやすいでしょう。井手氏の案は国民の不満や不信を増長させかねないものです。さらにもうひとつ現物支給型がまずい点は徴税と給付のバランスや公正さがわかりにくくなることです。井手氏は東洋経済の『慶大教授が「弱者救済はやめろ」という言う理由』の文中でこんなことを書いています。

 

普遍的ニーズをみんなに配れば、結果的に格差は解消されます。当初の所得が200万円のAさんと2000万円のBさんがいるとしましょう。それぞれに20%課税すると、Aさんの手取りは160万円、Bさんは1600万円になりますが、税収となった440万円のうち、AさんとBさんに200万円ずつ「サービス」で給付すれば、Aさんの最終的な生活水準は360万円、Bさんは1800万円となります。格差は10倍から5倍に縮まり、税収の残り40万円は財政再建に充てられる

 

 

つまり増税した分のすべてが社会保障に回されるのではなく、財政再建すなわち社会保障以外の歳出に回すということです。極端なことをいえば土木建設公共事業やら特定業界への補助金といったことで膨らませた財政赤字のツケ払いをさせられる可能性があるということです。

 

井出氏が提示したモデルは恐ろしく単純化されており、低所得者であるAさんと高所得者のBさんの二人しかいないもので低所得者高所得者の割合が1:1です。現実では年収2000万円を超える高所得者層の人口は小さく、年収200万円に満たない低所得者層の人口の方が圧倒的に多いです。日本の場合ですと年収200万円以下:年収2000万円以上の比率は87:1(2006年)です。となってくるとひとり200万円のベーシックサービスはとても不可能です。仮に単純なやり方でその比率を前提に計算してみるとフラットタックス20%で徴収できる88人からの徴収額総計は3880万円でベーシックサービスを等分割すると43万円分の給付しかできません。年収200万円の税引き後手取り160万円+43万円で増える所得は3万円だけです。

 

しかも医療や介護サービスの給付は現金給付と違って全国民一律給付ではありません。病気やケガ、障がいなどを負った人のみに給付するもので、その程度もバラバラです。状況によって給付額が変わってきます。当然のことながら病気やケガをしなかった年収200万円の手取りは160万円に下がったままです。所得税を税率20%一律のフラットタックスとした場合、累進課税や控除が廃止されてしまいますので低所得者層にとっては大増税です。消費税を20%にすることでも同じです。彼らは相当な不満を募らせることになるかと思われます。たとえ社会保険料徴収が廃止されようとも所得税や消費税が大幅増税となるとかなりの痛税感となるでしょう。

現行の公的年金医療保険の保険料(税)負担の重さを嘆く人たちが多いですが、30兆円以上も一般会計から補填されているとはいえまだ保険方式の方が徴税と給付の関係や公正さが可視化され説得しやすいでしょう。さらにまずいのは国民医療費や介護費が膨張し続けた場合は所得税・消費税ともども20%どころでは済まなくなってくるからです。現行の社会保険料を半額にした場合でも消費税をあてがうとなると最低税率30%以上に設定しないといけません。所得税をあてがうにしても同じことです。現在の日本ですと消費税30%とか40%などという増税案を国民が受け入れないと思います。

 

医療や介護サービスの徴税と給付方法は税方式よりも保険方式の方があっています。現行社会保険財政は一般会計から独立し、保険料もきちんと年金や医療・介護サービスに使途が限定された福祉目的税として徴収されています。給付側を増やさねばならないとなったら保険料をもっとたくさん支払ってくださいと納税者にはっきり言えますし、逆に現役世代の保険料負担が重すぎるから給付を受ける側の人の受給額を減らさねばいけませんということも言えます。社会保険料の負担はかなり重くなってきていますが、それでもまだ保険方式の方が納得しやすいでしょう。

 

井出氏は現金給付型のベーシックインカムよりも医療や学校を無償とするベーシックサービスの方が生活にかかる経費は非常に少なって人々の暮らしが楽になると説いていますが、逆をいえばそれさえあれば現金収入が無くても生きていけるのでしょうか?住宅は公営住宅に住めばいいとして日々の食事もフードスタンプとかメニューが選べない給食にしたり、衣服も行政が支給するのでしょうか?公的年金医療保険生活保護雇用保険などまで全部廃止してベーシックインカムに統合してしまうなどというのは極論ですが、井出氏のように現物支給だけしかしないベーシックサービスもまた極論です。現金収入が途絶えて自殺してしまったり、ひどい場合はホームレスで野垂れ死にするより刑務所に入った方がマシとか死刑上等の「無敵の人」が続出する危険性も出てきます。

 

さらにベーシックインカムについてはひと月の支給額をひとり7万円に設定した場合90兆円以上もの財源が必要であり、いまの社会保障制度や税制を大改編しないといけないために実現が難しいとされています。また高橋洋一氏が指摘していますがいまの保険方式主体の社会保障制度とベーシックインカムとの整合性をどうとるのかという難題があると仰っていますが、井出氏のベーシックサービス案は現金給付のベーシックインカム案以上に大きな障壁を抱えています。

 

BI。基本的な難問。BIと保険原理に基づく社会保障をどのように整合させるのか。BIをいう人は保険数理を知らない人ばかりなので、この難問の答えは窮するだろう。BI論者でこの問題があることを理解していない人も多い。なぜ世界でBIを本格的に導入してこなかったのはこの難問へ解答できないから — 高橋洋一(嘉悦大) (@YoichiTakahashi) September 25, 2020 

BIは基本的に広く給付。保険原理は広く集めて少数に給付。社会保障は、生活保護を除くと年金、医療、介護は保険原理で運営されている。もし保険原理をBI原理にした場合、極端に単純化するとすべての人から徴収し同じ額を給付ということになり、社会保障が成り立たなくなる

高橋洋一(嘉悦大) (@YoichiTakahashi) September 25, 2020

井出氏のベーシックサービスを実現しようとなるとやはり現金支給のベーシックインカムと同じく100兆円以上の財源が必要となってきます。社会保障費のうち医療費は39.6兆円ですが患者自己負担分や自費診療も合わせた総医療費は64兆円程度です。介護費や障碍者福祉のための費用は公的負担分だけで27.2兆円、さらに教育や保育無償化、住宅補助なども加えたらベーシックサービスに100兆円以上かかることが想定されます。ちなみに老齢年金はこれに加算していません。低所得者層はフラットタックスの所得税や高い税率の消費税だけではなく老齢年金の保険料も負担し続けることになります。

 

 

あともう一度繰り返しますが、ベーシックサービスだけでは現金収入がほとんどない生活困窮者を支援できません。

 

あと井出氏のベーシックサービスは医療や介護サービス、教育、保育の無償化ですが、これは官製統制市場の問題をはらんでおり、需要と供給の歪みを生み出しかねません。もうすでに日本の医療や介護、保育の現場で働く人たちの長時間過密労働が問題視されていますが、無償化となるとこの矛盾がさらに拡大します。保育ですと保育園に入れない待機児童が問題視されたこともありました。無認可の保育所の利用料は月5~7万円が相場ですが認可保育所の利用料は国や地方自治体からの補助金で低く抑えられています。となると認可保育所に利用希望者が殺到し需要過多状態になります。保育士さんの数よりも子供を預けたい親の数の方が圧倒的に上回ります。そのことを図で示すと以下のとおりです。

かつては暇な老人たちがたいした病気でもないのに病院へいって待合室を社交場がわりにしていたりしました。こんなことをやっていたら医師や看護師らの限られた労働資源を空費してしまうことになります。官製統制市場の問題はハイパーインフレを起こしたベネズエラでも抱えていることです。

図説 野田加奈子氏

 

井出氏らは竹中平蔵氏のベーシックインカム提言を批判しましたが、井手案の方が竹中案以上に現行社会保障制度を大きく歪め国民の不満や不信を増大させかねません。財政規律という観点でも危険性が高いものです。まだ現金支給型のベーシックインカム案の方が試算をしやすいでしょう。

 

いろいろ書きましたが、現物支給型ベーシックサービスで国民の生活が楽になると本気で考えているのであればかなりズレていると断じるしかありません。現金を求めている無・低所得者層がかなりいることを忘れているのでしょうか?

 

最後に井出氏のベーシックサービス論について批判した論文を紹介しておきます。大阪経済大学の梅原英治さんが書かれた「消費税で格差を縮小できるのか」です。こちらが書いた文章で指摘しきれなかった問題についても考察されています。

 

https://www.i-repository.net/il/user_contents/02/G0000031Repository/repository/keidaironshu_068_004_197-210.pdf

 

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生活保護などで救われない困窮者を護る制度を

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前回の記事「令和セーフティネット構想の提言 ~菅義偉新自民党総裁選出~」で菅義偉政権が大規模な社会保障と税の一体改革を行うと同時にもしかしたらベーシックインカムや給付付き税額控除のような制度を導入するという腹案を持っているかも知れないという妄想を書きました。そこには竹中平蔵氏が小泉政権と第1次安倍政権の時代から提唱し続けているセーフティネット構想が背後にあるのではないかということも話しています。

先日2020年9月23日の夜にBS-TBS番組「報道1930」で竹中平蔵氏が今こそベーシックインカムを導入する絶好の契機だという話をするのですが、氏の弱者切り捨ての市場競争至上主義とか小泉政権初期の緊縮財政派という歪んだイメージによって、ベーシックインカム社会保障費削減目的で導入されるのではないかという疑いや不信感が持たれてしまいました。

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ネット上での炎上騒ぎについては竹中氏の説明不足やベーシックインカムと重複し整理統合が必要となる生活保護や年金制度についての理解不足も原因のひとつです。このことについては別のブログ記事でまとめました。

誤解だらけのベーシックインカム導入議論 | 新・暮らしの経済手帖 ~経済基礎知識編~

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 竹中氏の迂闊さは生活保護や年金の制度構造や利用者の実情をよく理解しないまま、ラフにベーシックインカム月7万円だけでそれらを廃止できてしまうと言ってしまったことでした。現在の生活保護は基本的な生活扶助(平均的な単身者の給付額は7万円程度)と住宅扶助、教育扶助や介護扶助、医療扶助などで成り立っていますが、生活扶助以外の扶助まで全部廃止と受け止めてしまった人が多数です。だとしたら生活保護給付削減だと勘違いされて当然でしょう。ベーシックインカムで給付が相殺されるのは生活扶助だけであると説明すればよかったのです。

 

しかしながら支給額7万円以上のベーシックインカム導入でネックとなるのは老齢年金制度の調整でしょう。年金は保険方式で運営されています。保険方式を税方式に切り替えるのが大変なのです。

とはいえ、いまの日本では保険方式といってもかなり一般会計からの赤字補填を受けており、一階部分の基礎年金は既に高齢者限定ベーシックインカムみたいなことになっています。ならばいっそのこと赤字補填の国庫負担分をベーシックインカム財源として見なしてしまえばいいという発想が出てきます。原田泰先生のベーシックインカム案ですと老齢基礎年金の財源16.6兆円をベーシックインカム財源の一部に切り替えるとしていました。とはいえど年金制度の二階部分である厚生年金まではベーシックインカムに統合せず残存させることになり、現行年金受給者に不利となるようなことは回避できます。

 

いま私がしたような説明を竹中平蔵氏がしていたかというとしていなかったようです。そのためにあちこちから竹中BI案にブーイングが出てしまいました。反貧困活動をしている藤田孝典氏や今野晴貴氏らがベーシックインカムそのものに難色を示します。

news.yahoo.co.jp

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藤田氏・今野氏の文章についてもベーシックインカム財源に消費税をあてがうような試算をやっているなど経済学・財政学上の観点からまずい記述が多く、彼らの言っている住居・医療・介護・教育などといったサービスを現物支給するベーシックサービスについても官製統制市場的な矛盾を生む危険性があるので私は賛同しかねるのですが、彼らのベーシックインカムに対する懸念を理解することはできます。竹中氏のように医療や介護などといった現物支給型の社会保障までベーシックインカムに統合してしまえというのは暴論です。ベーシックインカム財源に統合できるものは現金給付型で行われている公的扶助や社会手当、雇用保険、基礎年金などだけで、現物支給サービスはベーシックインカムへの統合対象に含まないことを明言すべきです。原田泰ベーシックインカム案の場合はその切り分けがなされています。

 

 冒頭で紹介した私が書いたブログ記事は再度原田泰先生と飯田泰之さんの案を参考に標準的なベーシックインカム案の概説を行いました。ベーシックインカムの制度設計は柔軟に練り直していくことが可能ですし、現行社会保障制度を利用されている方に迷惑がかからないよう政策調整する余地はいくらでもあります。残念ながらベーシックインカム導入を求める側、反対する側双方とも、柔軟な発想ができずに思考停止してしまって議論が噛み合わないままです。実際に原田先生のように予算や財源の試算をせず、雰囲気だけでベーシックインカムに賛成だとか反対などと言っているだけです。ややもすれば新自由主義だの、社会主義だのといった政治イデオロギーや安倍が憎い・竹中が憎いといった人の好き嫌いといったものまで持ち込まれ、冷静な議論がとてもできそうもありません。

 

さてここでなぜベーシックインカムを導入しようという議論が生まれてきたのかを振り返らないといけません。ここ最近ではコロナ危機で就労活動がままならなくなり、所得が突然失われたり著しく減少するという事態に陥る人がたくさん現れました。

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前の安倍政権は急遽全国民に10万円の現金給付を行う政策を行います。一回限りだけのベーシックインカムと見ることができなくはないものでしょう。必要な人に迅速に現金を給付する制度の整備を行う必要性が認識されたのです。

しかしベーシックインカム構想はそれより前から、現在の生活保護制度や雇用保険制度の欠陥を補い代替していく狙いで議論が進められてきました。日本の雇用保険については高度成長期のように選り好みさえしなければ国民のほとんどが就労できたような時代に育ってきたもので給付期間が短く、1990年代以降の慢性的なデフレ不況や雇用の不安定化が進んだ時代にそぐわなくなってきています。

生活保護については政府や役所の福祉事務所による「水際作戦」とか「硫黄島作戦」と呼ばれる悪名高き利用抑制策で、かなり深刻な窮乏状態に陥って利用申請をしても保護を認められなかったり、一度保護が開始されても無理やりケースワーカーが就労を押し付け保護を辞退するよう迫るといった問題がつきまといます。

 

2006年に京都伏見でたった一人で認知症になった母親の介護を続け、介護と就労の両立ができず無収入となり貯金が底について、親子心中を計るという事件がありました。息子の方だけが通行人に助け出され一命をとりとめたのですが、殺人罪で起訴され懲役2年6カ月、執行猶予3年の判決が下されます。あまりに不憫な親子の事情に裁判官は判決の際に「裁かれているのは被告だけではない。介護制度や生活保護のあり方も問われている」と添え、被告の男性に「痛ましく悲しい事件だった。今後あなた自身は生き抜いて、絶対に自分をあやめることのないよう、母のことを祈り、母のためにも幸せに生きてください」と語りかけたそうです。

しかしながら男性はせっかく温情判決を受けたにも関わらず2014年8月、男性は琵琶湖に飛び込んで自ら命を絶ちました。

business.nikkei.com

親子心中を計った男性は1998年に勤めていた会社のリストラで失職し、以後認知症の症状が出始めた母親の介護をしながら非正規雇用で寝不足に耐えながら働き続けます。母親の症状が悪化したために仕事を休職し介護に専念しますが、このとき男性は2度生活保護の利用を申請しましたが却下されています。この悲惨な事件は生活保護の給付抑制が背景にあったのです。

 

日本では生活保護水準以下の所得で暮らしている人が全人口の13%であるにも関わらず、実際に生活保護を受けている人は全人口の1.6%しかいないと原田泰先生は指摘しました。こんな状況になっているのは生活保護の裁量的・恣意的な保護の判断によるものです。2012年ごろに片山さつきらが煽動して激しい生活保護利用者に対するバッシングが繰り広げられましたが、彼女の背後には生活保護給付の削減を狙う財務省の役人の影があります。緊縮財政志向が高まると各自治体の福祉事務所のケースワーカーへの締め付けが厳しくなり、生活保護の利用が簡単に認められなくなります。

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生活保護制度運用厳格化のデモを行う片山さつきと2012年当時の財務次官。

 

 上の竹中ベーシックインカム批判記事を書かれた今野氏は

NPO労働組合などを通じて、生存する権利のために求め声をあげていくことが、何より重要であろう。一方的に「上から」働き方や生活を決められることに従うのでなく、生活可能な賃金や社会保障を自分たちで「下から」求めていくことが、この状況を変えていくために必要だと思う。

 と述べます。しかしながら時の政権や財務省の思惑に左右され、福祉事務所による利用申請の受理・却下の判定が恣意的・裁量的になされてしまう現行の生活保護制度の問題は社会運動だけでは根本的解決になりません。生活保護は年金や雇用保険などのように受給資格を満たせば即給付というかたちになっていません。

 

とにかく給付条件を所得が一定以下ならば自動的に現金を給付する制度を設けなければならないのです。藤田氏や今野氏らは従来の生活保護制度に代わる対案を用意しないのです。両氏は現物支給型のベーシックサービスを提案しているじゃないかと言われるかも知れませんが、現金ではなく現物支給という発想はもともと片山さつきらが言い出していたことで、それは財務省的な緊縮思考から生まれたものです。

 

今回の竹中炎上騒ぎをみて日本でベーシックインカムを導入することはとても不可能だということを実感しました。しかしながらいまのコロナ危機のように巨大災害や深刻な不況が再来して多くの人々が突然職や収入、財産を失ってしまうような事態がいつ再来するかわかりません。リスクだけではなく不確実性が高い経済になってしまった以上、それに対応できるセーフティネットを用意せねばなりません。

 

まだしっかり試算したわけではないですが、ベーシックインカムに替わる所得保障制度を提案してみたいと思います。大掛かりな社会保障制度刷新をせず、生活保護制度や年金制度を併用して補完するような所得保障制度です。生活保護の利用申請をする前に気軽に利用できるようなものがいいでしょう。

本格的なベーシックインカムは月7万円とか10万円以上の給付レベルになっていますが、最大月4~5万円程度の低額型現金給付とします。ただし利用条件は所得制限のみです。国民はマイナンバー等を活用して所得申告を行い、一定所得以下の人については自動的に現金給付が行われる仕組みにすれば相当利用しやすい制度になるでしょう。コロナ危機のように一時的に極端な減収となってしまったような人でも利用可能です。

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うっかりすれば生活保護の対象から外れてしまうような人たちも救済できます。鬱病になど精神疾患を患っていたり軽度の知的・発達障がいを持っているような人たち、あるいは長期のひきこもり状態に置かれた人にとって生活保護の申請はかなり心理的ハードルが高いです。たとえ4~5万円の給付でも辛うじてその人たちが生き伸びる可能性が高まるでしょうし、生活保護の利用申請をする前に再自立ができるかも知れません。

現金給付だけではなく住宅バウチャーや教育バウチャー制度も用意しておけばさらにいいでしょう。

 

まず最初に低額型の給付付き税額控除で所得損失を補い防貧を計った上で、それでも経済的自立が不可能になってしまった人には最後の手段として生活保護で支援するという仕組みです。

 

セーフティネットは何段階にも用意しておいた方がいいのです。

まず第一の自助型セーフティネットとして雇用の安定を守る金融政策を活用します。

第二に失業してしまった人の社会復帰を支援するセーフティネットです。

次に公助の段階になりますが低額型現金給付制度や住宅バウチャー・教育バウチャーなどで支援し、生活保護が最終手段となります。

 

日本の社会保障関係者の多くは既存社会保障制度や昭和型の雇用制度にしがみつき、1990年代以降の不安定化した経済や雇用情勢に対処できなくなっています。真剣に生活困窮者のことを思うのであったならば新しい貧困に対処するセーフティネットの創設を提言すべきではないでしょうか。

 

 

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