新・暮らしの経済手帖 ~時評編~

わたしたちの暮らしを大切にするための経済解説サイトを目指して開設しました。こちらは時評編で基礎知識編もあります。

MMT(現代貨幣理論)とリフレーション政策の違いは何か?

ここのブログですが、最近読まれている記事のほとんどがMMT(現代貨幣理論)に関するものばかりです。彼らには失礼ながらも、MMTはオーストラリアやアメリカでポストケインジアンと呼ばれる一部の経済研究者たちの間でカルト的支持を集めていたものでした。それが今アメリカで注目を集めている急進左派勢力といわれるバーニー・サンダースやオカシオ・コルテスなどがMMTへの支持を表明していることから、アメリカだけではなく日本のマスコミまで取り上げ出したことで、人々の関心が高まったといえましょう。

このMMTは多くの経済学者からキワモノ扱いされ、「ブードゥー経済学」と揶揄されているのですが、リフレーション政策と混同している人がものすごく多いです。中にはリフレーション政策を「危険だー」「ハイパーインフレになる」と言っておきながら、「まだMMTの方がスジがまとも」などというおかしなことを言う論者もいます。経済学のことがよくわからないという人たちにとって、この混乱は単なる子供じみた喧嘩にしか見えないかも知れません。

ということで今回はその整理をすべく、リフレーション政策とMMTの違いを説明しようかと思っています。

まずはリフレーション政策は何を目指し、何をすることなのかについて明確に示しておかねばなりません。
それは金融緩和政策や財政拡大政策を活用して、民間企業の投資や一般家計の消費意欲を伸ばすことで、生産活動の向上や雇用の最大化を計る政策です。一見するとMMTと言っていることが変わらないように思えますが、景気回復へ導くための政策手順やその考え方に大きな違いがあります。それは金融政策観と財政政策観であり、その理解の仕方や優先度が両者で逆だったりします。

俗にいうリフレ派は
金融緩和(金利引き下げ)で民間企業の投資を活発化させることを狙います。
不況のときにいちばん落ち込む有効需要は投資(Invest)です。民間企業が新しい機械を買う、工場を建てる、店をつくる、原材料を仕入れる、研究費をつぎ込み新製品を開発する・・・・・これが投資です。
新しい従業員を雇って一人前になるまで育てあげ、賃金を支払い続ける雇用もヒトに対する投資です。
金利を引き下げると企業にとって投資のための資金繰りがしやすくなりますし、金利負担が小さくなります。そうなると企業はどんどん事業を拡大するためにお金を遣ってくれるようになります。

リフレーション政策が成功しているか否かは投資額をグラフをみれば一目瞭然でわかります。
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アベノミクスがはじまった2013年を起点に設備投資が伸びていますね。投資が伸びることは人への投資である雇用も回復するというのがリフレーション政策のいちばん大事な肝です。

極端な言い方をすれば民間企業の投資が増えたらリフレーション政策は成功したといってもいいのですが、やはり一般家計の消費とかも伸びないと本格的なデフレ不況脱却は望めません。そこで財政拡大政策で一般家計を援助するような政策を打ち出すなどといった必要性が出てきます。しかしながらそれは補完的なものです。

ですので多くの経済学者が採る基本的なマクロ経済政策の考え方は金融ファースト財政セカンドだと思っておいてください。マスターが金融緩和で、財政政策がスレーブです。

とはいえ俗にいうリフレ派といわれる学者は単なる金利引き下げだけではなく、中央銀行国債をはじめとする債券をどんどん買い取って、それを発行した通貨というかたちで代金を支払う財政ファイナンスといった手法を伝授したことがあります。ウチのブログでもこれについて紹介しました。

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債券の現金化によって、これを財源とし、深刻なデフレ不況のときに大型の財政出動を行うことができます。俗にいうヘリコプターマネーです。
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ヘリからお金をばら撒くバーナンキ元📠RB議長

こうした説明だけが独り歩きしてしまい、リフレーション政策は「ヘリマネで財政ばら撒き」というイメージを強く持たれました。リフレーション政策においてヘリマネは異次元量的質的緩和政策の副産物に過ぎません。リフレーション政策の基本は財政のばら撒きではなく、(継続的な実質)金利の引き下げです

一方MMT論者の方ですが、彼ら・彼女らはとにかく財政政策命です。そして市中のマネー供給量(マネーサプライ)の増減で景気や投資、雇用、物価の統治ができるという発想にとどまっています。そして金融政策に対する理解や評価が薄く、そして低いのです。MMT支持者たちにとって金融政策は上で述べた財政ファイナンスでの財源確保や大量の国債発行で生ずる金利上昇を抑制するための手段でしかありません。口悪くいえば金融政策は財政拡大の”サイフ”であり、金利上昇の尻拭いだということです。

MMT支持者たちは金利の引き下げで民間企業の投資意欲を伸ばして、一般個人への所得分配を増やすというのではなく、政府が国債を発行して中央銀行にそれを買い取らせることでマネーを産みだし、一般個人にばら撒くのがいちばんいいのだという発想です。
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うっかり上の図なんか見ていると、いちいち民間銀行や企業を経由してマネーを送り込むような回りくどいことをするよりも、政府が大量に中央銀行当座預金に大量に積み上げたベースマネーを直接国民にばら撒いてしまった方が手っ取り早いじゃないと思ってしまいそうですね。

しかしながら企業が投資を進めないとモノやサービスの生産や供給が活発になりません
刷ったお金を政府がばら撒くだけではモノやサービスの生産・供給ならびに雇用が増えないまま、お金の量だけが増えてしまうことになりかねません。1970年代のように産業が衰退し雇用が伸びないまま、物価だけが上昇していくという事態を招く可能性があります。

MMT支持者たちは人々にお金をばら撒けば、皆が消費を増やして景気がよくなるだろうと考えている感じがします。多くの人たちもそう思いがちです。
しかし実際の景気回復の過程は企業の投資が回復することで、雇用や関連企業への支払いが増え、所得分配が進むことで消費が回復し、物価も上がるという流れです。恐慌のときも真っ先にやられたのは企業の投資です。銀行がカネを企業に貸し出せなくなり、資金繰り悪化で企業が倒産したり、操業停止をしたり、従業員を解雇するというかたちになります。

一見するとリフレーション政策とMMTは似ているように見えますが、景気回復のための経済政策に関する考え方は逆なのです。
私が見たところMMT支持者に欠けているのは民間企業を活発に動かすという発想や、そのための理論や政策手段が確認できないということです。一応MMT支持者はJGP(雇用保障制度)みたいなものを提案はしていますが、これについても民間企業が雇用を萎縮させてしまっている間のつなぎというものでしかありません。

ついでにですが、アメリカの方で起きている既存経済学者とMMT支持の学者で行われている論争を見てみましょう。
ニューケインジアンの著名経済学者であるポール・クルーグマン教授がMMT支持者であるステファニー・ケルトン教授を厳しく批判しました。
下はNewYorkTimesで掲載されたクルーグマン教授の記事です。かなりイラついているのが伝わります。

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下の図はクルーグマン教授が記事で添付してたものです。
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投資と貯蓄の均衡を決めるIS曲線は財政政策で動かすことが可能で、積極財政を行えばIS曲線が右上に移動(IS3)、緊縮財政を行えば左下へ移動(IS1)します。財政を拡大した場合は完全雇用を実現できる均衡点がC点まで上昇し、高い金利水準となります。しかし財政を引き締めたとしてもIS2の曲線までならば、中央銀行金利をB点まで引き下げてやることで完全雇用を維持できます。金融緩和で雇用改善の余地があるときに、わざわざ財政赤字を出してまで財政拡大なんかやる必要があるのか?さらに定説に従えば財政赤字拡大によって金利が上昇し、民間の投資を低下させるクラウディングアウトが起きると考えられるが、逆に金利が下がるとはどういう根拠から出てくる答えなのだというのがクルーグマン教授のケルトン教授に対する問いです。

それに対しケルトン教授はクルーグマン教授が示したIS曲線のモデルを旧臭いポンコツだと見做し、実際には財政赤字が増えても金利が上がってしまうどころか下げているじゃないかと反論します。自分の記事でも書いたように政府が大量に国債を発行しても、中央銀行がそれをどんどん買い占めていけば、金利は上がるどころか下がります。こうした財政ファイナンスという手を遣えば財政赤字が増えても金利上昇によるクラウドアウトなんか心配することはないと言ってしまっているのです。

とにかくケルトン教授をはじめとするMMT支持者たちは民間に負債を背負わせることを促す金融緩和政策を嫌い、財政政策で個人のポケットにマネーをねじこんだ方がいいという発想のようです。

一見するとケルトン教授が言っているように、政府が負債を背負って民間個人にお金をばら撒いてあげた方が資産が増えていいじゃないかと思えるかも知れません。

しかしながら政府が負債を多くしても、国民個人の資産が増えるとは限りません。これは日本の例ですが、景気がいいときは民間企業の負債が増え、政府側と一般家計の負債が減りますが、不景気のときは民間企業の負債が減って、政府側や一般家計の負債が増えます。

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民間企業と政府だけです。
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民間企業と政府が負債のキャッチボールをしているようです。

一般家計と政府はどうでしょうか?

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政府部門と一般家計部門の動きは似ていますね。

政府が財政赤字を増やすと国民個人の資産やお金が増えるんダーというわけではなさそうです。

それはさておき、現状において日本をはじめとする国々で失業率が改善しているのに、物価がなかなか上昇しないという状況がみられています。それについての丁寧な分析や考察を行わないまま「物価や金利が上昇しないのだから、それまで財政赤字を増やしても構わないのだ」「中央銀行国債をどんどん買い取れば財政赤字を増やしても金利を抑えつけられるのだ」という発想を持つのはモラルハザードの進行を招きかねません。

ケルトン教授は膨大な財政赤字を抱えていても国債金利が高騰したり、激しい物価上昇が起きる気配もない国の例として日本をあげたようですが、そうならない理由については高橋洋一さんが徴税権を含めた政府+日銀の統合政府バランスシートで見るとストック側はトントンだよということや、フロー側もドーマー命題でみたとき負債が膨張発散しているわけではないと説明しておられます。ケルトン教授をはじめとするMMT支持者たちはそういう説明をしていません。

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