前回記事「食い止めきれない少子高齢化の進行 」で日本の少子高齢化社会は2060年あたりになると約40%が65歳以上の高齢者となり、1人の高齢者を1.2人の現役世代で支えていかねばならない状態になるとお話しました。仮に女性1人当たりの出生率が2.3に回復しても、高齢化率は26.6%に改善される見通しですが、生産年齢人口は50%から56.2%程度の改善で、年少人口は10%から17.2%程度に上がる程度です。厳しい見通しに変わりはありません。
この問題は国民1人当たりのGDPを上げて対応していくしかないでしょう。少しでも効率よくモノやサービスといった財を生産できるように技術革新を進めていくしかないのです。AIとかシンギュラリティなどという劇的な技術革新でないにしても、人々は同じ仕事を毎日繰り返してやっていると、少しづつですがもっと効率よくそれを進める方法を身に着けていくものです。飯田泰之さんはそうしたちょっとした作業スキルの向上だけでも1.8%の経済成長ができる潜在能力が生まれるとしています。
飯田泰之さん監修の経済マンガ「キミのお金はどこへ消えていくのか 第9話」
子どもの減少率よりも経済成長率が上回っていれば生産可能人口の減少による供給不足問題は何とか克服できることになります。生産人口減少を恐れるばかりではなく、1人当たりのGDPをいかに向上させるかを真剣に考えていくべきなのです。
生産可能人口減少によるモノやサービスといった財の生産・供給不足は技術革新で乗り越えられる可能性があります。しかしながら少ない現役世代が多くの高齢者を支える負担割合が減るわけではありません。年金などの社会保障負担はやはり重くなっていく覚悟は必要です。
厳しい見方から紹介していきますと、2011年末に原田泰教授が示した2055年頃の社会保障に関する将来予想です。このコラムは民主党政権時代に書かれたもので、消費税率引き上げを前提とした社会保障と税の一体改革が浮上していたときです。原田教授は消費税率引き上げでいまの社会保障制度給付水準を維持できると思ったら大間違いだという主旨の記述をされています。
上の記事の内容をかいつまんでみますと
「社会保障給付費と名目GDPの比率は、2010年の24.6%から2055年には54.0%まで29.4%ポイント上昇する。消費税1%でGDPの0.5%の税収であるので29.4%ポイントを0.5%で割って58.8%の消費税増税が必要になる。」と原田教授は試算されました。原田教授が仰るとおり、消費税率を60%近くも上げるなんて無茶苦茶なことはできません。
そのために原田教授は今の社会保障給付は削るしかないと述べます。「緊縮財政派めー」「ネオリベめー」ではありません。消費税率20%引き上げに収めるには現行の半分以下の41.5%まで高齢者に対する社会保障給付を削減しないといけないというのが原田教授の解答でした。
上の記事に掲載されていた2011年当時に算出した社会保障費の将来推計
(出所)国立社会保障・人口問題研究所「社会保障統計年報」「日本の将来推計人口-平成18年12月推計-(中位推計値)」、総務省統計局「人口推計」、内閣府「国民経済計算」 (注)2009年、10年の社会保障給付費は、厚労省福祉関係予算伸び率で推計。
記事の内容はあまりにショッキングで青ざめそうなものですね。
しかしこの原田教授がまとめた記事は菅・野田政権のゴタゴタが続き、日本の経済状況が最悪期に書かれたものだということを忘れてはなりません。まだアベノミクスのアの字もなかった頃です。(リフレーション政策については民主党内でも馬淵澄夫氏や金子洋一氏らが実現を目指してはいたが、民主党幹部は無関心。) 上のグラフも名目GDPの将来推計がどんどん下がっていく一方です。相当悲観的な見通しに基づいて原田教授は当時の記事を書かれていることを念頭にいれておかねばなりません。
それと原田教授の話は消費税を社会保障費にあてがったらという想定のものだということも注意が必要です。「社会保障費は消費税で賄おうとするならばその税率を60%以上も上げないといけませんよ。できますか?」ということを問いかけるために算出した数字です。記事の主旨は消費税率引き上げを当て込んだ社会保障制度の維持や拡充なんか考えるべきではないということです。
ここで「公的年金保険制度は簡単に破綻しないが・・・・・」で既に述べた年金財政のしくみについて振り返ってみましょう。
まず当方が何度も述べているように年金や健康保険などの社会保険「」財政が悪化し、それを補う一般会計の国庫負担が膨張している原因は少子高齢化だけではなく、1990年代の経済低迷とそれによる賃金引下げや非正規雇用の拡大による社会保険料収入伸び悩みが招いたものです。三重野康日銀総裁からはじまる金融無策と橋本龍太郎内閣を筆頭とする緊縮財政がその発端でした。(参考 「年金・健康保険財政の悪化は少子高齢化のせいだけか? 」)
1990年代の経済失策のツケを消費税率引き上げで穴埋めしようとしているのが財務省の役人です。
厚生労働省はマンガつきの公的年金制度財源の解説サイト「いっしょに検証!公的年金」を用意していますが、日本の公的年金制度は将来の厳しい少子高齢化社会の到来を織り込み済みで、年金財政を統治していることが説明されています。
年金財政は保険数理に基づいて管理されます。社会保険制度は基本的に保険料収入=給付支出となるように設計されており、保険数理士(アクチャリー)が保険料収入=給付支出となるように給付が必要となる事故や疾病の発生確率を算出し、それによって徴収する保険料を設定します。
また公的年金の場合ですと将来の人口動態を予測しながら、5年に1回ずつ保険の収支バランスを確認し、保険料や支給額の調整を行っています。
日本の年金保険制度は積立方式から賦課方式へと転換しました。現役世代が社会保険料を支払う形で今の高齢者に対し仕送りをしているようなシステムです。これですと現役世代がどんどん減少すると現役世代の保険料を引き上げるか高齢者への年金給付水準を削減するしかありません。しかしながら高度経済成長期やバブル時代に当時現役だった団塊世代が支払った保険料は積み立てられ貯め込まれています。それが150兆円以上に上ります。この年金積立金を少しづつ切り崩していくことにより、団塊世代を代表とする今の高齢者とロスジェネ世代の給付格差を是正していくことも可能です。
さてここで高橋洋一教授にご登場いただきましょう。高橋教授は「みんなの介護」で連載されている「賢人論」のインタビューに答えられています。ここで将来の年金支給額がどうなるのかという話をされていました。
みんなの介護 「「賢人論。」第23回高橋洋一氏(前編) 」
やはりこのインタビュー記事でも保険数理に基づく年金財政の運営について説明されていますが、少子高齢化で現役世代の保険料が上がったり、高齢者の年金給付が下がることは当然であると高橋教授は述べております。しかしながらインタビュアーの「将来年金をもらえるかどうか不安に思っている人もいると思います。今、国民年金だと月額5万5000円程度が平均ですが、自分が65歳になったときにはかなり減っているんじゃないだろうか…と」という問いに対し高橋教授はこう答えます。
「実質価値で言ったら、年額ではせいぜいマイナス何万円くらいですよ。もし本当に知りたければ、年金機構に聞けば教えてもらえます。でも、下がり幅はその程度だから、ちょっと減るぐらいで、そんなの財政破綻でもなんでもありません。繰り返しますが、人口が減っているんだから、予想されていたとしか言いようがありません。ちょっと腹が立つかもしれないけれど、極めて数理的なロジックでしゃべっているだけ。」
「私が年金の話をスラスラと答えられたのは、年金数理を知っているからです。人口が減る以上、年金が減るのはしょうがないし、下がったと言ってもせいぜい数%なんですから。」
高橋教授の話を聞くと「そこまで心配する必要はないか」と胸を撫でおろせますね。
マクロ経済スライド方式についてもそうですが、年金行政は世代間格差を是正して、なるべく後の世代だけに負担や不利益が生じないように、高くなりがちな団塊世代や元高所得者の給付額を少し削りながら調整を行っています。
これから若い世代の社会保険料を引き上げていかねばならないとか、高齢者の給付を削らないといけないとか、あるいは消費税率をもっと引き上げて社会保障財源を確保しなければならないといった話はお金の再分配をどうするかという利害調整をやっているだけに過ぎず、社会保障の根本問題を解決しているわけではありません。少子高齢化社会問題で重要なことは世の中全体で必要とされるモノやサービスといった財が十分生産され、確保できるかということです。少ない生産可能人口でそれができるようにしていく方策を今のうちに考えるべきでしょう。
あと最後に付け足ししますが、ここ最近不足する社会保障費は政府・日銀がどんどんお金を刷って通貨発行益で賄えばいいという主張をする人たちが多いです。しかしこれも結局はお金だけの話でモノやサービスといった財の生産・供給の確保をどうするのかという問題を無視したものです。企業が投資を滞らせ、技術革新が進まず、生産可能人口によって必要な財が生産・供給できない状態のまま、お金の量を増やしてしまえば悪性のインフレやスタグフレーションを起こすだけになります。注意が必要です。