新・暮らしの経済手帖 ~時評編~

わたしたちの暮らしを大切にするための経済解説サイトを目指して開設しました。こちらは時評編で基礎知識編もあります。

世界大恐慌はなぜ発生したか その1 モノとマネーの乖離

バブルと恐慌のお話2回目は1929年にアメリカで発生した世界大恐慌についての検証です。この恐慌は世界史上最も深刻かつ壊滅的な打撃を与えた経済危機で、アメリカのみならず世界各国にその被害を与えました。日本も例外ではなく、その余波で昭和大恐慌を引き起こしています。この恐慌によって大量倒産や大量失業、経済活動の完全マヒによって一気に何千万人という人が路頭に迷い、飢え、自殺に追い込まれていったのです。ドイツのヒットラーのような独裁者や2・26事件を起こした日本の皇道派軍人ならびに血盟団のように自暴自棄的な行いをする者が現れ、第2次世界大戦へとつながっていったことは誰もが知っていることかと思います。このブログの開設記念コラムでも恐慌の恐ろしさについて述べさせていただきました。


世界大恐慌が起きた流れは「「バブル経済と恐慌の発生」編へ 」でも書かせていただきましたがもう少し細かく追っていきましょう。時代は第1次世界大戦が起きた20世紀初頭に遡ります。

過大投資と過剰生産、カネ余り、所得・資産格差の拡大

第1次世界大戦によってヨーロッパ全土が戦場となり当時「世界の工場」とまでいわれ盛んだった工業や農業生産が疲弊してしまいました。その一方でアメリカはヨーロッパに軍事物資・工業製品・農業生産物を輸出し、大儲けしていたのです。アメリカはイケイケで設備投資を増強し、企業の株価もうなぎ昇りになっていくのでした。富裕層しか手が出せなかった自動車や住宅・電化用品が大量に効率よく生産され、セールスマンと大量広告に加え、月賦販売によって大衆化が進み、大量生産・大量消費時代を迎えたのです。
投資家の投資先がヨーロッパからアメリカへ移って資金が大量にアメリカへ流れ込みます。バブルの土壌ができあがりつつありました。参考「歴史 年代ゴロ合わせ暗記 世界大恐慌」

この活況期においてアメリカ企業は工業・農業ともに生産力を飛躍的に向上させたのですが、やがて消費需要の飽和状態を迎えます。第1次世界大戦から復興したヨーロッパは再び工業や農業生産を活発化させ、アメリカからの輸入に頼らなくて済むようになってきます。生産・供給過剰です。
機械工業製品の大衆化によってそれらの需要は拡大しましたが、労働者階級への所得分配は資本家に比べるとかなり薄く、次第に商品を買えなくなっていきます。ローンを組みにくくなります。
農業についてもアメリカは第1次世界大戦後の需要増に応えるべく、アルゼンチン、カナダ、オーストラリアなどへも資本を投下し、作付面積の拡大や機械化を進めたために生産力がぐんと向上しています。しかしながら輸出先であったヨーロッパの食糧自給率向上や関税強化によって、これもまたやがて余剰生産・供給となっていきます。1924年に農産物の価格下落がはじまり、借金をして耕地の拡大や機械を導入していたアメリカの農家はそれによって破産します。彼らは農地を手放しました。1929年秋の豊作が仇となって農業恐慌が発生します。

このようにアメリカの実物経済は生産過剰によって需給バランスを崩し、水面下で行き詰まりかけていたのです。

実物経済と乖離したマネーゲームの進行

にも関らず、実物経済の足元がぐらつきかけていたのを無視するかのように、1920年代のアメリカは空前の投機ブームで湧き上がっていました。第1次世界大戦後世界中のゴールドがアメリカに流れ込み、イギリスとフランスからの戦債償還によってアメリカは大量の資金を持つようになりました。見事なカネ余り状態です。
アメリカの資本家は機械化で人件費を抑え込みつつ生産効率を飛躍的に向上させたために、商品を売って得た利益を寡占できます。大量の資金を持った資本家は銀行から融資を受ける必要がなくなり、銀行はかわりの融資先を開拓しないといけなくなりました。そこで目をつけたのが株式投資です。
資本家は銀行融資と共に株式で資金を得る必要性も薄くなり、株の発行が減っていました。株式は品薄のため高い値がついて取引されます。これが株への投機ブームに火をつけました。

銀行は株式仲買人にマネーを貸し付け、仲買人はそれこそ誰でも彼でも関係なく株式投機を勧めていきました。この状況は次回に改めて書きますが、それこそ当時は雑貨屋、電車の運転手、配管工、お針子、もぐり酒場の給仕にまで株に手を出していたと云われています。
こうしたカネからカネを生むようなマネーゲームは実物経済と乖離した状態でどんどん加熱化していきます。完全に株バブルです。人々はこの株価上昇が永久に続くものだと信じ込みます。ほんとうは上にも書いたように労働者階級の購買力の低下と誇大妄想に取りつかれた過大投資による過剰生産によってモノとマネーの乖離がどんどん拡がるばかりなのですが、人々はその現実に目を向けません。投機的な売買でつり上がった株価と、企業の経営実態はかけ離れたものになっていきます。

やがて一部の投資家が「これはおかしい」と気づきだし、株の投げ売りをはじめて株が大暴落。1929年10月24日に「暗黒の木曜日」を迎えることになります。

バブルと恐慌の発生はいくつか要因を挙げることができますが、この現象で共通していえることはモノとマネーの乖離です。本来経済というものはモノ(者ないしは物)を中心にまわしていくものです。マネーが主役ではありません。しかしながらバブルが発生しているときはマネーが勝手にひとり歩きして膨張し、暴走していくのです。前にも書きましたが「マネーの脳化」の極致がバブルといっていいかも知れません。

お金だけがぶくぶく勝手に膨らんでいく中で、実物経済は過剰生産や労働者階級の消費・購買力が頭打ちになり、恐慌発生のリスクを孕むことになります。

次回は一般の人々が今回書いた投機行為や負債ローンの地獄にどのようにして巻き込まれていったのかという話です。銀行による信用創造という魔の手が資本家から労働者階級にまで拡がっていく過程について述べていきたいです。

「お金の生み方と配り方を変えれば 暮らしが変わります」

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