新・暮らしの経済手帖 ~時評編~

わたしたちの暮らしを大切にするための経済解説サイトを目指して開設しました。こちらは時評編で基礎知識編もあります。

ケインズによる流動性の罠の捉え方

前回記事世界大恐慌で見えた古典派の限界とケインズ経済学の登場 ~有効需要の原理について~ 」は経済学者ケインズが唱えていた理論について簡単にまとめました。

ケインズの理論の本髄は流動性選好であり、人々が持っているお金が投資に活用されるか貯蓄として死蔵されるのかを重視します。極度の不況で金利が低くなってしまうと自由に遣えるお金をそのまま手許に置いておきたいという流動性選好がものすごく大きくなり、リスクを背負ってまで投資に回そうなどとは考えなくなります。流動性選好が圧倒的に強くなるのが流動性の罠です。
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日銀副総裁を務めた岩田規久男教授の本でも
「多くの人が誤解しているが、マネタリー・ベースの持続的な拡大によるデフレ脱却は、中央銀行がばら撒いた貨幣を民間がモノやサービスに使うことから始まるのではなく、自分が持っている貨幣を使って株式を買ったり、外貨預金をしたりすることから始まるのである。」
と書かれていますが、これはケインズ流動性選好仮説に沿ったものだと気づかされます。

ケインズ経済学が主張することは
いかに流動性選好の強いお金を貯蓄からモノやサービスなどの財を生産するための投資に向かわせるか
ということです。ケインズは不況のときに有効需要(消費+投資+政府支出+純輸出)の中で企業の投資Iがいちばん落ち込むことを問題していました。それを回復させるためにまずは金融緩和でマネーの量を増やして金利を下げることによって、利子率が利潤率より低くなる状態をつくります。これで企業の投資のハードルを下げるわけです。
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しかしそれでも流動性選好が強すぎて貯蓄ばかりが増えて投資にマネーが向かないときは財政赤字を出してでも政府支出で有効需要を増大させなさいとケインズは言いました。あまりに景気の状況が悪いと企業の将来見通しが暗くなって、予想する利潤率がマイナスになることもあります。こんな状態ではゼロ金利になっても実質金利は高くなって投資を躊躇います。こんな状態のときは金利を下げる金融緩和は失効してしまい、財政出動しか効力を持たないとケインズは説明しました。このケインズの言葉を聞きかじった人たちが、アベノミクスで導入された量的緩和が効くわけがないと否定するわけです。

こちらのサイトでも「アベノミクスとリフレ政策 」編の「リフレーション政策で相互補完する金融緩和と財政出動 」において金融緩和単独ではなく財政出動も組み合わせないとデフレ脱却は難しいと説明しました。
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しかし財政政策だけで90年代以後の日本で起きたようなひどい流動性の罠から脱出できたのでしょうか?
何度か述べてきていますが、橋本龍太郎政権の緊縮財政で景気悪化を招いたために後継の小渕恵三政権は必死に財政出動を行いました。小渕総理は当時「世界一の借金王」などと自嘲しています。けれども当時財務大臣だった宮澤喜一氏は「ヘドロにコンクリートパイルを打ち込むようなものだった」と当時の財政出動について述べています。国がせっせとお金をバラ撒いても思うように景気が回復しませんでした。

もう一度繰り返し言いますが、ケインズがいう流動性の罠とは市中へお金をだぶだぶになるほど供給しても投資に活用されにくい状況であることだと気づかねばなりません。
よく金融政策でマネタリーベース(中央銀行内の民間銀行用当座預金口座に積んだ融資用の準備預金)を量的緩和で増やしても、企業が銀行からお金を借りようとしないため市中に供給されずブタ積みになるだけだと言われます。このことで金融緩和無効論を唱える人が多いのですが、財政出動等で直接市中にお金を供給しても企業の投資が増えず、お金が循環しないという可能性もあります。
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つまり国が必死に財政出動を奮発して市中へお金を送り込んでも、企業の将来予想がネガティヴすぎて投資意欲が低いと死に金になってしまうということです。金融政策はダメ、財政出動もダメ。1997年以降の日本は極めて異常事態でした。もしケインズが今も生きていて日本で起きた「失われた20年」を見たら何と言うでしょうか?

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先日作成した資金循環表を見ましても1997年~2003年あたりまで民間企業の貯蓄超過がどんどん高くなっています。一方政府部門の負債がどんどん増えています。小渕政権時代に企業部門の貯蓄超過と政府部門の負債との開きが若干狭まった感じはありますが、それでもやはりいかに企業がカネを遣っていないかがよくわかります。

だからニューケインジアンポール・クルーグマン教授はただ単純な金融緩和や財政出動をやるのではなく、インフレ予想や中央銀行が長期に渡って金利を抑え込むコミットメントが必要だと言ったわけですね。


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ニューケインジアンは金融政策はおろか財政政策すらも絶対視しておらず、マネーをどんどん刷って市中へ押しこんでやれば景気回復などと考えているわけでもありません

松尾匡先生のサイト「用語解説 ケインズの経済理論」より引用~

ケインズ自身ともケインジアンとも異なり、現代のケインズ理論の結論によれば、政府支出を増やすことによる景気対策の効果はあまりないということになっている。なぜなら政府支出の増加で増えた人々の所得は、流動性のわなのもとではすべて貨幣のまま持たれてしまうので、消費需要の増加として広がっていくことはないからである。金融政策についても、金融引き締めなどして貨幣供給を減らせばますます不況が悪化するという意味では影響があるが、逆に金融緩和で貨幣供給を増やしても、全部人々がそのまま持ってしまい世の中に出回らないので何の効果もない。つまり旧来のケインジアン以上に深刻な不況の存在を説きながら、新古典派をもしのぐ政策無効命題を導きだしているのである。」

こうしてケインズが言っていたことを調べ直しますと

流動性の罠に陥ったら金融緩和が効かない」とか
財政出動しか効果がない」
「カネをバラ撒けば流動性の罠から脱出できる」

などといっている人たちがいかに粗雑で幼稚なことを言っているのかがわかります。こういう人たちは教科書に書いてあることの上辺だけかじり読みしているだけです。あるいは財政出動だけをクリームスキミングしたいだけなのでしょう。

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「お金の生み方と配り方を変えれば 暮らしが変わります」

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