新・暮らしの経済手帖 ~時評編~

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ピケティ教授が提案した累進所得課税と資産課税による再分配

トマ・ピケティ教授の「21世紀の資本」を叩き台にして、いま世界規模で起きている富の一極集中問題について話を進めていますが、その4回目です。今回はピケティ教授が提案した資本主義経済における経済格差の是正策である累進所得課税と資産課税の妥当性や実現性などについて論じていきます。

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なお先にお断りしておきますが、日本の貧困問題や経済格差問題については、そのままピケティ教授が行った分析や提案をあてはめられない部分があります。その点についても述べておかねばなりません。

ピケティ教授が提案している経済格差是正案は 富裕層が保有するすべての富や資産=不動産・金融資産・事業資産などに対し、資産課税を行うことです。しかし一国のみがそれを行うとタックスヘイブンと云われるのような資産に対する課税がないか低い国へ、富裕層が資産移転させてしまうのでグローバル資産課税累進所得課税を導入すべきだと教授は述べます。
国際資産課税や累進所得税などの導入は非常に難しいものだと云われていますが、教授は手始めとして「国内外を問わず銀行が持つ情報を、公的機関へ自動的に送信することの義務化」という政策を提案します。つまり世界各国の人々が持っている資産や所得に関する情報をガラス張り状態で可視化させるということです。

日経新聞のインタビューでピケティ教授は次のように答えています。

 日経新聞 「グローバル化に透明性を」 パリ経済学校教授・ピケティ氏

引用
「5年前にスイスの銀行の秘密主義が崩れると考えた人はどれほどいただろうか。しかし米政府がスイスの銀行に迫った結果、従来の慣習は打破され透明性が高まった。これは第一歩だ」
「たとえば、自由貿易協定を進めると同時に、国境を越えたお金のやりとりに関する情報も自動的に交換するような仕組みがつくれるのではないか。タックスヘイブン租税回避地)に対しても対応がいる。国際協調が難しいことを何もしない言い訳にすべきではないと思う」
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かつて終戦後から1980年代までの日本がずっと採ってきた最高税率9割の累進所得税のようなものを復活させることについては「有能な企業家・起業家たちの労働意欲や起業意欲が衰えて、経済全体が委縮する可能性がある」とか「金持ちは今以上に海外へ資産を移してしまう」といった反論がありますが、極端な所得分配格差や資産格差は逆に大多数の勤労者の労働意欲を削いだり、社会全体に不公正感や不満を増長させる可能性があります。また富やマネーが一極集中し、再投資に活用されず過剰貯蓄されたり、株や不動産などへの投機マネーとして流れてしまうと、市中で流動するマネーの量が乏しくなり、その流動性も失われる危険もあるでしょう。資本主義経済の機能不全を招く恐れです。

自らの優れた才能を活かして社会に有益な事業を興し、成功させた人たちや多大なる社会貢献を行った人たちは、多額の報酬や収益を得る権利があります。それは公正な所得分配であり、然るべき”格差”といえます。私はこれを否定しません。しかしながら地球上の富を僅か1%の人間が半分近くも独占・寡占しているとなってくると、個人の能力や努力の問題とはもはや言えないレベルです。自分たちが努力しても彼らのような豊かさは得られないのだという諦めの感情を世界全体に広げてしまうことになりかねません。そういう意味において私はピケティ教授の指摘や提案を大方支持します。

株や不動産などへの投機行為やその運用による利ザヤ収益はモノやサービスといった財を生産する労働という行為で産み出したものではなく、不労所得というべきものです。マルクスはそうしたマネーゲームというべき投機行為を”空資本”と呼び斬り捨てました。サブプライムローン金融危機の後アメリカで起きた「ウォール街を占拠せよ」「我々は99%だ」デモ運動はと唱えてアメリカの若者がデモを行ったのは、富を生み出したフリをして不良債権の山を作った金融トレーダーらが、金融危機を引き起こしたにもかかわらず、巨額の報酬を貰い続けているのはおかしい」という反発からです。」
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実物財の生産活動に貢献しないかたちで得た富を捕捉し、そこへ資本課税(キャピタルゲイン)という形で網を仕掛けることは資産バブルの防止の上でも重要かと思われます。

先に上で述べた「有能な企業家・起業家たちの労働意欲や起業意欲が衰えて、経済全体が委縮する可能性がある」という累進所得税拡大に対する反論が出ているという話ですが、日本の場合バブル崩壊後に、そうした理由で所得税最高税率を引き下げ続けてきています。1980年代まで最高税率96%だったものを、50%まで引き下げてきました。しかしながら日本のマクロ経済は四半世紀にも渡って停滞し続けております。所得税の累進性強化を行えば金持ちが他国へ資産を移し替えたり、流出してしまうから、やめた方がいい」という考え方も再考すべきではないでしょうか。
カルロス・ゴーンの貢献は高額報酬に見合ったものだったのか? 」という記事でカルロス・ゴーンが日産に多大なる貢献をしているふり、優れたモノやサービスを産み出し、社会の富を殖やしたふりをして、数十億円にも及ぶ日産の収益を独占していたことを批判しましたが、そうした人がいなくなっても大きな経済損失にはならないでしょう。むしろ日産という会社や日本の富や財の独占や流出を防ぐという意味で”得”になるかも知れません。

ピケティ教授は資産家たちが蓄積した富を労働者に分配せずに、自分の子へ相続させることで、さらに経済格差が増長する「世襲制資本主義」についても批判していました。となってくると相続税も強化する必要が出てくるでしょう。

と、ここまでピケティ教授が提案していた経済格差是正のための方策について簡単に紹介すると共に、肯定的に評価してきました。しかしながら冒頭で述べたように日本の経済状況についてはピケティ教授の研究対象から外れており、そのまま当てはめにくい面があります。ピケティ教授も日本に来てみたとき、経済格差が非常に少ないことに驚いています。世界全体から見たとき日本は極めて例外的な存在の国だということです。

次回はその点について述べる予定です。

こちらでも政治等に関する記事を書いています。

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